迷宮レベル5 守護する者
数時間前に出現したばかりと思われる迷宮を見つけ、迷宮核を目指し最深部に向かっていた二人。だが現在二人には困惑の色が見えていた。
「……おかしいなぁおい」
「……ああ」
相棒であるゴードンの声に素っ気なく返事を返すジェイク。二人とも声は落ち着いているもののその顔には若干の焦りが見える。
「なんで魔物が一匹も出やがらねぇ……」
そう。魔物が全く出ないのだ。かれこれ三時間ほど歩いているが未だ一匹も遭遇していない。
本来、迷宮を三時間歩いたところで、魔物に遭遇しないことなどよくあることだ。だが真新しい迷宮に関してはその限りではない。
出現したばかりの迷宮は、魔物を大量に生み出すのだ。ただしその魔物はその殆どがゴブリンかブラッドウルフであり、確認された中で最も強かった魔物でも良くてホブゴブリンだ。
何故新しい迷宮には魔物が大量発生するのかは今のところ詳しくは解明されていない。解明されないその理由としては、単純に技術的な問題と、迷宮核に触れると何故か迷宮そのものが崩壊を始めるから、と云ったものが挙げられる。
ただ一部の学者の間では迷宮は生きていて本能で迷宮核を守ろうとしているのではないか、迷宮が暴走しているのでは、などと囁かれているのだが未だ推測の域をでない。
しかし結局生まれたての迷宮には魔物が大量に発生するという事実は変わらない。
そのためこの迷宮に対する疑問が募っていく。
「どうするゴードン? 一旦引き返すか?」
「いや、それはねぇ。魔力の量からもここがFランク迷宮だってことに変わりはないんだからなぁ」
「確かにそうだが……」
「心配すんなぁ。俺らならオーガクラスでも問題ねぇ。現に一度オーガをボコしたろぉ。……まあ逃げられたが。それにヤバくなってから引き返しても遅くはねぇはすだ」
「確かに一理ある。……それにしてもオーガか。懐かしい。アレを仕留めていれば今頃Eランク冒険者だったろうに」
「今更云ったところでしょうが――」
と、長い洞窟の通路の角を曲がったところで二人は息を呑んだ。そこには禍々しい装飾をした巨大な扉があった。
「おい、こいつぁもしかして……」
「最……深部……なのか?」
二人の間には奇妙な沈黙が漂う。そしてこの扉の先に自分達の求める迷宮核があるのだという実感を噛みしめると――
「うおっしゃああああああっ!」
「きったぁああああああっ!」
――喜びに満ち溢れた叫び声を上げた。
「行くか相棒!?」
「あったりめぇよ!」
そして二人は目を光らせ扉を開けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
扉を開けた二人を待っていたのは光輝く迷宮核――ではなく暗闇だった。
「っておい! こりゃあどういうこったぁ?」
「俺にきく――」
突如として暗闇を炎が照らし二人は驚愕に目を見開く。
その部屋はまるで人の手が加わっているかのような造りだ。見ると石のブロックが精密に組み立てられており、以前見た城壁を想像させる。
いや、それよりも二人が驚愕に目を見開いているのは部屋の奥にいる存在だ。
まるで丸太かのように大きな腕。顔はゴブリンよりも醜く全身が青黒い肌をしており、その全長は恐らく2メートル後半程はあるだろう。
そして手にはゴードンよりも少し長く、しかし太さの桁が違うであろう大斧を携えている。
その魔物は――
「お、オーガ……?」
「なっ、嘘だろ!?」
――そう。オーガである。
しかし先程二人はオーガに対しても引けをとらないどころか余裕だとすら暗に云っており、それなのに何故そこまで驚愕しているのかと疑問に思うだろう。
それはFランク迷宮、しかも生まれたての迷宮にオーガが居たからではない。いや、もちろんそれも理由の一つなのだが、違う。
デカイのだ。その全長は通常――二人が戦闘したオーガの――の一・五倍以上はあるだろう。色も青かったのが若干黒くなっている。
そして武器だ。自らの肉体に絶対の自信を持つと云れるオーガが武器を持って戦うなど聞いたことがない。
いや、聞いたことならある。Cランク迷宮『雪原の島国』ではオーガが武器を持って戦うらしい。
魔物には、同じ種族でも何故か上下が存在する。群れ内でのボスといった立場上の上下関係と云ったものではない。
それは迷宮のランクが上にいけば行くほど顕著になり、Bランク迷宮『死の都』内のオーガは武器をだけでなく魔法すら使って戦うと聞いた。
しかしFランク迷宮の、それも生まれたての迷宮に武器を持つオーガがいるなど話が違う。
「あり得ねぇ! なんでこんなのが居やがる! 生まれたてのはずだろ!?」
「俺に聞くんじゃあねぇ! いや、そんなことよりもだ! ……もしかしたぁこの部屋はボス部屋じゃねぇか?」
ゴードンの言葉にジェイクは絶句する。
ボス部屋――これは冒険者達の付けた俗称であり本来は守護地と名付けられており、そこにいる守護者と呼ばれる強力な魔物などが侵入者が下の階に行くのを阻む。
このボス部屋は冒険者には決して珍しいものではない――ただし、それが高位の冒険者ならの話だ。
しかしFランク迷宮にボス部屋があるなど聞いたことがない。
「どうする!? ボス部屋は守護者を倒さない限り出れないぞ!」
「んなこたぁ分かってる! やれそうか!?」
「……五分五分と云ったところだろうな。」
「クソっ! ついてねぇ」
「嘆いても仕方ない。それと出し惜しみはするな。あいつは明らかに俺達のランクの冒険者が勝てる相手じゃない」
「心配すんなぁ。俺だって死にたかねぇからなぁ――行くぞおおおお!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
芯に響くような低い雄叫びを上げながらオーガは二人に突進する。
先程二人が戦ったゴブリンと同じでそこに技など一切ないが、やはりその巨駆である。威力はゴブリンなど比にならない。
そしてオーガは間合いを一気に詰めると片手に持っていた大斧二人に向かって降り下ろす。
しかし二人も冒険者だ。
経験もそれなりであり、威力と速度だけの単純な攻撃など簡単に避けられる。
「うらっしゃあああああああ!」
ゴードンはオーガの攻撃をギリギリで避けつつも、反撃することを忘れてはいない。
オーガの無防備な脇腹に自身の伸長程もある大斧を叩きつける。
それをオーガは反射神経だけで回避するが僅かに肉が抉れている。
「火の加護!」
ジェイクは素早くオーガから距離をとりゴードンに強化魔法を掛ける。
「うらあああああああああああああ!」
魔法の効果によりゴードンの全身に力がみなぎる。
すかさずオーガに追い討ちを掛けるが既に立て直していたオーガと大斧同士で打ち合う。
「グ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「はぁああああああああああ――チィッ!」
しかしそれでも尚、力では勝てない。力押しで負けたゴードンは間合いを保つため後ろに跳び下がるが今度はオーガが追撃してくる。
「炎の矢!」
だがそこにジェイクによる魔法がオーガを襲うが、
オーガはゴードンの攻撃を避けたように並外れた反射神経でとっさに腕でガードする。
「固いな、やはりこれじゃ効かないか」
「おいジェイク! アレを使え! 時間は俺が稼ぐ!」
「アレか……。仕方ない、出し惜しみは無しだからな。了解だ!」
魔法を防いだオーガは今度は魔法を撃つジェイクに狙いを定める。
「ギィヤアアァアアアァアアアアァアアア」
そのまま突進するがその瞬間、オーガの後ろに強い衝撃が走り背中から血が吹き出る。
「グ、ギィイイィイイィイイイィ!?」
「おいおい、浮気かぁ? この野郎! 寂しいじゃあねぇか!」
ゴードンの一撃だ。しかしオーガの装甲の硬さは並みではなく多少食い込むが途中で刃が止まってしまう。しかしそれでも十分なダメージだ。
「硬い、じゃねぇかぁあああ!」
そう叫びながら食い込んだ大斧を引き抜くと直ぐ様その場から離れる。
そしてその一瞬後、ゴードンの居た場所にオーガの拳が落ちその衝撃で周囲に床の破片が飛び散る。
「あぶねぇ……」
もしそのまま燻っていたのなら間違いなく死んでいたであろう事実にゴードンは僅かに冷や汗をかく。
「おい、ジェイク! 行けるか!?」
「今準備が終わったところだ! 撃てるぞ!」
「よっしゃあ! なら俺がこいつの注意を引き付けてる間に撃て! いいな!?」
「了解だ! 任せろ!」
二人は話ながらもオーガに注意を払うことは決して怠らない。
そして話し合いが終わるとゴードンは、先程の攻撃により僅かに警戒しているオーガに向かい――走る。
「しゃああああああああああああ!」
「グ、ォォオオオオォオオオオォオオオォオオ!」
相当の傷を負ったオーガだが戦意は一向に無くなるどころか寧ろ増しているようにもみえる。
「くらえ――」
戦う武器として大斧を選択したゴードンは戦士である。それは自らの力が強いこととそもそも才がなく魔法が使えなかった事が関係する。だが、才がなくとも、ゴードンには一つだけ習得している魔法があった。それが――
「――光源」
――これである。
『光源』。それは魔法に才がない者でも比較的簡単に使えること出来る類の魔法だ。その効果は単純に自らの触れている物を光らせることしか出来ない。しかし――この状況では十分に効果的だった。
「ギ、ガ!?」
相手の武器である大斧を自らの大斧で叩きつけようとしたオーガは、その大斧が光ったことに驚愕する。そして僅かに、隙が出来る。
「ジェイク! いっけぇええええ!」
「死ねこの化物がぁ!――焔の槍!!」
すると杖の横に対峙するオーガと同じ程の長さの炎で構成された槍が出現し、未だ光の影響で動けないオーガに向かって打ち出される。
この瞬間、ジェイクとゴードンは勝ちを確信した。『焔の槍』。
この魔法はつい先程ジェイクが放った『炎の矢』と同じ下級魔法だ。
しかし同じ下級魔法だからと云って『炎の矢』と同じにみてはないない。
階級こそ同じだがその威力は天と地ほどの差がある。
使用には詠唱と大量の魔力を必要とするものの、発動し当てることさえ出来ればCランク迷宮に闊歩する魔物すら殺せると師匠からの折り紙つきの魔法だ。
「ガ――――」
その『焔の槍』がオーガの元に飛来し弾けた瞬間――
――ゴードンが驚愕に自らの目を疑う。
「……は?」
まずオーガの位置だ。今さっきまで位置から大分離れた場所にいる。いや、これは理解できる。『焔の槍』から僅かに漏れる魔力に気が付き、反射神経と脚力を最大限に利用しそこから離脱したのだ。常識的に考えて不可能に近く神業とも云えるものだが、ゴードンにはあのオーガになら可能だと云う確信があった。
しかし、本当に理解出来ないのは別にある。
それは――――ジェイクの顔から胴体にかけて突き刺さっている大斧だ。
「おい……ジェ、イク? う、うそ、だろ……?」
ゴードンの顔には絶望が浮かんでいた。
理解出来ないとは云ったものの、本当に理解出来ないという訳ではない。
オーガは攻撃を避けたと同時に、手にあった大斧をジェイクに投げつけたのだろう。
「こんのっ、クソがあああああああああああ!!」
「オオオォオオォオオオォオオォオオォオオオ」
ゴードンとオーガ。二人は走り出し激突する。ゴードンは跳躍しオーガに斬りかかり、オーガは拳を振り上げる。しかし大斧のアドバンテージは非常に大きい。
更に怒っていても我を忘れないゴードンの冷静さにより、フェイントをかけられたオーガは拳を外し隙を見せる。
「死ねえええええええええええええ!」
ゴードンは大斧を降り下ろし、オーガの大腕を切り落とし着地する。
「うらっ、しゃっあああああああああああ!」
「ゴ、オオオオオオ!?」
そのまま追い討ちをかけるべく振り返ると――腹部に衝撃が走る。
「あ?」
オーガはまだ叫び声を上げながら暴れているが攻撃の届く範囲ではない。
では何か? そう思い腹部を見てみると――穴が空き血が噴き出していた。
「……は? えぁ?」
更に胴体、腕、足に三度の衝撃。
「か、はぁっ」
そのすべてに胴体と同じ穴が空いていた。足が支えられず崩れ落ちるゴードンはその過程で後ろを見ると血だらけの岩があった。
――なるほど。床の破片を投げやがったのか。
そう言い終わる前にゴードンの頭を、オーガの足が踏み潰した。