迷宮レベル フィルvsベェネ
不可避の電撃が男を貫いたことを確認したフィルは、生死を確認。そして死んでいることを確認すると、一息つく。
「……これ程までに、厄介だとは、な」
強かった。とてつもなく。それだけではない。理解を超えた不可思議な能力。最後の自爆に至っては、持ちうる魔力が通常の状態を遥かに越えていた故に防げたが、もしも通常の状態で尚且つ油断していたならば、相当のダメージを食らっていただろう。
個々の総合的な戦闘能力で言えば、フィルの足元にも及ばなかったが、動きを読んで攻撃をさせないあの連打は、まるで対応することが出来なかった。幸いそれを余裕で上回る防御性能を持っていたから良いが、今後防御を貫通し更に避けきれない攻撃を受けた場合を考えれば、課題は多い。
フィルは『動体視力』を、簡単に言えば『目』を活性化し、相手の攻撃を暫し観察することで同様に相手の動きを読み取ることに成功したが、その手法もまだ効率の問題からもあまり使い勝手のいいものではない。
「……とは言え、戦術の幅が広がったことは、事実。彼らにはいいものを、もらった」
それにしても。
それにしても、だ。
「……実に、奇遇だな。酒でもあれば、是非とも奢ってもらいたい、ものだが――」
フィルは後ろをゆっくりと振り向く。
「――如何かな?」
そこに立つ一人の人物に語り掛ける。
「残念だが、無理な話だ。最初に会った時に素直に奢られてるべきだったな」
立っていたのは凶悪な目付きをした青年。
「……ベェネ・オルグレリア。実際、最も会いたくなかった、人物だが……仕方ない」
「つれないねえ。俺は案外気にいってんだぜ? あんたのこと。同じ臭いがする」
ベェネは嬉しそうにフィルを見つめながら、そう語り掛けてくる。
「人殺しの臭いだ。臭くて臭くて鼻がもげそうになる、人殺しの臭い。あんたからは、それがプンプン臭う。誰も気が付いてなかったみてえだが、俺だけは欺けねえ」
「それにさっきのを見させてもらったが、随分と化け物みてえな奴だ。出来ればあんたとは殺りたくねえな。どうだ、組まねえか?」
ベェネはそう両手をヒラヒラと小さく上げ、フィルへと向かってくる。
確かにフィル自身も、自身の戦闘能力、魔術能力はそこらの冒険者とは別格という認識はある。それをまざまざと見せ付けられれば戦いたくない。そうなるのは自明の理だ。
だが、だからと言ってフィルが停戦を、同盟を受け入れるつもりはなかった。
「……悪いが、不可能だ。お前は危険すぎる。加えれば、現状の原因の、可能性すらある。……あまり戦いたくはないが、これは決定事項だ」
あっさりと断られたベェネの提案。
だと言うのにベェネは焦りの欠片も見せない。あるのは抑えきれていない僅かな笑み。
フィルの風魔法が発動し、一瞬の内に巨大化。隙間なく逃げ場を無くし、絶対の殺傷能力で敵を仕留めるべくベェネへと迫る。
――突然それが、吹き飛んだ。
初めて。
防がれたでもない、避けられたでもない。初めてフィルの魔法が破壊された。
その事実に、フィルは警戒を更に強くする。
風魔法が破壊され、飲み込まれる筈だったその場所に悠然と佇む、ベェネ。
フィルの目が、ベェネの持つ剣に止まり、細められる。
「……なるほど、魔剣、か」
魔剣。
剣から噴出するほどに漏れ出る邪悪な気配。
「きひ、きひひひ。正解だ――フィラ? だったか? それにしても随分と余裕じゃねえか。これが分からねえほどの間抜けじゃねえだろう?」
魔剣にも、種類がある。だがそのどれも、精神に影響を与える。
弱いものであれば、多少の精神侵食で済む。だが強いものになれば、多少どころではすまない。常に拷問されているかのような感覚に晒され、屈服すれば魔剣に精神を乗っ取られ、人として死ぬ。
完全に乗っ取られた者であれば、そも理性的な思考そのものが奪われあのような会話すら不可能。と言うことは並大抵の精神力ではないと言うこと。
何よりフィルの魔法を相殺出来るだけの威力、高位の魔剣なのは確実だった。
「……厄介」
ベェネの姿がブレる。
それを正確に捉え、迫る魔剣の一閃を突如として出現させた漆黒の刀で防ぐ。
それに一切の動揺もなく、剣を僅かにずらして更にもう一撃とベェネが動くが、それも再度出現させた二本目の刀で余裕をもって防ぐ。
僅かに顔を曇らせたベェネに、すかさず反撃として二刀を器用に振るう。その一撃一撃が爆発的に強化された身体能力から来る絶対の速度と必殺の一撃。冒険者として多少強い程度では剣筋を捉えることすら叶わないであろう。
だがそれをベェネは目で追いながらも、全く危なげなく避けていた。
上段から降り下ろされる刀を見切り、半歩ずれるだけでかわし、その合間から放たれた横凪ぎの一閃を魔剣で弾き逸らす。若干の隙がベェネに生じるが即座に持ち直す。更に大足で踏み込まれた大降りをフェイントと見破り、本命である視覚外からの雷撃を魔剣で防ぎ、その隙を突いてきたフィルの突きを、後ろに大きく跳躍することで回避。着地地点にフィルの展開した魔法が発動しようとするも、発動する一瞬前に魔剣を叩き付けられ不発に終わる。
正しく目にも止まらぬ人外の動きで戦闘を繰り広げていた。
距離をとったベェネに対して、フィルはある感慨を抱いていた。
強い。魔剣を持っていたとしてもただの人間である。大幅に魔剣の恩恵を受けている筈ではあるが、それでもフィルの持つ魔力には到底及ばない。
だと言うのに、目の前の男は自分と対等にやりあっている。
――自分の肉体を幾らか弄り回した。
フィルは魔力循環による肉体強化の際に生じる、負荷による肉体の破損を抑えるために、苦痛を伴う常人では不可能な方法により肉体の強度を変えた。
それにより、本来ならば数多の歳月を経ることでようやく得られるはずの肉体強度を持っている。
だがベェネは純粋に鍛え上げてきたのだろう。
まず魔力の質が違う。同じ魔力を使うのであっても達人が使えばそれは少量の魔力であっても常人の使う大量の魔力に匹敵する。
それ故に、魔力と肉体強度のみずば抜けているフィルに対して引けを取らない身体能力を得ているのだろう。
そして経験値の差。
確かにフィルも少なくない戦闘を行ったことはある。更にあらゆる冒険者の戦い方を常に見てきた。
だがベェネにはそれを優に上回る戦闘経験があった。
それもほとんどが実戦。
それこそが単純な魔力では圧倒しているにも関わらず、フィルがそう簡単には勝てない理由。
「く、くははははっ。馬鹿げてるなあ、全くよぉ。ははっ、あんな切り結んでる途中に、魔法なんか放つかよ普通」
その言葉は理不尽を訴えかける。実際、極限状態の中、魔法を行使できる者など普通に考えればあり得ない。
「けどなぁ、その気持ち分からないでもないぜぇ? 怖いよな? 怖いんだよなぁ? 俺の能力が――」
その顔には普段見せることはないであろう悪魔のごとき笑み。
それに連動し、ひしひしと隠すことすらしない莫大な魔力が感じられた。
「あんたの戦闘は大体見させてもらった。それで気が付いたんだ。あんた、傷付くのを殆んど恐れてねえ。痛みに耐性があるんだろ? 見てれば何となく分かるさ。普通、あんな大胆には攻撃しねえよ」
ギラギラとした鋭い瞳がフィルの全身を隈無く観察する。それに対して嫌悪感を初めとする負の感情は湧いてこない。
あるのは自身が死なずに、敵をどう効率的に、それでいて学習しながら殺せるか。
だがもっともだった。
「だから見せてやったんだよ。隙を。さっき見せただろ? 俺の剣を少しばかり食らってれば、確実に致命傷を負わせられるだけのチャンスを。だってのに、てめえはそれをしなかった。まあこれは推測でしかないんだが――」
余程気分が高揚しているのか、ここぞとばかりに宣言した。
「てめえは俺の能力を知ってる、だよなぁ?」