迷宮レベル42 ベェネvsレッドクラブ
遅れて申し訳ありません。
書いてたデータ消えるとやる気の消失が半端じゃないですね。
目の前に広がるのは悪夢。血にまみれた手足が遊び終わった玩具の如く、投げ捨てられている。真っ二つに切り落とされた頭部や胴体。所々に見られる苦悶に満ちた表情のまま死に絶えた死体。凄惨の一言に尽きる。拷問ではない。見るからに遊ばれている。
何よりその考えを正しいと思わせるのはそこに立つ一人の男。小さく笑みを浮かべ、血の海に悠々と立っている姿は、どうみても彼がこの惨状を引き起こしたと思わせる。
「一つだけ、聞いといてやる」
その男に向かって響く一つの声。
冒険者の集う町、『エディシス』。様々な冒険者が犇めき実力を競い会うその中で、最強と呼ばれるパーティ。
それが『レッドクラブ』。
そんなパーティのリーダーであるアカシキの声に含まれている感情は怒りではない。彼は極めて冷静だった。
「これは、お前がやった……それで間違いないな?」
あくまで確認。言い訳があるならば聞いてやる。そう言外に含めながら。
「はっ、どうせてめえがやったんだろ。この殺人鬼が」
「……こ、こ、この殺人鬼め、め」
隣に立つ二人の冒険者。アオカとシキである。三人とも色違いのバンドを腕に着けている。アカシキは赤、アオカは青、シキは黄。恐らく名前は偽名、もしくは偶然やも知れないが、偽名の可能性が高いだろう。
「嬉しいねえ」
笑みを浮かべながら、三人に睨まれている男――ベェネは呟く。殺人鬼と呼ばれながらも、その態度は全く変わらない。迷宮に入る前とは、まるで別人ではないか。
「……嬉しい、だと?」
アカシキが睨みを効かせながら手を剣に伸ばす。
「最高級のご馳走が、自分からやって来た。これが嬉しくないわけがねえだろう?」
それが合図となった。
強烈な殺意を携え、ベェネが向かった先はシキ。慌てて得物である手斧を構えるシキに、ベェネの狂剣が風を切る。
それになんとか対応シキだか、体勢を崩され次の一閃で絶命に至る――はずも、ギリギリ追い付いたシキの手斧によって回避される。ベェネが舌打ちすると同時、さらに悪くなった体勢に追い討ちを掛けるべく再度一閃。だがそれさえもシキの一手に阻まれる。
何故だ――苛立ちと同時にそんな疑問が生まれる。
体幹は既にないも同然。あとちょっと小指で小突けば倒れそうなガタガタの姿勢。意思を感じさせない、素人が握ったかのような構え。確信が湧いてくる。次の一手で確実に殺せると。
ならばと再度攻撃を仕掛けようとした瞬間――首筋に衝撃が走り、勘に任せて跳んだ。
切られた――それも動脈を。そう理解すると同時、血が噴水のように噴き出す。
シキに集中しすぎ、その隙をアオカに突かれ、剣で首を切断される寸前までアオカの接近に気付かなかったのだ。
意識を取られ過ぎた。ベェネはそう思うも、何故あそこまでと、妙な違和感を感じる。そしてその不可解な点は、何かを予感させる。
しかしこのままでは死ぬことは目に見えていた。故にベェネは傷口に手をやり、数秒そのままで固定すると、手を離す。
すると驚くべきことに傷口は完全に消えており、血の後すらない。
「貴様、一体……」
アカシキがその光景にシワを寄せる。致命傷であったそれを、僅か数秒で感知させる。そんな芸当、不可能に等しい。ポーションなどの例外もあれど、そんなものを使った様には見えなかった。
であれば果たしてどんな仕掛けがあろうか。
考えを巡らせながら、警戒を緩めない。
「こいつは予想以上に手強そうだ……『鳥籠』で行くぞ」
アカシキのその言葉に二人が頷く。そしてゆっくりと、ベェネを警戒しながら二人が左右に歩き出す。そしてある程度行ったところで止まると、それぞれ武器を構え、ベェネの動きを待つ。
三角形。均等な正三角形を思い出させるように、三人は立っていた。そしてその中心にはベェネが警戒の眼差しで周囲を観察する。
フォーメーションと言った。だとすれば何かアクションを起こしてくるはず。三角を描くように立つ三人を一度に見渡すのは不可能に等しい。アカシキを見ながら、二人への警戒も崩さず意識を向ける。
だが三人は動かない。カウンターを狙っている? それとも疲弊し、集中力が欠けるまで待つ?
どちらにせよ下策だ。何もしないというのであれば、ベェネにも打つ手はあった。
能力を展開させる。徐々にではあるが、それを気付かれぬよう彼らに向かって放つ。
気が付いた頃には遅い。既に死ぬ以外の選択肢がなくなっているのだから。
――しかし妙だ。先程から全く体勢が変わらない。シキを相手に遅れを取り、致命傷を負った。加えて回復という予想外を見たならば、普通はごり押しで片を付けようとするのではないか?
だが、しかし。逆に警戒して攻めるのを躊躇っているのか?
そんな思考の堂々巡り。
ふと、何か違和感を感じ取る。
「てめえら、何をした……?」
急激に、戦意が消失していく。何故戦う必要がある? そんな、普段では絶対にあり得ない思考が出てくる。
アカシキを睨み付けるが、彼は冷めた目でベェネを見るだけで、何も言わない。
「まさかてめえらも、能力者か……?」
三人を見渡す。恐らく誰かが能力者なのだろう。対象の敵意を吸い取るような能力。そう当たりを付ける。
もう一つの剣を握り締める。
(――使うか? いや、まだ早い……)
しかし剣を抜くことはなく、もう一本の、既製の剣を握ると、戦意を無理矢理に沸き起こし、アカシキに突撃する。
「学習しない奴だ」
アカシキは持っていた双剣で、ベェネの一撃を防ぐ。そして反撃。双剣を左右別々の動きで振るう。
それを恐れることなくベェネは突撃。しかし無謀にすぎた。特攻にも近い攻撃だが、ベェネは肩と腹部を切り裂かれ、ようやく不味いと悟り慌てて後退する。
(何が起こった?)
混乱。普段では決してあり得ない行動と思考。確実に何らかの精神攻撃を受けている。
しかしどうやってか。一体何が起点なのか。
(冷静に考えろ、冷静にだ。違和感を最初に感じたのはいつだ? ……くそ、めんどくせえ。んなことよりとっとと殺せば済む話か)
手を翳すことで傷口を消していくベェネ。三人は驚愕するも静観に徹する。
そして考えが纏まったのか纏まっていないのか、再度駆けるベェネ。何も考えず、ただ突き進む。
今度はシキの所に向かい、剣を振るう。ベェネの身体能力と剣に魔力によるブーストを掛け、威力を爆発的に上げる。最高速度の一閃。
しかしシキは、それを手斧で防御。とは言えベェネの最高速。僅かに吹き飛ぶ。だが流石はCランク冒険者。普通ならば得物ごと切り裂かれるか、それでなくとも壁に激突するかであるはずの一撃を、ただ僅かに吹き飛ぶだけで抑えた当たり、実力の高さが伺え知れる。
だが若干体勢が崩れ、隙を見せる。その隙を逃すことなく、ベェネは追撃。しかしギリギリで手斧に阻まれる。更に体勢が崩れたシキを、がむしゃらに放った一撃で止めを刺す――否、刺せない。これもまた転ぶ寸前のシキの手斧に阻まれ失敗。だが疑問に思うことすらなく、鍔迫り合いの最中に怒りに任せて剣に力を籠める。
押し込めば地面に倒れる。あとは止めを刺すのみ。そう思考しての行動だが、シキはするりとそれを受け流すと逆に体勢を崩したベェネの心臓部に手斧での一撃を加える。
「うぐっ……!」
ぐらつく視界。すぐさま後ろに後退し、心臓部に手を翳す。荒い呼吸を何度も行いながら、冷や汗を大量にかきながら傷口を能力で修復していく。
「ば、ば、ばーか。お、お前て、て、て程度が、勝てる、わ、わ、わけな、ないだろう、が!」
「所詮、雑魚か」
オドオドとした挙動のまま、苛烈な言葉をベェネにぶつける。
そしてアオカが冷静に一言そう呟く。
「くそがぁあ!」
数秒かけ回復し終わったベェネは、無意味な呪怨を放ちつつアオカに駆ける。
何の捻りもない袈裟斬り。それを難なく避けると、アオカは横にて剣を降り下ろしたベェネに向かって蹴りを放つ。避けること叶わず。それに直撃したベェネは、一瞬意識を手放しそうになる。だが何とか持ちこたえたその先、アオカの剣先がベェネの首に降り下ろされていた。
「死ぬのは、てめえだ」
剣よりも先に落ちる……!
そうすれば回避は可能。しかし、そんな行為を出来る筈もなく、ベェネは首に剣を埋め込まれながら、地面へと墜ちていく。
地面へと叩き付けられ、頭部を切断される寸前、手を地面に着き、アオカと反対方向に全力で押す。
「ちぃっい゛ッ……!」
なんとか首半分切り裂かれるだけで済んだベェネは、無意識に手を傷口に翳す。
脊髄損傷。本来ならば立っているのも困難なはずであるが、ベェネはそれでも何とか回復を間に合わせる。切断された後の一瞬。それを逃せば死んでいたであろう。
「追撃は、しないか……舐めてんのか? あぁ?」
ベェネは荒い息を吐きながら、三人を挑発するが、三人は依然として動かない。
「舐めてはいないさ。ただ、これで事足りる。それだけのことだ」
アカシキがそれを冷静に返す。貴様など一斉に倒す必要などなく倒せる。そう言い含めて。ベェネは苛立たしいとばかりに血を口から吐き出し、睨み付ける。
「貴様には確かに回復能力があり、そう簡単には始末できないだろう――だが、それは俺達にとって、些細な問題に過ぎない」
アカシキは静かにそう告げた。
そう、アカシキの告げた事は事実である。
既にベェネに能力を解除する術はない。これは例え能力を完全に理解したとしても、嵌まるところまで行ってしまえばもう抜け出せない。
衰えるはずの敵意がなかなか衰えないのが疑問だが、それでも問題はない。終われば最早抵抗することは不可能。
アカシキは冷静にベェネを見ながら、そう考える。鳥籠。これを逃れた者はいない。魔物であれ、敵対した冒険者であれ。どっち道、ベェネは邪魔でしかなかった。敵意を垂れ流す同行者など、仲間ではない。気を見てこの能力で殺すつもりだった。
予想外だったのはベェネも能力を持っていたこと。回復系統の能力だろうと当たりを付けているが、その詳細までは教えてくれる筈もない。
どちらにせよ、これは回復云々ではない。不死身であろうと関係ないのだから。
「お前らは、ぶち殺す」
ベェネが血走った目でアカシキ達を睨む。そして剣を仕舞い、もう片方の剣へ手を伸ばす。
そして、それを堂々と抜く。
「……ッ!」
しかし何が起こる訳でもない。慌ててそれを鞘に戻す。
冷や汗だ。尋常ではない量の冷や汗が浮かんでいた。小さく何故だ。何故だ。何故だと呟いている。
「そういう、ことか……」
何かが分かったのか。確信めいた言葉を吐くベェネに、アカシキは何か嫌な予感を感じ取る。
定石はこのまま相手の攻撃を待ち、反撃していくこと。飛び道具があるならば、フォーメーションを変化させればいい。
しかしアカシキの感じたそれは、別の何か。
ベェネには分からない合図を二人に送る。
戦う際、必要なものがある。
冷静な判断力。死への恐怖。そして敵対心。
アカシア達の能力は、それを奪い去る。
この能力は、冷静さ、恐怖、敵意に関わるものを対象から抜き取っていく能力。それらの感情の数値を万全な状態で10として、これが一つでも0になれば、ただの獣に成り下がるか、もしくはそれ以下の生きる『人形』となる。それが『鳥籠』。
三人はそれぞれ奪い去る感情を担当している。アカシキは冷静さを、シキは恐怖を、アオカは敵意を。それぞれ近付けば近付くほど、または意識を向けられれば向けられるほどに感情を奪える。
とは言え近付けば近付くほど奪えるが、それはあくまで一時的なもの。一番重要なのは意識を向けられているかどうか。故にこの三角形。これならば背後からの敵襲に備えつつ、目の前の自分にも均等に意識を割かせられる。ベェネほどの実力者ともなれば尚更だ。また三角形になることで、逃亡を防止するという意図もある。
しかし、ベェネから奪った冷静さや判断力、思考力の類いは既に四割に達する。
それでも無闇に攻めないのは、称賛に値する。
「貴様はやはり危険だ。ここで確実に殺す」
アカシキは一つの短剣を懐から抜き出し、籠められた魔法を発動させる。
――『シャドーロック』。一筋の影が短剣から飛び出し、ベェネの体にまとわりつく。余裕ぶっているが、ベェネに避けるだけの危機感はシキに奪い取られているはずだ。危機に関する感情も五割は抜き取っているが、とは言えまだ五割残った危機感は、致命的なものには反応する可能性がある。故に拘束系の魔法で動きを止める。
「アオカ、やれ」
避けるのが不可能な一撃。詰めの一手をアオカに命じる。シキはそれでもなお避けた場合を考え油断なく構える。
「――『紅き雷撃』」
雷撃系統の中でも威力に置いて特別強い『紅き雷撃』。速度にやや劣るものの、現状避ける手段がないベェネにはかなり有効な魔法である。彼らも魔法が使えない訳ではない。しかしアカシキの勘が何かを告げている。故に高威力かつ最速で撃てる魔法を選ぶ。
「――」
直撃。凄まじい光と共に、雷がベェネにぶつかり、弾ける。
迸る電撃。これほどの威力であれば、簡易障壁を張ったところで一秒すら稼ぐことは出来ないだろう。
光が収束し、ベェネの死体を確認すべく三人は直撃地点をみる。
――ドーム。
土で作られたとおぼしきドームが、そこにはあった。
「なんだ、これは……?」
魔法? しかし、よくよく見れば傷一つない外壁から、違和感を感じとる。あれだけの高威力の魔法を防ぐほどの防壁など、そう短時間で作れるのか? いや、ベェネほどの実力者であろうと不可能。であるならば魔術武装による防御の結果? しかし拘束されていたにも関わらず?
そんな疑問が湧いてくる。しかし防がれたのは事実。あのドームを果たしてどうするか。
「厄介な」
ドームが崩れ去った場所、そこにはベェネが静かに佇んでいた。
舌打ちしたい気分だった。確かにまだ状況は優勢だが、それでも戦いに絶対はない。何より奥の手を隠し持っていると考えれる以上、油断は出来ない。
危機感を強めたアカシキは、安全策を捨て速攻で畳み掛けるべく単騎でベェネに向かう。既にベェネの持つ判断力は五割を下回る勢いである。アカシキが近寄れば一時的とは言え一割を切るだろう。その状態のベェネならば難なく殺せよう。
双剣を左右に構え、勢い付けるとベェネを切り刻むべく振るう。
最大限注意を向けながら攻め立てるも、ベェネはその攻撃を一切避けようとしない。不思議に思いながらも双剣がベェネに食い込み、左の剣は身体を切断、右の剣は頭部を切り離す。
その光景に、アカシキの表情は驚きに染まる。ベェネがあっさりとやられたからでは談じてない。その体が――『土で出来ていた』からだ。
「ぎ、偽造! 本体は――」
人の気配を漂わせるだけの水準を持った土人形。魔法? 或いは能力? だが今最も重要なのは――
「くッ……!」
アオカの苦悶の声が響く。
見ればベェネと切りあっている。どういうわけかベェネの敵意や闘争心は殆んど削れていない。そして敵意を担当するのはアオカ。ベェネもそれに気付いたのだろう。土人形に気を取られている間にどうやってかアオカ近付き、隙をついたと思われる。
現にアオカの右腕は肩から先が無くなり、剣を握る左腕もバッサリと切られている。失血死を避けるため、魔力肉体に連動させ操作することで傷口を簡易的に縫い止めているが、そのせいで身体能力が大きく落ちているのが分かる。
それでも何とかベェネの攻撃を避けているのは、ベェネの戦闘能力が大幅に落ちているからだろう。
「やってくれる!」
アオカを助けるべく動き出そうとして、固まる。
――動かない。
見れば足が地面に埋まっている。拘束系統の魔法ではない。シキとアオカも同様らしく、動けないでいる。
(いつの間に!)
魔力を関知できなかったと言うことは、確実に能力によるものだろう。
パシッと、乾いた音が響いた。
見れば拘束されたアオカが、その顔をベェネに鷲掴みにされているところだった。
傷を負った左手でもがき、離そうとするが、一向に離れる気配はない。
数秒後、もがき、ジタバタと体を揺らしていたアオカから、ベェネが手を離す。
――なくなっていた。
――顔が。
潰されていた訳でも、切り落とされていた訳でもない。ベェネはただ掴んでいただけ。
致命傷足り得ないそれだけ。それだけで――顔のパーツが全て消えていた。
潰されたのではない。切り落とされたのではない。口も、鼻も、目も、耳も。まるで全てのパーツ『元々存在しなかった』かのような顔が、そこにはあった。
無論ではあるが、口も鼻も無ければ呼吸など出来ない。アオカはもがく。本来口や鼻があるべきはずの部分をかきむしり、必死に呼吸をしようとしている。
しかし無情にも突然のことで判断能力が欠如しているのか、もがくだけで何も出来ない。それどころか意識が薄れたことで魔力による傷口の応急措置が止まり、血が大量に噴き出す。
「アオカ……ッ!」
事切れたアオカは、地面に倒れ付し、静かに息を引き取った。