迷宮レベル22 殲滅準備
ギルドを出たハデルバードとイガルデは、出て直ぐそこに建てられた喫茶店で、優雅に紅茶を飲んでいた二人の仲間に声をかける。
「アデル、バルドゥル……待たせたな」
ハデルバードの呼び掛けに反応し、こちらに向き直った二人だが、ハデルバードの姿を見ると二人同時に固まった。
「って、リーダー! だ、大丈夫ですか?」
「うわ、びっちょびちょだな。なんかあったのか?」
答え方次第によっては面倒なことが起こりそうだと直感したハデルバードは、適当に誤魔化すという選択肢を選んだ。
「気にするな。俺がうっかりしていたせいで、コーヒーを持った職員とぶつかってしまってな。まあ、どうせ安物の服だ。あとで着替えればいい」
早口にそうまくし立て、追求を避ける。
面倒事は好きではない。幸運にもイガルデはその場にいても見守るような視線だけで、特になにもすることはなかった。
だが恐らくこの二人に事実を云えば、アデル辺りがギルドに対して喧嘩を売りかねない。
そしてそれを止めるのも、もし止められなかった場合も待っているのは面倒事だけだ。
実際にはぶつかったところで避けられるのでは、と思われたのか、懐疑的な視線を二人からぶつけられる中、ハデルバートは話を終わらせるためにも話題を変える。
「――それよりも、だ。先程副ギルド長からある紙を渡された。どうやらギルド長からの伝云らしいが……内容は今日の夜0時頃、ギルド長室に集合しろと書いてあった」
「具体的に集めて何をするのかは書かれて無いんですか?」
「ああ、書かれてない。だが大方あの件だろう。呼び出す必要があるのかは分からんが……まああのギルド長の事だ。特に理由はないかもな」
なにんせよ話は終わりだ、と云いわんばかりにハデルバートはパンパンと手を叩く。
「では俺は用事があるのでな。もちろん……集合時刻には遅れないように」
そしてそれだけ云うと、「まだ聞きたいことがあるんですけど……」と声をかけるアデルを無視してハデルバートは取り敢えず服を着替えるため、宿へと一人向かっていった。
「それにしてもこの服……結構気に入ってたんだけどな……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深夜。丑三つ時と呼ばれる時間まであと数刻と迫ったこの時、三人の男達が冒険者ギルドの入り口――門の前に集合していた。
「おー、悪いわるい。遅れたみたいだな」
「うむ、普通に遅刻である。……殴られたいのか?」
集合は0時のはずであった。しかしどうした事か。目の前のこの男――バルドゥルは予定時刻を三十分もオーバーし、特に悪気もないようにこちらに歩いて来ているではないか。
アデルはその事に大いに腹を立てていた。
彼の性格を知らない訳ではない。いや、むしろ同じパーティーメンバーとして、長い付き合いだ。
しかしこれは、分かっていても。否、分かっているからこそ怒りを覚えてしまう。
そう、アデルは思わずを得なかった。
冗談抜きでイガルデには一発かましてほしいものでもあった。
「バル……どうせ貴方、また女の子を口説いて遊んでいたんでしょう?」
これまでの経験則から、大体そうなんだろうと、分かってしまう。
バルドゥルの趣味はナンパだ。
気に入った女の子には誰彼構わずに口説きにかかる。そのせいで色々と厄介事をおこしかけてるのだが、本人は反省する様子が見られない。
また得意分野ではなく、趣味であるところがまたイラつくところだ。
「おー、よく分かったな! さっすがアデルだ」
「……もういいです、それより早くいきましょうリーダー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなやり取りをしたあと、Dランク冒険者パーティー『クライシス』のメンバー四人は、冒険者ギルド【エディシス支部】のギルドの長を務めるギルド長に与えられた、ギルドの二階部分にある一際豪華な部屋へと続く扉の前にたどり着いた。
集合時間を大幅に過ぎた彼ら四人だが、ハデルバートが誰かが――主にバルドゥル――遅刻した場合に備え、紙に記載されていた時刻をずらして教えておいた。
そのため実際にはあと十分ほどの余裕があったのだが、それを無視してハデルバートは無遠慮に扉を叩いた。
「レイド、開けるぞ」
そう云い放ち、そのまま間を置かずに扉を開ける。
礼儀の欠片もないのだが、本人含め他の三人も大して気にした様子はない。
そしてズカズカと部屋の中へ足を踏み入れ部屋へと入り、数人が腰掛けられるように作られた長椅子へと座る。
「で、早速だがレイド……用事とはなんだ?」
「――――」
返答はない。
しかし四人はそのことに関して全く気にした様子はない。
当たり前だろう。
何故ならギルド長と思わしき人物は、机に突っ伏して――――寝ているのだから。
「ギルド長、無視はよくないぞ」
寝ているギルド長に向かって無感情に云葉を投げ掛ける。
当然、返答はない。
だがそれを待ってましたと云わんばかりに、ハデルバートは立ち上がり――ギルド長が突っ伏している机を思いっきり手前に引き寄せた。
そして支えを失ったギルド長は、重力に逆らえずに顔面から落下していった。
瞬間後、顔面を強打し痛みで目を醒ますだろうとの期待は、しかし裏切られることになった。
「――ッ、あっぶねえ」
地面との距離僅か数ミリで目を醒ましたギルド長――レイドは、あり得ない反射神経で落下する自身を支えたのだ。
「っておう、てめえらか。全く、何しやがる」
腕立て伏せの下がった状態から起き上がった人物こそ、冒険者ギルド【エディシス支部】のギルド長を担当する者――レイド・エレティファン。
元Aランク冒険者である彼は、四十歳で怪我を負い、それ理由に引退した後にこのギルドの長へと勧誘を受け、それを承諾した。
イガルデには及ばないものの、190センチを越えているであろう身長。
その肉体は六十に差し掛かったというのに、今だ現役の冒険者と見分けがつかないほど。
呆けとは無縁だろうと思わせる、鋭い雰囲気と威圧感を醸し出している。
風格のある濃い顔は、白髪はあるものの、その見た目から本当に六十に近い年齢なのかと疑いたくなる。
「あんたが人を呼びつけておいて寝てるもんだから思わず手が滑ってしまってな。いやはや、本当にすまない」
威圧感のある眼差しを正面から受けるハデルバートだが、そんなものは既に慣れているとばかりに、飄々としたいつもの態度で軽口を叩く。
およそギルド長に対しての態度ではないが、数年前から何かと会話する機会が多く、特にハデルバートとレイドの仲は非常によい。
お互いに云いはしないが親友と呼んでも差し支えないほどに。
「ガッハッハ、そういうことか! それなら先に云ってくれよ。勘違いしちまうじゃねえか」
お世辞にも嘘とは云えないハデルバートの云葉を素直に信じたレイド。
別に彼はバカという訳ではない。
先程は寝ていたが、これは仕事が終わったために睡眠をとっていたのであり、サボっていたわけではないのだ。
基本的に重要ではない事には適当なだけなのである。
「それより、今回呼んだのは何故だ? あの話――昇格の件か?」
昇格。
冒険者がそのランクを上げる場合、方法は基本的に一つである。
それは昇格試験によって実力を認められた場合だ。
稀に、何か大きな実績を残した場合も昇格することもあるが、それは最低ランク程のことでないと難しい。
今回ハデルバートは、自分が呼ばれた意味を理解していた。
Cランク迷宮『獣畜遺跡』。
この迷宮は本来Cランク冒険者が装備を整えて挑む、Cランク迷宮でも比較的レベルが高い迷宮であり、Dランク冒険者にはかなり難易度が高い。
その迷宮に挑みそれなりの期間そこで探索を続けられることは、Cランクに昇格したとして、実力的になんら問題ないとも云えるのだ。
昇格試験には様々な試験があり、その内容は主にギルド延いてはギルド長が決める場合が多い。
そしてこの町ではDランク冒険者がCランクに上がるための試験として、『獣畜遺跡』での十階層への到達などが最たる例に挙げられる。
今回『クライシス』が到達したのは最高で十三階層。
その証拠として、十階層以上の大物の魔石を持ち帰ってきている。またギルド側としても、その確認は既に取れている状態だ。
「ああ、その通りだ。お前らの実力的に、そろそろ昇格時かと思ってなぁ。まあ規則上形式的なものを行わなきゃならねぇが」
「それは当然だろう。だが俺が云うのもなんだが……試験時期までは時間がある。俺達を特別扱いしてもいいのか」
ハデルバートの云う通り、昇格試験には期間がある。
その試験は受けたい者全員が受けられる試験であり、例え実力がまだ未熟であろうと試験だけならば受けられることが可能だ。
しかし今回、『クライシス』の昇格試験はその期間とは大幅に離れている。
もちろん規則で禁止されているという訳ではない。
ギルド長が実力を認めた場合、その期間を無視して試験を行うことも可能なのだ。
だがそれを無闇に行えば、必ずと云ってもいいほど周囲が不満を云い出す。
「ガッハッハ! バカヤロウ、それを考えて今なんだよ。本来ならもっと前に昇格させてやりたかったんだ。だがそれは流石に早すぎると思ってな、周囲に昇格試験を特別に受けても、お前らの実力なら仕方ないと思わせるためにここまで時間を開けたんだってんだよ」
「それならいいが……まあ問題がないならそれでいい。少し心配になっただけだ」
「――ちょっと、いいでしょうか?」
会話が一息ついた時、今まで黙っていた三人の中、アデルが手を挙げて質問をする。
「あん? 何か質問かアデル」
ハデルバートとレイドは仲がいいと先程述べたが、実際その他のメンバーとはそこまで親しくはない。
さっきの入室もハデルバートがいなければ、レイドが起きるのをじっと待っていただろう。
仲はいいが、友達関係という間柄にはなっていない、という所だろうか。
「今の会話を聞く限り、わざわざ僕達全員を呼び出す必要はなかったのでは? いつも通りリーダー一人でも十分だったかと」
やや強い口調でそう云い放つ。
恐らくここで理由もなしに呼んだのなら口論――というよりも一方的な批判がなされそうな勢いである。
アデルは小柄で可愛さがあるその見た目から、あまり気が弱そうに思われがちだ。
しかしそれは間違いだ。彼は思ったこと、腹がたったことには関してはハッキリと文句をつける。
そしてそれが目上の者であろうと。
「ハッハッハ! 相変わらずおもしれえなアデル。まあ、特に意味なんてねえけどな!」
「あなたは――」
やっぱりかという顔をし、文句を云おうとしたアデルを、レイドは手で牽制する。
「――なんてのは、冗談だ」
「…………」
それを聞いたアデルは、口を閉じるとジト目をレイドに向ける。
「ならば、なんであるのだ?」
続きが気になるのか、イガルデがアデルに変わってレイドに質問を投げ掛けた。
「以前、お前達にある依頼をしたことがあったのは覚えてるか?」
「ああ、あれか。新しく見つかった迷宮で、盗賊の死体を探して持ち帰るってやつだったな」
「その通りだ。実は今日お前らを呼んだ理由はその迷宮にある」
「……確か、あの迷宮Eランクなのに財宝があるとして『宝物庫』として有名ですよね? 実際の発端は我々ですが」
アデルは真面目な雰囲気になったレイドを察してジト目を止め、会話に入る。
「まさしく。……だがその情報は少しばかり古りぃ」
「……古い、だと?」
「ああ、正しくはEではなくDランク迷宮。そして正式ではないが呼び名は――『魔窟』に、変わった」
その呼び名に一同は怪訝な表情を浮かべた。
以前までは『宝物庫』と呼ばれ大層もて囃されていた迷宮が、今や『魔窟』とまで云われてる事実に疑問を感じ得ない。
ただし、怪訝な表情を浮かべたのはバルドゥルを除いて、だ。
バルドゥルはただ一人、得意気な表情を浮かべて笑っている。
「俺は知ってたけどな。俺らが出発してほぼ同時期に、そー呼ばれるようになったらしいぜ」
「ほぅ。知ってやがったか。――まあそれなりというか、かなり有名な話だからな。なんで知らない奴が三人もいるのかの方が謎なんだが」
まあいいと、そう区切った。
そして分かっていない三人を見渡すと、話を続ける。
「その理由なんだが、数日前にベェネの奴が報告があるとか云って俺のところに来てな」
その話を聞いていた全員が、ベェネの部分で大きく反応した。
「ベェネが、か……」
「うっわ、最悪です。聞きたくもありませんでした」
「…………」
「あー、あいつかー……」
そして共通して云えることは、四人全員が総じて苦虫を噛み潰したような顔をしていると云うこと。
また話した張本人であるレイドでさえも、苦笑いをしている。
「落ち着けお前ら。そこは大して重要な部分じゃねえ。問題はその迷宮でベェネがトロールと遭遇したことだ。そしてその後ボス部屋への扉を見つけ撤退。それからすぐに報告しに来たって訳だ」
「まあベェネが云うなら……嘘って可能性は低いだろうな。それにトロールか……それなら魔窟と呼ばれるのも分かる」
トロールとは、普通DからCランクの迷宮から見かけるようになる魔物で、通常Eランク迷宮ではまず見かけることはない。
またD、Cランクの迷宮に挑む冒険者からしても外れ と呼ばれるほど厄介な魔物としても知られている。
そしてハデルバートがそれを嘘でないと考えた理由はベェネの立場的な関係からだ。
『クライシス』のメンバーとベェネは知り合いであるものの、その関係は至って好ましくない。
しかしそれでもその実力は認めている。
Dランク冒険者で、尚且ソロで活動をしているのだ。
その実力は折り紙つき。
実際にやったことはないが、もしもこのメンバーの中で最も接近戦に優れているイガルデとベェネが戦った場合、恐らく勝つのはベェネだろうとイガルデ本人が認めているほど。
そこまでの実力者が、わざわざリスクを負って嘘をつくほどの理由が見当たらない。
「俺も同感だ。だが、まだある。さっきも云ったように、今あの迷宮はDランクに変化した」
「……にわかには信じられんな。発見されてからこんな短期間で変化した迷宮など聞いたことがないぞ」
「ああ、俺もだ。本来迷宮のランクが上がるまではもっと長い期間を経て変化するってのが常識なんだが……。まあこれに関しては元々見つかった時にそれなりの時間が経っていたのかもしれんがな」
そして一旦話を切り、全員を見渡す。
「ここで本題だ。お前らに頼みがある。五日後、暇か?」
「ああ。その日には予定は入っていない」
「んならその日、件の迷宮への調査を依頼してえ。もちろん、これはギルドからの依頼扱いだ。ちなみにこれは昇格試験も兼ねている。……それと、いいづれえんだがな……その調査には、『レッドクラブ』とベェネが同行する」
それを――主にベェネの部分を聞いた四人は、その態度を急変させる。
顔をしかめる者や露骨に嫌そうな顔をする者、頭を抱えるたり、舌打ちをする者……。
反応に差はあるものの、全員がベェネを嫌っているのは確かな様だ。
「……『レッドクラブ』については万全を期す、という意味で受け取れます。トラップも多いと聞きますし。ですが、ベェネについては論外です。あんな奴、必要ありません」
「拙者も同意見だ。実力は認めるが、必要などない」
いらないよ。と、その旨をレイドに伝えるアデルとイガルデ。
しかし予想通りだったのだろう。レイドは慌てることなく、理由を二人に喋り始めた。
「全く、云うだろうと思ったぜ。だがな、俺もお前らを組ませたい訳じゃねえんだ。取引でな、ベェネにも攻略を関わらせると約束しちまったんだ。まあ、ちと高い道案内人だと思ってくれ」
こっちにも色々あんだよ……。と、最後にギリギリ聞こえるかどうか程度の声量で発せられた。
「決定事項ってやつか……。まあ、俺は構わないが……」
ハデルバートは三人の顔を見渡し、渋々、嫌々ではあるが、それぞれからなんとか了解の意を受け取ると、口を開く。
「はぁ……。分かったよ。その依頼、受けるとしよう」
こうして五日後に、Eランク迷宮『宝物庫』改め、Dランク迷宮『魔窟』の調査が決定した。
こういう会話回は苦手ですね
やる気が……