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混沌なる迷宮の王  作者: しいなみずき
Eランク迷宮
20/44

迷宮レベル19 ソロ冒険者

更新遅れて申し訳ありません






迷Eランク迷宮『宝物庫』。

 その内部、第一層に一人の男がいた。見た目はまだ若く、顔もなかなか整っている。

 髪は黒く、身長も凡そ百七十を越えるか越えないか程度。

 その印象は至って普通の好青年といったところだ。

――その鋭い目つきさえなければ、の話だが。

 まるで研ぎ澄まされたかのような、そんな鋭さを宿したその瞳は、鋭利な刃物を連想させる。

 またその体格は細いものの、肉体は一般人のそれではなく絞りこまれているのが、身に纏う衣服から露出した部分から分かる。

 防具は動きやすさを重視した防具で、主に腹や間接部分を守っている。

 手に持つのは、武器屋などでよく見かけられる既製品の剣。殺傷能力はもちろんあるが、鋭さに特化した刀やもう少し値が張る製品と比べると、やはりやや性能が低い。

 しかし左腰に下げているその剣の鞘と対極に位置する右腰には、一目見ただけでその既製品の剣の鞘とは比べ物にならないであろうものが下げられていた。


 既製品と比較してやや細身の、どちらかというと刀に近い厚さを持ち、鞘に描かれた術式は、その剣本体にも魔法が付加されていることを暗に悟らせる。


――――ベェネ・オルグレリア。

 ソロのDランク冒険者として知られる、色々と有名な人物だ。

 有名、といってもエディシス内限定ではあるが、ソロでDランクまでいくのはそう簡単なことではなく、到達するにはそれなりの才能が必要になってくる。


 また、彼の持つ魔法剣はかなりの業物であり、本人の実力も伴っているため彼の存在が浮き彫りになった時には様々なパーティーに誘われもしたが、それから三ヶ月した今では誰一人として彼のことをメンバーに誘うものはいなくなった。

 それには二つほど理由があるのだが、今は置いておこう。


 そんな彼――ベェネが現在探索中であるこの『宝物庫』だが、今のところ獲物は見つかっていない。

 獲物といっても財宝の事なのだが、かれこれ二、三時間は歩いただろうか。

 今回が初めてであるベェネは、この現状に酷く苛ついていた。


「何が宝物庫だ。すっからかんじゃねえか。くそっ、出てくるのも雑魚ばっかでつまんねえし。『獣畜遺跡』の方がまだ稼げたわ」


 この広い迷宮で、更に相応の人数が探索しているのだ。

 現在、ここに何度も挑むような常連からすると財宝を二、三時間で見つけるのなど相当に困難なことなのだが、それをベェネが知る訳がなかった。


「完全に名前に騙されたな。最近は遊びすぎて借金も結構溜まってやがるし、ここらで一発、と思ったんだけどな」


 たまたま行きつけの店が休みだったため、ギルド内の酒場で飲んでいたところ、さらにたまたまこの迷宮の噂を聞いたのだ。

 誰かが話しているのを、なので聞き取れない部分も多く、その上酔っぱらってもいたので、場所が近い事と金になるという事しか聞き取れなかった訳だが。


 しかし来てしまった以上、それなりの成果を上げたくもある。そんな惰性からここまで歩いているのだが、遭遇する魔物も精々ホブゴブリン。

 ベェネからすれば敵ではない。

 ぶっちゃけつまらない。

 別に戦闘狂ではないが、ベェネがいつも挑んでいる迷宮の敵からすると何か物足りないのだ。

 

「酒が恋しいなぁ。あと十分探して見つからなかったら帰るか」


 そんなことを決め、通路の角を曲がると――ベェネは僅かにその眠たそうな目を見開いた。

 下層へと続くであろう扉があったのだから。

 だが、


「この扉……なにか変だな」


 感じる違和感。


 その違和感の正体を確かめようと、扉に近よろうとした直後――――ベェネの直感が、叫んだ。


 何かが、向かってきていると。


「チッ、なんだ……? 魔物か?」


 直感した方向を向くと気配を探り、敵を分析する。

 気配と共に、遠くから震動も伝わってくる。


「……まだ距離はありそうだが、この震動からしてかなりの速度で来てやがるな」


 段々と強くなる振動から、こちらに近づいているのは明らかだ。

 方向が先程ベェネが通ってきた通路からなので、恐らく臭いを辿ってきているのだろう。

 直感から、今向かってきている魔物――と思わしき――はさっきまでの雑魚とは比較にならないだろうと、そう感じた。

 迎え撃つことを決め、光結晶一つ暗闇に投げる。そして待つこと数十秒ほどか。


――――それが、姿を顕す。


「こいつぁ……驚いたね。よりにもよって……トロールかよ。しかもなんか、普通のよりも強そうじゃねえか?」


 暗闇から飛び出してきたのはトロール。

 それならいい。ベェネは何度か戦ったこともあるし、そう強い相手ではないからだ。だがこのトロールはベェネが知っているトロールとは違い、肌が少し浅黒い。

 しかも、だ。こちらに迫る勢いが尋常ではなく速く、見るだけで伝わってくる力強さから、ベェネが知るトロールよりも格上であろう。


(亜種か……? だとしたら、なんでこんなランクの迷宮にいやがる?)


 亜種とは――低ランクに存在するその魔物の上位交換のような存在であり、迷宮のランクが上がれば上がるだけ出現率も上がる。

 逆に云えば、こんな低ランク迷宮で見かけるようなものではない。

 いや、そもそもEランク迷宮にトロールがいること事態異常だ。


 だがその事実に、ベェネは笑みを浮かべる。


「いいねぇ。よくわかんねえが、こんなところでこんな大物と出会えるとは、俺は運がいい。少し退屈だったんだ。トロールの亜種なら、楽しませてくれるだろ?」


 そう云い放つと、手に持っていた剣を構える。


 さっきも云ったが、ベェネは戦闘狂ではない。しかし、その一歩手前と云うべきか、人よりも戦闘を楽しむ傾向がベェネにはあった。

 そんな彼にとって、こちらに猛スピードで向かってくるトロールは格好の獲物に見えていた。

 

 お互いの距離が十メートルを残しただろうと云うところで――――トロールの姿が突然にして掻き消えた。


「――――ッ!」


 次の瞬間、ベェネ目の前にはトロールの姿が。


 手に持った棍棒はとてつもない勢いで横凪ぎに振られている。


 だがそれを直前、ベェネはしゃがむことでギリギリ回避する。


 もしもこれが低ランクの冒険者であれば、このまま横凪ぎにされた棍棒でミンチと化していただろう。

 しかしベェネの動体視力は、並みの冒険者のそれを軽く凌駕する。


 僅かな油断のため、加速した瞬間を捉えきれなかったが、すぐにその動きを捉え紙一重で避けたのだ。


 そこからは流れるようだった。

 川の水が上流の方から下流に向かい流れるように、至極それが自然だと思わせる軽快な動きで――――トロールの太股を切り裂きながら後ろに回り込んだ。


「バジャィアァアアア゛ァアアァア」


 奇声にも似た悲鳴を上げるトロール。


 トロールの身体能力や、その腕力はオーガのそれを越えるものを持つ魔物だが、その装甲はオーガと比べあまりにも弱い。


 しかしそれでも、その程度の傷で魔物の戦意が喪失するわけがなく、後ろに向き直りながら遠心力を利用した蹴りを繰り出してくる。


 流れを利用し追撃を仕掛けようとしたベェネだが、相手の予想以上に早い立ち直りに計算が狂い、その蹴りが腹部に直撃する。


「ぐぅっ……!」



 だがベェネも、伊達にソロで冒険者を続けている訳ではない。

 蹴りが自らの腹に直撃する瞬間、咄嗟に、直感から剣を盾として蹴りの威力を和らげていた。


 しかしそれでも攻撃を喰らったと云う事実は変わらない。

 その強烈な衝撃により、数メートル吹き飛び地面に叩きつけられる。

 さらに倍返しとでも云わんばかりに、トロールは追撃のためこちらに走り出す。


「たく畜生が、調子に乗りやがって……」


 立ち上がり、再度剣を構えるが剣にはヒビが入っており、あと数度も使えば砕けてしまいそうだ。


 だがそれでもベェネは、もう一本の剣を使おうとする素振りは一切見せない。


「バシャアァアアァアア」


 トロールは奇声を上げながら、一気に距離を詰める。


 ちなみに――これは知ってる者も多い事実なのだが、

 トロール最大の武器、


 それは棍棒でも、強烈な脚力でもなく、


――加速。である。

 その驚異の脚力によって高速で駆け、標的の数メートル前で一気に加速する。

 その速度は圧倒的であり、更にそれまでの速度とのギャップにより見失いやすいのだ。


 だがそれを成すにはある程度の助走距離が必要でもあり、僅か数メートル間隔ではその最大の武器を使えないという事でもある。


 つまり、何が云いたいのかと云うと、

 最初の一撃を外した時点で――――トロールの敗北はほぼ確定であるということ。



 そして目前、棍棒を振り上げたトロールの姿がベェネの目に映り――


「オ、オオォ……?」


――地面に崩れ落ちた。


「ふぅ……。やっと効いたか。あと少し遅かったらアレを使うはめになってたぞ」


 そうぼやきながら、地面に倒れこんだトロールの頭を踏みつけた後、剣で心臓部分を抉り、手を突っ込んだ。


「あったあった。これだ」


 そして取り出したその手には、紫色の結晶――魔石が握り締められていた。


 そうして魔石を手にいれたベェネは、先程感じた違和感の正体を知るため、扉に近づき、


「やっぱり、か」










◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「……遂に、見つかったか」


 最深部に戻っていたフィルは、抑揚を感じさせない声でそう呟く。

 しかし顔には出しはしないが、内心では僅かに驚愕していた。


 その原因はいくつかあるのだが、まずこの迷宮での最高戦力がいとも簡単に殺されたこと。

 最高戦力、とは云っても所詮は第三階位のトロール。負けること事態はあり得ないことではないのだが、それでもこの迷宮に挑む冒険者に対してならば負けることはないと思っていた分、驚きも大きい。


 だが最も驚いた、そして今も最も疑問なのはトロールの死因。

 あの死に方や、本人が口にした内容から考えれば普通、死因は毒物などが原因に見えるだろう。

 だが、魔物には毒物の類いは効かない。

 正確には毒が体内に侵入したとしても、効き目が非常に薄く、強力な毒でも効果が出るまでの時間が異常にかかるのだ。


 そんな魔物が、何故あの様に死んだのか。


 疑問は募るがしかし、答えは出ない。

 

「……まあ、これは後で考えるとして、問題は奴の対処だが……」


 敵の実力は不明。強いて云うのなら第三階位のトロール以上だと云うことか。

 しかもまだかくし球を幾らか持っていそうな雰囲気もあった。

 そのため口止めさせるには、リスクが大きすぎる。


「……計画では、もう少し魔力を貯める、予定だったんだがな」


 しかし、これでもう迷宮の異常性が外に知れ渡るだろう。

 ならば、やることは決まっている。

 これからは綱渡りのような賭けの要素が強くなるかもしれないが、それでも、目的のためには必要なのだから。


「……仕方ない。迷宮のランクを、上げるか」





















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