迷宮レベル25 異常集団
迷宮の最深部にて、一人の男によってトロールが瞬殺される光景を確認したフィルは、至急次の一手を打った。 それは迷宮そのものの強化。今まで溜めに溜めてきた魔力の一部を使うことに躊躇いはなく、それどころか既に変化は始まってきている。
だがその間、他にもやらねばならないことが非常に多い。 それぞれを慎重に吟味し、優先順位をつける。その中で今やれることを幾つかに絞ると、即座に行動に移すべく移動の準備を始めた。
「……取り敢えずは、奴等からだな」
フィルが以前、力試しをし、そのついでに従えることに成功した盗賊達を頭に思い浮かべる。当初、彼らには裏切られる可能性を考慮し、アフと名乗ったが、今のところ裏切り行為は見受けられないのは幸運だろう。
そもそも、フィルと名乗ってもそこまで問題があった訳ではないが、後々そこで何らかの失敗を犯してしまうかもしれない可能性が有る限り、逆に偽名を使わない必要は全くないのだ。
その盗賊達であるが、フィルは裏切られた時のことを考えた上で、彼らにこの迷宮の戦力となれるように武器と力を与えた。
盗賊達のリーダーであるリザルドには、最深部からでも通信が可能な魔道具を持たせてあるが、今回はある目的から直々に出向くことに決めた。
ちなみに、フィルが上層に出向くのに使用する魔法は『瞬間移動』。
一度訪れ、またある程度正確な場所のイメージがあることと、魔力を大量に消費する。という制約と欠点があるものの、この魔法は非常に便利なものである。
何より魔力を常人の何百倍以上も保有するフィルからすれば、消費される魔力など些細なことであるのだから。
「……さて、行くか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
開けた場所に、大人数の男達が集まっている。 皆一様に目付きが悪く、だがそれに反比例するように装備は完全にチグハグだ。
基本的に装備の品質はあまり良くないが、しかし中には目を疑いたくなるほどに強力な魔力が宿った防具をつけたものや、武器を手にした者もいる。
これは皆、アフと名乗る一人の男が自分達のために用意してくれたものだ。またリザルドが持つ魔法弓もアフから貰ったものであり、彼からすればあり得ないほど破格の威力と性能を持っている。
他にもアフから賜ったのは、比較的魔物が出にくい地帯に、鴨冒険者の存在などを教えてくれていた。
そのおかげで今までの収入は爆発的に上がり、仲間の死亡率は圧倒的に下がった。
盗賊としてやっていく上で、本来ならば決して実現はすることのないはずの現状からリザルドは、アフに対して感謝と尊敬と畏怖の感情を抱いている。
そんな畏敬の対象が、今はリザルド達の目の前にいた。
「……まずは、集まってくれたことに感謝する」
先程、アフが連絡用にとリザルドに渡した魔道具から通信が入り、場所を指定され全員集まるようにとの指示を出された。
そして集合が完了してから僅かに数分後、アフは悠々とした足取りで、暗闇から現れた。
リザルドはその時、一体どうやって灯りを持たずに来たのか疑問に思ったが、それはどうでもいいことだと胸にしまった。
「……では、早速本題に入らせてもらおう。今回来たのは他でもない、君達に新しい武器を与えようと思ってな」
すぐに本題を切り出したアフが口にした内容に、リザルド含めたここに集まった皆は、次は一体どんな武器や防具を与えてくれるのかと、期待に胸を膨らませる。
するとアフは、自らのローブの中に手を入れる。
そして取り出した物を全員見せつけた。
「……これが、そうだ」
しかしその期待は実現することはなく、アフがローブの中から取り出したのは、紫色の液体が入った透明な筒。
聞いたことはある。確か試験管だったか。そんなことを思っていると、アフが説明を始めた。
「……これは全員分どころか、全員に配っても余りある量を、用意してきた。……用途は、飲む事での身体的及び魔力的な強化。好きに使ってくれて構わないが、過剰な摂取は禁止とする。だがもしも緊急事態に陥った場合に限り、使用を許可しよう。……要は飲むことで強くなる薬で、飲みすぎは禁止。そう思っていればいい」
飲むことで強くなる薬で飲みすぎは禁止。殆どの者がそう理解する。リザルドも同様で、何故過剰に摂取しては駄目なのかを聞きたい所であったが、アフの威圧感の前に聞くことは叶わなかった。
そうして、ローブの中から木箱を取り出しリザルドに渡すと、来たときと同じく暗闇へと姿を消した。
「ふ、ふぅ。相変わらず威圧感が尋常じゃないな」
緊張で呼吸が止まるかと思ったリザルド同様に、大半が同じような感想をアフに抱いていた。
だが、皆の興味はその木箱の中身に向けられている。
アフがこれまで用意してくれた武器や防具を考えるとそれが一体どれ程の効果をもたらしてくれるのか、想像は容易かったのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗闇を照らす松明を持った男を中心に、五人組の男達が、先の見えない通路を静かに歩いていた。
その途中、分岐点に差し掛かると、
「おい、分かれ道だぞ。どっちに向かう?」
一人の男が、他の四人へと問い掛ける。
「そんなもんどっちだって構わねーよ。どうせここで悩んだって財宝に出会える訳じゃねえ」
「確かにそうだな。ならこっちにいくか」
ここはEランク迷宮『宝物庫』。そんな仰々しい名前の場所である。故に彼らが狙う獲物は財宝の類いだ。
彼らは今までエディシスから遠出をし、一時的だが別の町で仕事に勤しんでいた。
しかし風の噂でこの迷宮のことを知り、多少帰る日程を早めてエディシスへと戻ってきていた。
そして戻ってから約一日後、この迷宮へと挑むことを決めたのだ。
同業者の中には、実際に『宝物庫』へと潜り、通常稼げる額とは比べ物にならないほどの財産を手に入れた者も少なくなかった。
それを聞いた彼らが、即座にこの迷宮に潜ろうと決めたのは仕方のないことであろう。
しかし稼ぎが大きい代わりと云うべきか、迷宮の内部には罠が多数存在し、魔物も通常よりも強いらしい。
また武器を持つ個体も多数おり、他のEランク迷宮と比較し難易度は異様に高いという。
「あれは……」
すると前方から、光がゆっくりとこちらに近付いてきた。
足を止め、目を凝らすとその光の正体が段々とはっきりしてくる。
「げっ、あいつは……」
光の正体は光結晶。その光結晶を片手に持ち、こつこつとこっちに向かって歩いてくるのは一人の青年。
その男に、彼らは見覚えがあった。
ベェネ・オルグレリア。ソロでありながら、Dランク冒険者として活動している、相当に優秀な冒険者である。
今でこそ避けられ、一部の者には嫌悪感さえ抱かれているベェネだが、Dランク冒険者に昇格した事が周囲に伝わった時など、あらゆるパーティーから勧誘の声が絶えなかったものだ。
そしてベェネもこちらの存在を目視出来たのか、こちらを観察するように見つめながら近寄ってくる。
「お前らは……いや、今はどうでもいいか」
独り言のように小さく呟く。
「よう、あんたオルグレリアだろ? 儲けはあったか?」
その言葉を聞いてか聞かずか、仲間の一人がベェネに話しかける。
外見上は特にこれといって当たりを見つけた訳でも無さそうだが、一応情報交換は必要と思ったのだろう。
しかしその質問に、ベェネは答えることなく彼らの横を通り抜けていく。聞いた本人も嫌な顔はするものの、引き留めたりはしない。
無視されたのは少々腹が立つが、別にわざわざ答える必要はないのでそれをベェネにあたることはない。それに自分とベェネとの実力差は既にランクとして示されている。
ソロであるDランク冒険者と、パーティーであるEランク冒険者。仮に怒らせた場合には、手痛い報復がまっているであろうから。
そもそも、前情報からベェネのことについて多少なりとも知っていたため、このような反応が返ってくるのは想像が出来ていたため、特に驚くこともなかった。
「収穫がなかったのは残念だが、面倒にならかっただけマシか。それよりとっとと先へ進むぞ」
そしてしばらく進むと少し開けた場所に出て、またも分岐点に差し掛かる。
どちらに進むか。先頭にいた一人の男が仲間に問いかけようと、振り替える。
その途端、男の頭が――弾け飛ぶ。
それだけではない。男の頭を容赦なく吹き飛ばしたソレは、ちょうど直線上にあった別の男の肩を大きく抉り、壁に激突したところで漸く止まる。
壁に突き刺さったのは弓矢。しかし、普通の弓矢とは違い、魔力が感じられる。
「ぐっ、ぎゃあぁああぁあああッ!」
肩を抉られた男が、あまりの痛みによりその場に倒れる。
その肩付近は見るも無惨で、その下にある腕は、最早使い物にならないのが容易く理解できた。
「な、敵襲だと!?」
そう考えて、真っ先頭に浮かんだのは、先程すれ違ったベェネの姿。
しかし、その考えは即座に否定されることとなる。
「うひょお! やっぱりいつ見てもすげえ! たった一撃でこの威力。流石はアフの旦那が直々に下さった魔法武器!」
数ある道の一つから、歓喜に満ちた叫び声を上げながら、複数の男達が歩いてくる。
服装から冒険者かと疑うが、その装備はあまりにもばらつきが酷い。
ここまで酷いと大体が予想がつくものである。
「まさか、盗賊か?!」
そしてその問いに、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべた男が口を開いた。
「正解だぜ。そしてお前らは、もう逃げられねぇ」
その言葉と同時に、周囲のの通路から複数の男達が更に彼らを囲む。
計画していたかのような綿密な動きに彼らは驚くが、更に驚くべきことは、皆それぞれ一グループに一つづつ魔力を感じされる魔法武器を手にしていることだ。
その事に、冒険者の三人は驚愕を露にする。
人の頭を容易く吹き飛ばす程の威力を持つ魔法武器を、まさかこれほどまで用意していることに。
本来、魔法武器にも相性というものがある。そのため、迷宮に落ちていたものを拾ったところで、使えるなどということは滅多にない。
だがその魔法武器をここまでの量を揃えているとは、あまりにも信じがたかった。
恐らく、先程リーダー格らしき男が云っていたアフと云う人物が用意したのであろう。
そう推測する。
そして、その人物の目的がなんであれ、これだけの魔法武器を揃えられるのだ。とてつもない財力を持っているのは間違いないであろう。
だが今はそんなことを推測するよりも、まず逃げることを第一に優先すべきだと思い直し、逃走経路を必死に見極めようとする。
しかし、これだけの人数である。しかも四方を完全に囲まれていため、どうにかしてこの包囲に穴をあけるしか手はないだろう。
覚悟を決めると、自らの得物を手に握りしめた。
「くそ、ついてねえ!」
そう悪態をつくと、仲間を置き去りに一気に駆ける。
弓矢による攻撃があれば死ぬ確率は非常に高くなるが、敵は油断していたのか、弓矢による攻撃が来る予兆は見られない。
一か八かの賭けには勝った。ならば向かう先は後方部分。先程自分達が歩いてきた通路がある方向だ。
彼はEランク冒険者ではあるが、接近戦を担当する冒険者である以上、一般人とは比較にならないほどの筋力をその身に宿している。
更に男は腕にのみ全力で魔力強化を行う。
そして魔力によって強化された右腕は、殴っただけで人を容易く殺せるほどの威力。そこに勢いが加わることにより、より一層威力が跳ね上が。
その力を剣に込め、全力での男に叩きつけるために振り上げる。
男の頭に浮かぶのは明確なビジョン。
目の前の男の首をはね飛ばし、更に隣にぼけっと突っ立ている男の頭も切り落とす。
その隙に乗じて全力で走れば逃げ切れる可能性だってある。
幸運なことに、反撃を予想してなかったのか、相手は全く防御の体勢に入れていない。
どうみてもチャンス。仲間には悪いが、何としても自分だけは助かって見せる。
そう意気込んで男は剣を斜めに降り下ろした。
だが、しかし。
それは容易く、防がれる。
それも、受け止めた相手は片手で、しかもその手に持つのは魔法武器ではない、普通の武器だ。
それなのに、相手は衝撃を受けた様子もなければ、その顔に焦りの色は見えないどころか、むしろ余裕の表情でこちらを見ている。
信じたいことではあるが、ただの剣で全力の一撃を防いだということは、この男の持つ力は冒険者である男と同じか、それ以上の力を持っているということであろう。
すると、全力の振りを受け止めた相手がその顔に笑みを浮かべながら、口を開く。
「おいおい、どうしたんだぁ? 冒険者ってのはこんなもんなのか? それとも走りながらだったから力が入んなかったってかぁ? 仕方ねえ、もう一回チャンスをやるからよぉ、今度は本気で攻めてきても構わねぇぜ?」
その言葉に憤怒を覚えるより先に、自然と後ずさってしまう。
自身の渾身の一撃を容易く防がれたのはショックが大きいが、まだ諦めた訳ではない。
その隣にいる、先程まで二撃目で仕留める予定だった男に狙いを定め、剣を振るう。
助走が無い分、さっきよりかは威力が多少落ちるが、それでもただの盗賊ならば十分すぎるほどに脅威の威力。
だが、それは通らない。相手の刀によって防がれる。
「なんでだ!? なんで通らない!」
困惑と恐怖に満ちた表情を浮かべた男に、盗賊達は嘲るように声を大にして笑う。
「たまんねぇなぁ! これがアフの旦那が下さった力! 冒険者の一撃が全く恐くねえ! 最高だぜ!」
「力……? 一体どういう――――」
しかしその先の言葉を発することはなく、駆けてきた目の前の男によって、反応すら出来ずに命を絶たれた。
時系列はベェネがトロールちゃんを殺したところです