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混沌なる迷宮の王  作者: しいなみずき
サバイバル編
43/44

支配者vsレッドクラブ

 漆黒。

 ローブ、髪の色、瞳に至るまで、ありとあらゆるものが漆黒で塗り飾られていた。フードを外している顔から、そのあまりに整った顔立ちが見える。何かに作られたが如く(・・・・・・・)。しかし、何よりゾッとさせるのはその男の纏う雰囲気。まるで平時。戦闘中という、或いは戦闘前の人間の纏うような緊迫ある態度――そんなものを欠片も見せずただ静かにこちらを見定めている。

 まるで自分達の能力によって出来上がる者のような……


「……昔を、思い出す」


 不意に、男が呟く。アカシキとアオカはその唐突な意味の分からない呟きを聞きながら、警戒しつつ男を見据える。


「……砂で城を、作っていた。沈みかける夕陽……日暮れまで作り続けていたことを、意味する。それは朝から……もう少しで、完成間近だった、はずだ。歓喜にも似た、感情を傍らに、最後の行程に入るその時……突然それが、破壊された。そりが合わなかった、子供がいた。歓喜が、変わる。絶望、憎しみ、悪意。知っていた記憶、だ。……しかし、体感するまでは、あまり理解できなかった。ある意味で言えば、貴重な、体験とも言える。別の方向性(・・・・・)……ことこれに関しては、難しくあったから、な」


 何の脈絡もない話。男はそれを延々と無表情で語る。


「……すまないな。君達には関係のない話だ。つい、癖でな」


 ――イカれている。先程狂人と剣を交えていたアカシキが、それ以上の狂気を感じる。

 ベェネのはあくまで殺人狂として、見たことのない部類ではなかった。しかし、この男は、まるで何を考えているのかが理解出来ない。

 既に能力を展開しているが、吸収が上手くいかない。距離もあるが、何よりも意識がほとんどこちらに向かれていないと考えられる。

 初撃で下手をすればバラバラになってもおかしくないレベルの魔法を放てるだけでも脅威だが、攻撃しておいて、なお意識をこちらにほとんど向けないとはどのような神経をしているのか。


「不気味な野郎だ」


 だからと言って、このままなにもしない訳にはいかない。次あの攻撃を受け、上手く受け流せる自信はない。

 アオカは駆ける。男に向かって駆け出し、残り二メートルを切ったところで、地面が突然隆起する。

 危機を察知し、即座に右に進行方向を変える――瞬間、隆起した地面が砕け、内部から柱が出現。あれに巻き込まれていれば即死は確実であろう。警戒を数段階引き上げ、間合いを取るため咄嗟に後ろに下がろうとするが、すぐにそれが失策だと悟る。

 生じるのは膨大な――無駄に大量に注がれた魔力による魔法。初撃であれだけの魔法、更に柱クラスを生み出す魔法を無詠唱で発動する馬鹿げた戦法。それに加え、今度はどのような魔法を使おうと言うのか。


 ――雷撃が、貫いた。


 アオカの腹部、内臓を纏めて焼き尽くさんばかりに巨大な一本の雷撃が後方から直撃した。


「ガハッァ……!!」


 口から煙を吐き出し、白目を剥いたアオカ。確実に致命傷。しかし、男は不思議そうに男を見つめ、呟く。


「……面白い。今ので生きている……いや、そもそも生きて、いないのか?」


 その視線の先、雷撃に貫かれたはずのアオカは、しかし倒れはしなかった。

 まるで枷の外れた機械のように、不自然な動きを見せている。


「……能力、か。厄介だ」


 男は警戒心を剥き出しに、禍々しい雰囲気を醸し出す。同時に両手に魔法を展開、それは小さなつむじ風――



 否。男の手から離れたそれは、突如として周囲の空気を喰らい尽くし巨大化すると、勢いを増してアオカとアカシキへと迫る。

 それはまるで竜巻。だがよくよく見れば電撃が内部で迸っており、明らかに二種類の属性を帯びている。

 この男。一体どれ程高度な技術を持っているのか。


「風と雷の……不味いっ!」


 絶望的な魔法。アカシキはその顔を大きく歪め、アオカに叫ぶ。しかし膨大な破壊力を帯び、巨大過ぎるゆえにそもそも避ける隙間が存在しない最悪の魔法――迷宮との相性が良すぎた。

 いや、相性云々以前に、この男の魔法は規格外過ぎる。


「仕方ねえ……!」


 逃げたところで回避は不可能であり、更に不自然な動きを繰り返すアオカは、避ける気配さえない。アカシキは迷わずアオカの側に駆け寄ると、魔力を大量に使い、咄嗟に魔法を発動させる。


紅壁(レッドウォール)ッ!」


 アカシキがコストを度外視し発動させた魔法。それにより地面から赤い巨大な壁が二人の前に出現する。

 しかしその防御性能は、男の放った魔法と比べて数段下がる――



 ――殺戮の暴風が吹き荒れた。





 感嘆。

 そこに浮かぶのは驚愕ではなかった。ただただ感心するが如く、軽くため息を一つ。解放された空気は静かな音をたてて空中へと広がり消えていく。


 ――生きていた。アカシキも、アオカも。とは言えアオカの場合壊れた人形が如く口をポカンと開け、力なく両手を垂れているが。

 圧倒的なはずの攻撃魔法。それを防いだことに対して男はただ事実を受け入れていた。


 相性がある。それは何事にも。

 男が放った広範囲の魔法は、この移動できる場所が著しく制限された場所において、無類の強さを誇る。


「……属性、か」


 そんな最悪の攻撃だが、それを構成するのは、あくまで極限にまで回転数を高められ、圧縮された風がもたらす衝撃波と斬撃。それに加えて内部に蓄積された膨大な電気である。

 しかしそのどちらとも相性がいいのが土属性。そによる防壁である。


 一定以上の硬度を保ち、更に魔力を常時供給することで比較的手軽にダメージを受けた部分を回復し、そしてなにより風による斬撃(・・)に強く、そして電気を周囲に分散させるという効果を持つ。


 とは言えあまりに違う威力の差に、完全に防ぐことは無理であった。アカシキ達の体に刻まれた大小様々な傷。


「……はぁ、はぁ、くそったれ。これだけの撃って、余裕面かよ……」


 あの規模の魔法を撃ちも、苦しい顔一つ見せない男に驚愕を露にしする。

 男はそれに反応することなく、再度を二人に向かい手を伸ばし――


「……これ、は」


 男が直前、反応する。

 凄まじい勢いで起き上がり、音もなく駆け寄ってきた、シキ(・・)の蹴り。

 完全に隙をついたと思ったが、この男の反応速度は人間を越えていた。


「出し惜しみは、無しだ。全力で仕留めるぞ……!」


 捉えられたシキの右足による蹴り。地面に叩き付けようと男が動いたその瞬間、シキの腕が男に向けられ――




 ――爆発した。


 咄嗟に防御体勢をとり、自由な手で顔をカバーしていた男だが、シキを掴んでいた手を離し吹き飛んでいく。

 吹き飛んだ先、男に斬りかかる一つの影。


 目を左右非対称に忙しなく動かし、壊れたような動きの人物――アオカだ。


 男は起き上がり様に剣を手で弾く。凄まじい威力を持った男の一撃に体が持っていかれる前に躊躇なく剣を手放す。


 それは高速で壁に吹き飛んでいく。だがアオカはそれに隙を見つけ、拳を強く、強く握りしめ、叩き付ける。


 人の拳でどうしてそんな音が鳴るのか。そんな疑問が浮かんでくるような凄まじい音が洞窟に響く。

 その衝撃の結果、男が三歩分軽く吹き飛ぶ。

 常に無表情で分かりにくいが、男が驚愕に僅かに目を見開く。


「バ、バカな……魔力強化なしに人体を貫通するほどの威力だぞ!?」


 同時にアカシキが叫ぶ。絶対の威力をもつはずのアオカの拳。それを耐えたのだから。


 とは言えその瞬間にも戦闘は止まらない。

 開いた三歩の距離を一瞬で消し、アオカの拳を連打する。


 見えない。それほどにまで高められた速度の殴打。更に相手の動きを完全に読みきった動きに、男も反撃はするものの、まるで当たらない。それどころかそれを逆手に良いように打撃を加えられる。


 ついに壁に到達する。逃げ場を無くした男は壁と拳に挟まれる。


 止まらない。止まらない止まらない止まらない。


 アオカの体はまるで疲れを知らないが如く。



 否、本当に疲れを知らないのだ。男が言ったように、彼は人間ではない。


 ――――『人形遊び』。


 これがアカシキの持つ能力。

 この能力は当初、アカシキに『奪う力』を授けた。それは思考、本能、感情に近いものを奪い、対象を生きながらの人形へと変えるためのもの。

 これが制作過程。


 そして生きながらの人形へと変わったものは自由自在に操れた。魔力も、技術も、感情さえも。アカシキ次第では細かく全てを設定し、自動で動かす事さえ出来た。

 だがそれだけではない。この能力で最も強いのは、人形となった者を本物の人形へと変質することが出来る所である。肌の艶、髪の毛の質感、瞳の輝き。人間らしさを全て捨てる事で本物の人形へと変える。そして人形になった状態であれば痛みも感じず、切断されようと時間さえあれば直すことも出来る。

 欠点とも言えないが、条件はもちろんあった。それは『奪う力』の譲渡。人形を動かすには三つのうち一つを与えなければならなかった。だがそんな事は大したデメリットにもならない。

 それにより最大三体までしか操れないが、十分であった。


 なにより強力なのは、人形の状態であれば改造を施すことが出来るということ。

 内部に術式を組み込み、強化を施した。術式は人間にも組み込めるが、その難易度は遥かに高い。少なくともレッドクラブが扱えるものではなかった。だが物に施すのならば話は別である。

 強度強化、軽量化を複雑に組み込んだアオカの体は、あらゆる強者、魔物を蹴散らしてきた。


 とは言えあくまで奥の手であり、滅多に使うことはなかったが、この男は別だ。

 全力で仕留めねばこちらが殺される。


「……おも、いな」


 男は呻き声のような掠れた声を発しながら、未だ連打を耐えていた。

 アオカの眼に施されている複合感知術式は、的確に相手の状態を読み取り、正確に次の最善手を教えてくれる。

 それをアカシキが操作する。そこにミスはあり得なかった。

 アオカはあらゆる術式を組合せ、オーダーメイドで作り上げた格闘対人線において最強の術式の塊である。

 相手に呼吸の暇さえ与えない。ここに負ける要素はない。


「……み、えて、いるの、だな」


 男は迫る拳を驚異的な反射神経で掴もうとするが、それはまるで予知されていたかのように、するりと手を避け、その隙に顔面を十数発の殴打が見舞う。





「……参考に、なる」


 男は静かにポツリと呟いた。


 変化はすぐに訪れた。

 先程まで壁に叩き付けられていた男が、ゆっくりとアオカに近付いてくる。


 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。


 最早捉えきれないほどの殴打をその身に受けながらも、男は平然としていた。



 雨だった。

 強く、激しく打ち付ける。


 豪雨と言ってもいい。

 それは大自然が如く雄大さを感じさせた。

 感じる覇気は例えるならそれほどまでに強かった。

 


 だが。


 だがそれだけだ。


 豪雨が降る。とても強い雨だ。

 しかしそれだけ。ただ雨に当たっただけに過ぎない。少し刺激がある。それでお仕舞いだ。

 先程まで壁に叩き付けられていた時の男の感覚が正にそれだった。


 上げた。


 巡る魔力。

 身体中を大量の魔力が目まぐるしく回っている。常人ならば壊れてしまいそうだ。

 その量の魔力を更に膨れ上がらせる。

 人では決して持つことの出来ない魔力。それを隠蔽を施したまま巡らせる。


 するとどうだろう。


 雨?


 違う。

 そんなものどこにも存在しない。

 あるのは精々がそよ風。心地いい。


 つまるところ、男は何のダメージも負っていなかった。


「あり得ねえ! あの連撃を、あんな涼しげに、耐えるかよ……」


 気付く、その異様さに。

 その瞬間だった。


 パシッと。


 腕が掴まれていた。

 絶え間無い連撃の最中、動きを完全に読みきる敵を、取って捕まえたその男。


 それを外さんと蹴り上げようとしたその時、体が持ち上がる。人形とは言え、軽くはない。成人男性並の重さはある。更に術式により、重さを数倍に増やしている。それを軽々と。

 寒気が走った。


 アオカを持ち上げる男。その顔面が、突如爆発した。


 シキを使い、時間を稼ぐ。アカシキが選択した、男を仕留める最後の手段。それを行うために。


 ギョロり。煙が上がったそこから、男の目がシキを見つめていた。

 シキが内包するのは中距離に対しての攻撃魔法。腕から指まで、それを媒体にして魔法を放つ。


 続けざまに撃つ火系統の魔法が、男に当たる直前に発生する不可視の壁に防がれる。


 逆に男が手を翳す。

 咄嗟に用意していた防御魔法を発動させる。


 ――紅壁。


 シキを覆う赤い土。それと同時に放たれた風の魔法。


「……悪いが、そこまでバカではない」


 それは巨大な形を形成する――否それどころか、徐々に小さくなっていく。

 まるでそれは……


「槍……! 不味い――」


 だが何もかも手遅れだった。


 気付いた時には既に紅壁は粉々に破壊され、シキは壁に磔にされていた。


「……次は――」


 だがそれでいい。狙い通りだ。


「次はてめえだ」


 見ればアオカが口を人の頭を飲み込めるほど大きく開け、男に向けていた。そしてそこに見えるのは微かな光。それが徐々に大きくなり――


「……これは、見事――――」


 爆発した。




 自爆。最悪の最悪の手段。金をかけて、名誉を与えられてきた個体だった。そう易々と実行するつもりはなかった。だが、それでも命の価値には程遠い。


 用意していた防御魔法解除する。凄まじい衝撃だった。

 爆心地から離れた場所にいたアカシキが防御魔法を展開し、それでも衝撃を感じるほど。どれだけ強い威力だったのだろうか。未だ使ったことのなかった自爆という行為。

 これならば、流石にあの一瞬で防御は不可能だろう。


 男は晴れていく爆心地を見る。


 ――煙が晴れるなかそこにいたのは、血みどろの男だった。


「……私が、ここまで傷をつけたられのは、初めてだ。称賛を、送ろう。……そして、やはり能力者は、危険だ」


 そう言い終わると男の傷がみるみる内に塞がっていく。


「治癒魔法、かよ」


 絶望的だった。強力な攻撃魔法を操り、更に治癒魔法すら扱える。

 勝てるわけがない。


「……見事だった。だが、それだけだ」


 男は立ち竦むアカシキに向かって手を翳し、そして不可避の雷撃がアカシキを貫いた。







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