迷宮レベル16 起動
「……まずまず、だな」
Eランク迷宮『宝物庫』の最深部で、その場に似合わぬ豪勢な椅子に腰掛けたフィルはそう呟いた。
フィルは目を閉じ、迷宮核に貯まった魔力を確認していた。そして今後、どの様にして迷宮を強化するかを思案する。
現在この迷宮は、フィルによって通常の迷宮とはかなり異質なものへと変わってきている。
まず守護区域があることだが、更にその階位がDランク迷宮よりも強化されおり、罠、魔物などの階位も、多くが第二、第三階位だ。
これには侵入者、主に冒険者達の存在が非常に大きいだろう。特に魔術師に関しては、戦士職に比べて体内の魔力量がずば抜けて多いため、死亡時には大量の魔力が迷宮核に送られるのだ。
また、他にも異質な部分を挙げるとすれば、それはフィルが創り出した妖刀、魔法剣の存在だ。
ただし今のところ、この迷宮内には妖刀は既に無い。
本来妖刀とは所有者の精神を破壊し、殺人に対して快感を覚えさせるだけの代物なのだが、フィルは自らの体内に宿す迷宮核から迷宮に繋がることで妖刀の内部構造を組み換え、精神だけではなく肉体そのものを魔物に変化させるという、非常に悪質なものを造り上げた。
しかしこれには、フィルの予想以上にデメリットの数が多かった。
まずその刀一本に対して掛かるコストが破格すぎるのだ。
また、対象が魔物に変化したとしても、完全に精神が破壊されるまでのタイムラグがあり、最たる利点である奇襲がかけられない。
その上魔物に変化し精神も完全に破壊されたとしても、その能力値があまりに低い。
フィルとしてはそのコストから、第二、もしくは第三階位のトロールクラスを考えていたのだが、箱を開けてみれば第二階位程度のミノタウロスである。これでは造る気にもならない。
そしてこの妖刀、フィルのオリジナルであり、他の迷宮では存在しない。つまり、この妖刀の存在が外に漏れれば、結果的にフィル自身の危険が増すことを意味する。
ただし消費する魔力量から、その効果は最大で二度が限度であったのはフィルにとって幸運だっただろう。
もちろんメリットが無いわけではない。
妖刀とはその所有者の力量に大きく依存する。つまり、もしもその妖刀を強者が手にすれば、もしかすれば更に強い魔物になっていた可能性もあり得るのだ。
今回は構成が甘かったために不良品と呼ばざるをえないモノになってしまったが、更にこれに改良を重ねれば、僅かな魔力で強力な魔物を造り出せるかもしれない。
つまり今回の失敗は、成功の礎になったと捉えることも出来る。
そして魔法剣だが、これは妖刀とは違い、元々迷宮から創造可能な武器の階位を第三まで上げて造り出した物だ。
その性能ゆえコストは掛かるものの、妖刀程ではない。第二階位のオーガ五体程度だ。
しかし欠点として、一度付加された魔法をした際、再度魔法を使用出来るようになるまでのチャージ時間が長いのだ。
つまりは所持者の使い方次第で大きく変わる。そのためにフィルはこの魔法剣――主に電撃系統のものを守護者に選んだオーガに持たせている。
理由は第四階位以上のオーガが魔法に関する知識を持ち得ているからだ。
そもそも、何故フィルがオーガを守護者としているのか。今現在の守護区域の階位は第三階位。その効果として、守護者とされた者の階位を第四階位まで引き上げる。
しかし戦力的に云えば確実にオーガよりもトロールの方が上だ。現状第三階位のトロールが二体――かなりの出費をしたが――棲息している。
その第三階位のトロールですら、容易く第四階位のオーガの実力を凌駕しているのだ。
それでもフィルがトロールを守護者としない理由は単純に、トロールの持つ性質から。
トロールは強い。その速さはこの迷宮に挑む大概の冒険者には捉えきれないほど。しかし、それはある程度の助走距離があっての場合だ。助走からの瞬発力が非常に高いのだ。
だが逆に云えば、助走距離のないトロールの性能は酷く落ちる。
また、トロールの持つ能力も守護者として向いていない。
以上の事柄を踏まえて、フィルはトロールを守護者から除外している。
ただもう一つの理由として、フィル自身オーガの魔法の使い方を見てみたかったのがある。
「……少し前に観たオーガと冒険者達の死闘――いや、あれはオーガが完全に遊んでいたから蹂躙か……?
まあどちらでもいいが、あれは非常に参考になった。
剣の扱い方や魔法の応用方法、敵をおびき寄せてからの殲滅、特にわざと隙を作り敵に必殺を悟らせておき、その後硬化の魔法で逆に隙を作るあの作戦は実に面白かった」
フィルは最近守護区域に侵入してきたあの冒険者達の姿を思い出す。正直第四階位のオーガ一体で何の問題もなく処理出来る程度ではあったが、リーダーらしき男の指示や能力は、実践経験のないフィルには非常に興味深いものだ。
そしてこう思う。もしもあそこにいたのがオーガではなく自分であったなら、果して自分はああも容易く勝てただろうか。分からないがもしかすれば――――。
勿論、そうならないために守護区域があるわけなのだが、それでも自分が今後一切戦闘を行わないとは限らない。
(いや、いつか必ず私自身が戦わなければならない事態がくるだろうな……)
それを見越して、フィルは対策をとるつもりだ。
それこそ経験を積む――つまり実践を行うこと。ただここでひたすらに魔物達を見つめているよりも、明らかに建設的だろう。
リスクとして自らの命が危険に晒されるが、そのリスクを背負ってでも実践経験を積む価値はある。
ただ一つ問題があったとすれば、それは迷宮の構造上の問題だ。
迷宮は、その内部にある迷宮核を持ち出すと迷宮が崩壊するのは、冒険者の間では最早常識と云っても過言ではない。
そしてそれはフィルのいる迷宮も変わりはない。つまり、フィルが際深部に位置するこの部屋から外に出ようものなら確実に、迷宮は崩壊する。
それでは本末転倒だ。それを解決するために、フィルは今まで少しずつ、しかし確実に改造を重ねてきた。
そも迷宮核は、外部からの刺激に非常に敏感だ。もしも迷宮核が外に持ち出されるようなことがあれば、瞬時に魔力を迷宮内に拡散させる。そして迷宮を崩壊させるのだ。
これは迷宮の創作者の意図であり、もしもその機能がなければ、確実に人間側の魔導技術は今とは比較にならないほど発展していただろう。
それを防ぐための処置だ。容易には変更出来ない。
しかしそれももう終わりだ。今やっと構造を作り替え、フィルの任意で迷宮崩壊を行えるようになった。
「……さてそろそろ、出るか」
フィルはそう一言呟くと、ここにきてから今まで一度も触れはしなかった扉に触れ――――開け放つ。
主人公、ようやく引きこもりを卒業