迷宮レベル18 救いの手
今回は結構テンプレかもしれません
四人組のパーティーを力試しとして皆殺にした後で、フィルは彼らのギルドカードを探すため、四人の中で唯一マトモな死体であるゲイル――と呼ばれていた男――の荷物を漁っていた。
「……おっと、これだ。うむ……やはりD、か」
探し初めてから、僅か数分足らずで見つけた鉄製のプレート――ギルドガード――に記載されていたそのランクは、 フィルの予想通りDと書かれていた。
「だが……存外大したこともなかったな。ホブゴブリンを、瞬殺した奴との実力差がだいぶ激しい気がするが……いや、 同じランクであっても差はあるのだろうな」
納得すると立ち上がり、これからどうするかを思案する。
まだ力試しを続けるか。それとも一旦戻るか。
大きく分けてこの二つの選択肢があるのだが、やはり安全面を最も重視するなら迷わず戻るべきだろう。
しかし、先程の戦闘の結果から考えるとそう大きな危険はないとも思える。
罠や魔物などは、フィルからすれば全くの脅威ではない。
魔物を意のままに操る、などは出来ないものの、襲われることは守護者を除きまず無いし、罠に関して云えば何処にどんな罠が有るかは完全に記憶しているので問題はない。
特別覚えた訳ではないが、迷宮核を体内に宿しているからか、記憶力及び観察力や考察力などならば、以前とは比べ物にならないほどに向上しているのだ。
そのため、残る危険は侵入者だけだろう。
ただしそれも迷宮核を通じて迷宮内を確認が可能なことから、警戒さえ怠らなければ実力的に死に直面することはないはず。
「……もう少し、相手を探してみるか」
ゆえに、この結論に至るのも当然だろう。 フィルは目を閉じ迷宮内で手頃な侵入者を探し始める。
(……こいつは、ダメ。こいつもダメだ。ならこいつらは……ダメだ。……いや、待てよ? こいつらを上手く使えれば……)
直後閃き。
フィルの頭に一つのアイディアが生まれた。そして瞬間的にその行動によって生まれるデメリットとメリットを探し出し、それを天秤にかける。
(……やるか。成功すればメリットの方が上だ)
結果的に、利益か出る可能性が高いと判断したフィルは、すぐさま目的地に向かい歩を進めた。
「ぐぅっ!」
剣によって右腕が切り裂かれ、そこから血が勢いよく噴き出す。両断まではいかないまでもその傷は深く、すぐに治療をしなければ出血多量で死に至るのは目に見えている。
しかし状況が状況だ。敵が目の前にいるのにそう簡単に治療が出来るはずがない。その上今の傷で最早武器を奮うことさえ困難だ。
仲間に期待したくともそれは無理な話。彼の仲間は皆一様に、無惨な死体と化しているのだから。
彼の名前はガリス・テディル。ガリスはEランクパーティーのリーダーである。いや、だったと云うべきか。
ガリスのパーティーもまた、Eランク迷宮『宝物庫』の噂を聞きつけ、収入を増やすべく他の町からやって来た冒険者達の一員だ。
財宝の探索は上々だった。その量はガリス含め、計四人に均等に分けたとしても充分なほど。
しかしただ一つ、彼らがツいてなかったことがあったとするならば、それは迷宮からの帰路に、盗賊の、それもかなりの数の集団に囲まれてしまったことだろう。
もちろん、ガリスらは冒険者。それが例えEランクだとしても、その身体能力は一般人のそれとはかけ離れていると云ってもいい。
だがそれは一対一の場合。
三十人以上はいるであろうこの状況では、優れた身体能力など大した意味を成さなくなるのだ。
そしてそこからはあっと云う間だった。多勢に無勢。まさにこの言葉を体現したかのように次々と仲間は殺されていった。
ガリスは仲間が死んでいくなかで、なんとか気持ちを抑えつつ、傷つきながらも必死に戦った。
しかしそれももう終わりだろう。ガリスの武器は既に地面に落ちており、体に力は入らない。
(くそっ、死ぬのかよ……。せめて、最後にお袋に謝っておきたかったな……)
自身の死を悟り、喧嘩別れした母親の姿を思い出す。
何故あんな些細なことで喧嘩なんかしてしまったのだろう。父親を早くに亡くし、それでも自分を大事に育ててくれた母親だ。
まだ比較的若かったのにも関わらず髪の毛は全て白髪で、それでもいつも笑っていた。自分はそれが嫌で、冒険者になることを決めたのだ。
そんなことを考えていると、まるで決壊したかのように後悔と一緒に涙が溢れてきた。
「おい、見ろよこいつ! 泣いてやがるぜ!」
「冒険者様ともあろうものが死ぬのが怖くて泣いてやがんのかよ! 笑っちまうぜ!」
「おらおら、死にたくなきゃ命乞いでもしてみたらどうだぁ?」
ガリスの涙に気が付いた盗賊達が、ここぞとばかりにそれをネタに口々に罵り始める。
それを受け、死を受け入れようときていたガリスの心に、怒りの感情が沸き立つ。 いや、ガリスのその感情は怒りなどと、そんな甘いものでなかった。
人生を侮辱され、好き勝手に罵られ続ける。それでも何一つ言い返せない。その理不尽に絶望し、憤怒する。
(なんで、なんでなんだよ! なんでこんな目に……。ちくしょう……! こいつら……殺してやる。皆しにして……)
だがガリスの心情とは裏腹に、徐々に意識が遠退いていく。出血し過ぎたのだ。その時、雑音にまみれたこの中で、ガリスはある音を聞いた気がした。
「ボス、見つかる前にそろそろ止めを刺してずらかろうぜ」
「チッ、仕方ねえ――ってありゃ誰だ?」
突然こちらに向かってきた人物を、地面に伏していたガリスは、足の隙間から見ることが出来た。
その人物は漆黒のローブを纏い、その顔はフードに隠れて見ることは叶わない。手には同色の革の様な質の手袋を着用しており、武器及び杖などを持った様子はない。体格的には男の様だ。
こいつもこの盗賊どもの仲間だろうか?
いや、反応を見る限り違うだろう。では一体?
そんな疑問を余所に、盗賊達の中に戸惑いが走る。
「おいこらぁ! 誰だてめえ! ここまで来るには見張りが五人はいたはずだ。どうやって掻い潜りやがった!」
魔力は一切感じられないため、恐らく前衛職であろう。
しかし、武器がないのでモンクだろうか?
だが五人も見張りをこちらに送らせずに殺すど、尋常では実力者には間違いない。
そしてそれを見たガリスの胸に希望の光が差し込む。
「…………」
男の質問に対し、男は沈黙で返す。
「誰だか知らねえが、ぶっころ――」
今の今まで顔を真っ赤にして、いきり立っていたボスであろう男の号令が止まり、その顔が急激に青ざめていく。
周りは何があったのか分からず戸惑っているが、ガリスにはその意味がすぐ分かった。
男が手を背中に回し、何処からともなく取り出した槍。
――魔法槍。槍から漂う魔力から、その槍に魔法が付加されているのが分かる。
盗賊の男にもそれが分かったのであろう。
どんな魔法かは分からないが、付加されているその魔法によっては、この状況すら打破出来るかもしれない。
そして男は槍を盗賊達に突きだす。
「……そこを、どいてもらえるだろうか?」
それに反抗しようとした盗賊達だが、先程まで威勢がよかったボスが瞬時にそれに従ったため、それに釣られて人が 割れていく。
そしてその先にいたのは――ガリスだ。
コツコツと、材質は見てもよく分からない靴で音を洞窟内に響かせて、ガリスの元へ向かってくる。そして後一歩踏み出せばガリスの事を踏みつけるであろう距離にまで辿り着くと、その場にしゃがむ。
「……助けが欲しいか?」
意味が理解できなかった。いや、衝突過ぎて何を云われたのかよく分からなかったのだ。だがすぐに意味を理解すると目を見開き――
「だ、だす……げて、ぐれる……のか?」
口から血を吐き出しながら、男の問いに必死に答える。 希望からか、その瞳はまた涙によって潤んでいた。
そして――――
「いや、無理だがな」
そんな返答と共に、ガリスの頭を鷲掴みにし――――握り潰した。
まさか殺すとは。自分達が云えた口では無いが、それでも唖然とするしかなかった。
普通あの場面では援軍とかでは無いのか。
その最悪の場合を予想していた、ここにいる盗賊の纏め役である男――リザルドはそう思った。
男の並みではない握力と魔法槍は非常に脅威であり、最悪の事態にならなかった事には感謝するが、 それでもこの男の異常性はヤバいと、直感的にそう理解し た。
そしてローブ姿の男が此方に向き直り、リザルドに指を指し、
「……初めまして、だな。私は、見て分かると思うが同業者だ。……実はこの盗賊団のボスに話があるんだが、時間を貰えるだろうか? もちろん、損はさせんさ」
いや、分かんねーよ。リザルドはそう叫びそうになるのを我慢する。
この男が魔法槍を持っている以上、こちらが負ける確率の方が圧倒的に高いのだから。
それにリザルドに指を向けているということは、先程の会話が聞こえていた可能性が非常に高い。
そこを踏まえ、リザルドは手で部下を制すると、一歩前に出る。
「俺がボスだが、あんた一体何者だ?」
「……同業者と、云ったはずだが? 私はな、相手に理解されるために、同じ事を二度云うのはあまり好きではないのだよ。……いいかな?」
瞬間、背筋が凍る。
目の前の男から放たれる圧倒的な威圧感の前に、震えが止まらず口がどもって上手く言葉が発せなくなる。
まるで獰猛な肉食獣を目の前にしているかのように。
「あ、ああ、え、あ」
男はそれを見て僅かに頷く。すると、さっきまでの威圧感が嘘だったかの様に消え去った。
それと同時に周りの部下の何人かがへたりこんだ。
「……そうか。分かってもらえて、何よりだ。ではこんなところで済まないが、早速本題に入ろうか」
更に男はリザルドがその返事をする前に口を開く。
「……君達には、ある仕事をしてほしい。いや、仕事と云ってもいつも通りにしていればいいだけだ。殺れそうだと思った冒険者を殺す。いつも通りだろう?」
そして。と、続ける。
「私は、そんな君達を支援しよう。武器、防具などの装備品はもちろんのこと、冒険者達の情報や魔物が徘徊しない安全地帯などなど。君達が仕事さえしてくれれば、いくらでも与えよう」
提示された内容は、もしも本当であればあり得ないほど破格なもの。
何せいつも通りにしているだけで、常に喉から手が出るほど欲しかったものがほとんど手に入るのだ。
そんな破格すぎる提案だが、男の意図が一切見れない。
この提案は、男には何も利益がないのだ。それが逆に不安になる。
「そ、そりゃ嬉しいですが、それだとあんた……いや、旦那には利益が無いように思えるのですが……」
威圧感は消え失せたものの、あそこまで実力を示されるとやはり緊張してしまう。
「……ああ、そんなことか。心配はいらない。対価として、君達には時々私の指示に従ってもらいたいのだよ。
……この条件でどうだろう?」
尋ねてはいるが、これを断れば間違いなく死ぬと、リザルドの本能が訴えていた。
で、あるならば、承諾するしかない選択肢はないのだ。
「わ、分かりましたぜ。へ、ヘヘヘ」
「……それならば、結構だ。これから良好な関係を、築いていこうじゃないか。
ちなみに、私の名は……アフ、だ」
そう云って名乗ると手を差し出し、握手を求めてくる。
「俺の名前はリザルドと云います! よ、よろしくお願いします、アフの旦那!」
リザルドはそれを掴むと、出来る限り丁寧――リザルドからすると――に返答をした。
「…………」
しかし沈黙。
アフからの返答はない。
アフはリザルドの方に顔――ローブで見えないが――を向け、微動だにしない。
死という一文字が、リザルドの頭によぎる。
何か不味いことを云ってしまったか。握り方が悪かったか。
後悔が洪水のように押し寄せるが、既に遅い。
ただでさえ青ざめていた顔が更に青ざめ、最早死人のような白さを醸し出している。
すると、
「……いや――なんでもない。お前に触れたとき何か、変な感触がしたが……気のせいだろう。気にしないでくれ」
「は、はい!」
地獄から救いだされたかの様に、ストレスの重荷から解放されたリザルドは胸を撫で下ろした。
自分の失態ではなかったことに感謝する。
「……私は、一旦帰るとしよう。先程提示したモノは後程渡す。それでは……」
そこまで云うとアフは後ろを向き、暗闇へと去っていった。