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混沌なる迷宮の王  作者: しいなみずき
Eランク迷宮
16/44

迷宮レベル15 集団攻略

「よし、ここで一旦休憩だ」


 およそ三十人ほどの集団が、Eランク迷宮『宝物庫』内の広場に集っていた。

 差はあるものの、全員が例外なく物騒な武器や鎧を装備している。

 そして男が出したその指示通りに、集まっていた者達はそれぞれ休憩を取るために辺りに散っていく。


「ジーク、ザシュは残れ。今後の打ち合わせがある」


 顎髭が特徴的な三十代を越えたかと思われる男性。腰に提げている彼の得物であるロングソードは、初心者では使いこなせないような上質なもの。更に、防具は魔法の術式が籠められている非常に高価と思われる金属製の鎧から推測するに、彼が防御を重視しているのがよく分かる。

 彼の名はレイド。 


 ここにいる全員が冒険者であり、レイドがこの冒険者達の纏め役である。

 メンバーの構成はFランクが八名、Eランクが二十名、Dランクが三名だ。

 人数は計三十一人。これだけの人数だ。もちろん彼らは、皆同じパーティーメンバーというではない。

 例外的に、これ以上の人数で経営するクランと呼ばれるものもあるのだが、彼らの場合は六パーティーが共通の目的のため、一時的に同盟を組んだ集団に過ぎない。

 そしてこの同盟の中で最もランクが上位という理由から、レイドがリーダーに選ばれたのだ。


「で、だ。これからどう動く?」


 レイドは、早速とばかりに残った二人に質問を浴びせる。


「たく、休憩くらいさせてくれよ」


 気だる気にそう答えたのは、革鎧を身に付け、手には長槍を携えている、レイドよりも弱冠若そうな男性。

 彼の名前はジーク。

 長槍と革鎧、軽装備なのに重たい槍を持つと云う、あまり見掛けない武装をしている。


「まあ俺は、分かれて行動するべきだと思うぜ。別に難易度は大したことないんだし」


「……僕は反対だな。油断大敵とも云う。安全面からしてこのまま纏まって動くべきだろう」


 ジークの意見に真っ向から反対するのはザシュ。

 白を基本とした、僅かに大きめのローブに身を包み、手には先端に赤く光る結晶を嵌め込んである杖を持ち、腰には短剣を提げている。



「…………なるほど。俺はザシュの案も一理あると思うが、今回はジークの案に賛成だな。実際ここはEランク迷宮だ。そこまで気を張り詰める必要もないだろう」


 暫しの言い合いを聞き終わると、レイドは手を上げ二人を黙らしてから結論を出した。

 しかし、ザシュはその結論に納得いかない様子だ。


「この迷宮は財宝も多いが罠も多い。下手に分散すれば危険だ。時間が掛かっても安全な方を選んだ方が得策だと思うのだが」


 ザシュの云う通りだ。この迷宮『宝物庫』は財宝の数に比例し、罠も多い。

 もちろん普通の迷宮と比べてだが。


「確かに安全面ではその通りだ。だがわざわざ低ランクでそこまで用心してもな。纏まって行動すれば同盟を組んだ意味が無いだろう」


「それに……他の奴等に先に下層を発見されても困る」


 レイドは苦笑しながら可能性を述べる。

 そも、彼らの最優先事項は財宝ではなく、下層の発見だ。

 未だにこの迷宮『宝物庫』では、その広さ故に下層が見つかっていない。

 現在、この迷宮には冒険者の数が急激に増えたとこにより、財宝の数が減り、初期に比べ発見が困難になってきている。だがもしかすれば、下層には更なる財宝が眠っているのではないか。その考えにより彼らは同盟を組み、安定した、更に独占が可能な採取先を確保するために下層に通じる扉を探しているのだ。


 ちなみにこの三人はDランクなのだが、戦闘能力の面では、エディシスにいるDランクパーティー中最強と云われる『クライシス』と『紅の翼』と比べてかなり劣る。

 昇格試験に合格したのも、ギリギリのところだった。

 それ故に、彼らは安全かつ安定した財宝の入手先を開拓しようと云うわけだ。


 




「よし、お前ら! そろそろ出発する。今からグループを作るから俺の云う通りに別れてくれ」


 休憩を終わらせ冒険者達を集めると、レイドは班を三つに分ける旨を伝える。

 班はレイド班十一名、ジーク班十名、ザシュ班十名の三つだ。


「いいか、よく聞け。

 今回俺たちが最も優先すべきなのは下層の発見だ。もちろん可能なら、極力魔物との戦闘も避けてほしい。それと財宝を発見しても時間と荷物が増えるだけだから無視するように。いいな?」


 静かにレイドの指示を聞いていた冒険者達だが、レイドの最後の言葉に大きく反感を露にした。

 当たり前だろう。それは目の前に金があるのに何もせずに諦めろと云っているようなものなのだから。


「ちょっと待ってくれ。魔物のは分かるが、なんで財宝を持ち帰っちゃいけねえ」


「そうだそうだ。スキル持ちの奴だって足りてんだ。意味わかんねーぞ」


「この人数だ。荷物が少し増えたって問題ねえだろ!」


 それに続いて何人かの冒険者が反論を叫び出す。彼らはある意味殺しを生業とするもの達。故に短気な者も少なくなく、このまま放っておけば面倒ごとになるのは目に見えている。

 しかしレイドは落ち着いた表情を崩さずに、理由を話し出す。


「はぁ……。いいか、お前ら。罠感知だって完璧じゃねえんだ。もしも罠に掛かって人数が減れば荷物係が減って下層で持ち帰る財宝の量が減るんだ。わざわざリスクを上げる必要はねぇ。……これで満足か?」


 レイドはややドスの効いた声で若干適当な説明をしながら、冒険者達を睨み付ける。

 それに気圧され、静かになった冒険者達を見渡す。そして一声掛けると冒険者達はそれに従い、それぞれの班に分かれて歩き出した。














「たく、少し位いいじゃねえか」


「全くだぜ。少し堅すぎるよなレイドは」


「ああ、罠が発見出来ないなんてこんな低ランク迷宮じゃあり得ねぇっつーの」


「慎重過ぎなんだよ」


 ジーク班の最後尾で、ジークに聞かれないように陰口を叩く者達が四人ほど。

 彼らは先程のレイドの説明に納得しなかった者達だ。

 実際スキルは完璧ではないが、見逃す確率はかなり低い。不満が溜まるのも仕方ないだろう。


「なんであんな奴を誘ったんだか」


 そうは云うものの、ここまでスムーズに進めたのは三人の助けが大きかったのも事実だ。

 しかし、陰口を叩く者がその事実を認めるわけがなかった。


 暫し歩くと、一行の前に小部屋が。そして、中には宝石の山――財宝――が見える。


「おい! 見ろよアレ!」


 誰かの喜声が上がる。


「罠じゃ……ないな」


 スキル『罠感知』を持った男が、その財宝が罠では無いことを確認し、そう呟く。


「なあジーク、罠じゃないんだし取っても構わねぇだろ? 儲けた金はこの十人で分けて、このとこは俺達だけの秘密にすればレイドにはバレねえって」


「……」


 ジークは悩む。採るべきか、採らざるべきか。

 実際のところ、ジークにはレイドの命令にはあまり乗り気ではなかった。慎重すぎると。

 そしてこれが罠である確率は迷宮のランクから非常に低い。

 それに財宝で得られる利益は例え十人で分けたとしても大きい。

 だがジークは、レイドの指示に反していいのだろうか、これはレイドへの裏切り行為ではないのか。そう考えてしまい、なかなか決断が出来ないでいた。


「おいジーク、何も云わねえってことは黙認するって意味にとってもいいんだな?」


 故に、彼らの言葉に口を閉ざしたジークの真意を、彼らにそうとられても仕方のないことであろう。


「よし、ジークの許可は取った。行くぞ!」


 まず真っ先に財宝に向かったのは、先程までレイドの陰口を吐いていた四人だ。四人は意気揚々と小部屋に入っていく。


「ま、待ってくれ!」


 それに続いて、スキル持ちの男がそれに走りよる。財宝を率先して拾えば、それを理由に分け前を増やせる。

 そのために、五人は自分から進んで財宝を取りに行ったのだ。

 残りの五人は、未だ指示に反していいものが悩んでいる。


「うひょー! 見ろよこの輝き! やっぱり偽物でも罠でもなかったぜ」


 宝石を手に取り、男は感嘆の声を出す。

 深紅の色を持ち、滑らかな手触りの小粒の宝石。男達は金の使い道を考えながらその宝石を袋にしまったその瞬間、


「これだけありゃ今夜は豪遊――――」


 財宝の山を中心に――――爆発が起きる。


「な――――!?」


 そしてその爆風が、部屋の外にいた者達に叩きつけ、彼らを五メートル以上吹き飛ばす。


「か、はぁっ」


 目が回り、辺りの状況の理解が追い付かなくなる。意識が飛びそうになるが、なんとか踏ん張り耐える。


「くそっ……お前ら、無事か!?」


 未だ粉塵が舞う中、ジークはメンバーの生存を確認する。

 結果的に、多少の怪我をしている者がいるものの、四人全員の無事が確認できた。


「完全に、俺の判断ミスだ。すまん……」


 ジークは、残った四人に頭を下げる。もしも、あそこで迷っていなければ回避できたのに。最早自分は班のリーダーとして失格ではないか。

 そんな考えが頭を巡り、自責の念で押し潰されそうになる。


「一旦、引き返そう」


 休憩を取った広場に戻るため、ジーク班は来た道を戻る。

 皆沈んでおり、誰も喋るものは居らず、辺りを沈黙が支配している。


 そこへ、ドスンと、何か巨大な物が転がっているような、そんな音が揺れと共に伝わってくる。


「……なんだ?」


 一行はそれを察知し、後ろを確認すると――目を見開く。

 浅黒い肌、衣服などは一切着ていなく、醜さが際立つその平べったい顔を持つ三メートルほどの巨人。

 目は白濁で手には鉄製の棍棒を持ち、猛烈な勢いで此方に迫ってきている。


「あれは、トロール!? 有り得ん! こんな低ランク迷宮に出るわけがねえ!」


「ど、どうするジーク!?」


 最後尾に位置する、トロールから最も近い男が慌ててジークに確認する。


「落ち着け! 所詮オーガと同程度の実力しかない! 落ち着いて――――」


 パァンと。乾いた音が辺りに響いた。

 ジークには、捉えきれなかった。間合いの外で僅かに、トロールの姿がぶれたかと思った瞬間、最後尾にいた男の顔面が棍棒によって、粉々に吹き飛んでいた。


「ぎゅっ――――」


 二、三と、瞬きする間に次々と仲間が殺されていく。

 既に、残るはジークただ一人だ。


「く、くそがぁあああッ!」


 槍を目の前のトロールに突き出す。

 だがジークは、槍がトロールに届く直前に棍棒によって、真上から叩き潰された。















 広場を離れてから約三十分ほど。ザシュ班では、微妙な雰囲気が漂っていた。

 喋る者は居らず、いても事務的なもので雑談すら誰もしない。

 迷宮内に居るとは云え、普段ならここまで堅くなるものはいない。

 特段何かあった訳ではない。強いて云うなら二十分ほど前に、何か大きな音が聞こえたくらいだ。

 恐らくどこぞの間抜けな冒険者か盗賊が罠に引っ掛かったのだろう。

 スキルを持った者を同行させずに、比較的罠の多いこの迷宮に来るなど笑ってしまう。

 だがその件は多少の危機感を持たせただけで、この空気についてはあまり関係はない。

 問題はこの班のリーダーであるザシュだ。彼の真面目さは相当のもの。仲間が雑談をしているとそれだけでも非常に機嫌が悪くなるのだ。

 さらにそれにリーダーとしての立場も加わることによって、班の雰囲気は微妙な、いや、悪いものになってきていた。


「ん? ……アレは」


 光結晶が照らす通路の先から、三匹のブラッドウルフが姿を見せる。そのまま襲い掛かっては来ないものの、冒険者達の隙を伺っているのは明らかだ。

 だがそれに対して、冒険者側はある一人を除き、誰も武器を構えない。


「……ブラッドウルフ。たったの三匹か」


 唯一武器を構えたザシュは、杖と短剣をそれぞれ手に持ち構える。

 冒険者達が構えないのは、決して敵に対して油断しているわけではない。

 しかし、圧倒的なザシュの能力への信頼が、彼らに武器を構えさせない。


 ザシュは、威嚇するブラッドウルフに向かって地面を強く蹴ると同時に、短剣を内一匹に投げつける。


「シィッ!」


 それに反応しきれず、脳天に短剣が突き刺さるのを確認すると同時にザシュは呪文を唱える。


「――雷の矢(サンダーアロー)!」


 杖から発生する電気を帯びた幾つもの矢。それが、残るブラッドウルフ二匹に向かって発射される。


「ガウッ!?」


 仲間が殺されたことに激怒したブラッドウルフは、ザシュに駆けるが、それを雷の矢が迎え撃つ。

 そして正面から幾つもの矢が身体に突き刺さり、ブラッドウルフは倒れて僅かに痙攣をした後、動かなくなった。

 下級魔法とは云え魔力が籠っている以上、普通の矢よりも強力だ。

 恐らく絶命か、生きていても立ち上がることはもうないだろう。


「大したことのない。それより皆さん……油断のし過ぎです。仮にも冒険者を名乗るのならもう少し警戒をしてみたらどうですか?」


 これだ。自分の思惑と少しでも食い違うとすぐに毒を吐く。彼らがブラッドウルフが向かってきたところで、構えておらずとも対処出来たとしてもザシュには関係ないのだ。

 だがどんなに態度が悪かろうが彼はDランク冒険者。目に見えて反抗するような者はいない。


「全く、これだから……」


 ブツブツと独り言を、聞こえるか聞こえないかの絶妙なところで呟きながら、ザシュは一人先に進む。

 ブラッドウルフの頭に突き刺さった短剣を取ると後ろを振り返り、


「何をしてるんですか? 用がないのでしたら早く付いてきてもらえると嬉しいのですが」


 嫌味を。

 それを受けて何名かは嫌悪の表情を隠そうともせずに、しかしそれでも彼らはザシュに付いていく。

 今は我慢だ。

 なに、下層さえ見つけてしまえばこんな奴とはもう組む必要は無いのだから。


 ザシュは、後続が付いてきたのを確認し進む。

 そして僅かに、何かを踏んだような感触を足元に感じる。


「ん? 今何か――――」


 風を切る音が聞こえたと思うと、

足元に注意を向けたザシュを含め、後続の五名が――――


「ぐはぁ」


 ――――壁から高速で突き出された無数の槍に、身体の至る箇所を貫かれた。


 ほとんどの者が頭をぶち抜かれており、もう既に死んでいるであろう。

 幸いまだ生きている者も二人ほどいるが、あまりに悲惨なその状態は、例え治療術師がいたとしても助かるのは難しいだろう。


「なっ!?」


「そ、そんな! スキル持ちの奴がいたはずだぞ!?」


「馬鹿な! なんでこんな低級の罠に!」


「うそ、だろ……?」


 残りの四人が、口々に叫ぶ。本来、罠『壁槍』は罠のなかでも相当見つけやすい部類に入る。

 その見つけやすさはスキルを持たない者でも気付けるほどに。

 そんな罠に、引っ掛かり、しかも半数以上が死んだのだ。彼らの動揺が大きいのも当然だろう。


 騒ぐ彼らの元に突然、シューっと、ガスが噴き出すような気の抜けた音が響く。


「な、なんだ今の音は?」


 皆辺りを見渡すが、何も無い。空耳だったか。そう思い直しこれからどうするかについて、話し合おうと口に出そうとし――――


「ごはぁっ!」


 口から大量の血が、噴き出した。


「だいじょ――ッ!」


 次々と、口から血の塊を吐き出し倒れる冒険者達。


 そして数分後、そこに残っていたのは血の海と、体の至るところから血を流した者達の死体だけだった。















「やっと、見つけたぞ……!」


 レイドは、目の前の巨大な扉を見ながら、力強くそう呟く。

 広場を離れて約一時間ほど。再集合まであと四時間はあるが、最短ルートを通るとして帰りの時間を考えると、残る時間はあと三時間半はあるだろう。

 他の二つの班に関してはここを見つけてはいないはずだ。そのため再集合まで大分時間がある。

 ここで引き返し、残りの三時間半の時間をあの広場で過ごしてもいいのだが、流石にそれでは暇だ。

 それに今後の確認のためにも、下層を下見しておいても損はない。

 いや、所詮Eランク迷宮。別にここまで慎重にならずともいいのだが。やはりザシュの影響だろうか。

 そんなことを考えながらレイドは、何やら興奮している冒険者達に向かってこれから下層に下見をすると云う旨を伝える。


「流石レイド! いい判断だぜ!」


「いいぞリーダー!」


 『宝物庫』の二層を見つけたと云う情報は、未だに聞いていない。

 『宝物庫』はかなり広い。そして迷路の様に入り組んでいるため下層を探すのには時間とコストが掛かる。

そのためにわざわざ下層を探すよりも、財宝を探した方が効率がいい。それが今まで下層が見つかっていない理由だ。

 しかし実際に来てみると、かなり入り組んで見つけにくくはあるが、そう遠い訳ではない。

 これは運がいい。

 神に感謝をすると、レイド達は扉の先へ進む。




 扉の先にあったのは石造りの頑丈そうな、下へと続く階段――――ではなく、広場よりも若干狭い、しかしそれでも、彼らが皆並ぶことも可能な十分広さのある部屋であった。


 そして入ってきた者全員の視線が、ある一点に集中している。

 その顔は青ざめ、先程の興奮などもうどこにも残っていない。あるのは驚愕と、恐怖の色だけだ。

 息を呑む。


 彼らの十メートルほど先。そこにいるのはオーガだ。

 しかし普通のオーガではない。その皮膚は浅黒く、頭にはつい見惚れてしまいそうな立派な角を生やしている。顔は、通常のオーガよりも凶悪そうな目付きに、口からは巨大なキバを持ち、それが更に醜さに拍車をかけている。

 そして三メートル以上はありそうなその巨躯、大樹を想像してしまいそうな巨大な腕は、人間など軽くへし折ってしまうだろう。

 その手に持つ大斧は、例え大の大人二人がかりでも持つことは難しいほどの大きさだ。しかしオーガは、それを片手で軽々と持っている。


 そして、下層へと続く階段を想像していた冒険者達が、その光景にあっけに取られてしまったのは仕方のないことであろう。

 それを隙と見たオーガが、武器を持たない手を冒険者達に向ける。


「なっ――不味い! てめえら、避けろ!!」


 レイドが一人だけ早く気を持ち直したのは、経験からだ。呆気に取られていた他の冒険者達も、その声に気を持ち直す。


 しかし、遅い。オーガの突き出した腕に、バチバチと、何かが弾けるような音と共に光が迸り――――電の塊が発生、そして高速で撃ち出される。


「ま、魔法!?」


 レイドの言葉に反応し、横に回避していた数名の冒険者達。しかし未だに状況を理解しきれていなかった三人の冒険者がオーガの放った電撃に直撃し、その場に崩れ落ちた。


「レイド! なんなんだよこいつは!?」


 一人の冒険者が、混乱した様子でレイド問いかける。


「黙れ! 俺が知るわけねえだろうが! いいか、今はそんなことより目の前の敵に集中しろ! その他のことについて考えるのはこいつを殺してからだ!」


 そう怒鳴り返すとレイドは、残りのメンバーを確認し始める。

 さっきの電撃に殺られたのは三人。不幸中の幸いか、全員がFランク冒険者だ。

 残っているのはEランク冒険者の三人で構成された二つのパーティー。

 あと一人はFランクの魔術師だが、これは戦力にならないだろう。

 レイドは知っている。魔法を使うオーガは、主にCランクからBランクの迷宮での生息が確認されているオーガ種だ。以前無謀にも好奇心からCランク迷宮に挑み、遭遇。そして相当の時間を掛けて討伐したことがある。その時はもう二度と戦いたくは無いとレイドは思ったが、こうなっては仕方あるまい。

 何故この迷宮にいるのかは不明だが、このオーガは魔法を使う。恐らく、このメンバーではかなり厳しいだろう。

 しかしそれでも、やるしかないのだ。


「魔術師の三人は左右に分かれて魔法の準備を! 前衛は俺が囮になって引き付けてる間に脚を狙え! 弓手は前衛のサポートだ!」


 声を張り上げ叫ぶと、オーガに向かって全速力で駆ける。

 それを電撃が襲うが、紙一重で避けながらオーガへと斬りかかる。しかし、それをオーガが大斧で迎え撃つ。

 打ち合い、鳴り響く金属音。そしてやはり、力が上のオーガの一撃に押されてしまう。


「くっ、重いッ!」


 舌打ちをし、再度オーガへと向かう。


「――火の加護!」


 そこへ、仲間の魔術師から強化魔法がレイドにかかる。


「助かる!」


 後ろを見ずに感謝を伝えた直後、オーガに斬りかかり、火花が散る。

 しかし今回はまだ押し負けていない。強化魔法が効いているのだ。


 オーガの強烈な一撃をいなし、放たれる電撃をギリギリで避けていく。

 もしもマトモに食らえば即死に繋がる一撃だ。まるで、綱渡りをするかのような剣の乱舞。

 周りで待機する冒険者達も、現状を忘れてそれに魅入ってしまう。

 レイド自身、この瞬間にも自分の剣の技量が、目を向く速度で上達しているのが分かる。


 そしてその高度な打ち合いが幾度と続き――――オーガの足が縺れて地面に倒れかかる。


「今だ! やれ!」


 レイドが叫ぶ。

 ふらつき、倒れそうになっているオーガに、三人の前衛が迫る。

 決まった。勝利を確信したレイドだが、オーガの表情を見て思考が止まる。


 笑っている。

 そう、笑っているのだ。

 自分が劣勢だと云うのに関わらず、その醜悪な顔を歪ませている。

 レイドの勘が叫ぶ。何か、ヤバイと。


「な――――不味い! 止まれ!」


 しかし、もう遅い。既に三人は、一斉に倒れたオーガへと剣を振り下ろしている。


 それぞれの剣がオーガを切り刻む瞬間、オーガの持つ斧に光が迸り――――周囲を巨大な電撃の渦が巻き起こる。


 その電撃の渦は、三人の冒険者を容易く巻き込み、後方に大きく吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた冒険者達の体はズタズタに引き裂かれており、見るも無惨な光景だ。


「ま、魔法剣だと!?」


 魔法剣。魔法を剣そのものに付加(エンチャント)したもので、その種類は多岐にわたる。もちろん威力が高ければ高いほど高価であり、貴重だ。


 のっそりと、まるで眠りから覚めたかのように余裕の態度で立ち上がるオーガ。

 それはまさに、強者が見せる余裕そのものだ。


「ウォオオォオオオオ!」


 雄叫びを上げるとオーガは、呪文を唱えている二人の魔術師がいる左側に走り出す。


「しまっ……! 逃げろぉおお!」


 すると、その言葉に反応したかのようにオーガの足が止まり、レイドへ向けて手を突き出す。


「な、魔法か!」


 レイドの予想通り、オーガの手から電撃が放たれる。虚を付かれたレイドは、一瞬硬直してしまうが、それでも十分な早さでその場に屈む。


 しかし、レイドの予想と一つ違う部分があるとすれば、その魔法が自分に対してではなく――――右側で待機する魔術師と弓手に対してであったこと。


「ぎゃああぁあああ」


 電撃が後ろの二人を襲う。

 状況判断を完全に間違えたレイドは自身への無能さに、憤怒の気持ちに呑まれそうになんが、なんとか自身を抑え思考を冷静にさせる。

 今すべきなのはオーガの討伐であり、自分を責める時ではない。


 幸いにもオーガは動かずにレイドを見て、顔を歪めて笑い声のような奇声を上げている。

 強者の驕りと云うものだろう。若干イラつくが、これはチャンスだ。

 油断はしてくれればしてくれるだけいい。


 実質もうこの戦いはオーガとレイドの一騎討ちと云っても過言ではない。ここでレイドが敗北すれば、まず間違いなく二人の魔術師は勝てないだろう。

 強力な魔法を使い、魔法が付加(エンチャント)された謎の大斧と圧倒的な身体能力を持った巨大な化け物。対するのは、FとEランクの魔術師が一人ずつ。これでは、誰が見てもどちらが勝つかは一目瞭然だ。

 故に、刺し違えてでもレイドは勝たなくてはならない。そしてこの迷宮の異常性についてはあの二人に報告してもらえば良かろう。


「……」


 覚悟を決め、レイドは得物であるロングソードを構え直す。

 『重量解放』。これはレイドの纏う防具が付加(エンチャント)されている魔法の名称だ。

 『重量解放』の効果は付加(エンチャント)してあるものの重量軽減。これがあるからこそ、レイドは重い鎧を纏っていても軽快に動けるのだ。


「はぁあああああ!」


 僅かに睨み合った後、レイドは弾けたように一気に駆ける。

 気を付けなくてはならないのはあの大斧。

 雷系の魔法の効果が付加(エンチャント)されている様だが、あれだけの威力だ。そう何度も連続では使えまい。


「はあぁ!」


 オーガに迫ると横凪ぎに剣を振るう。だがオーガはそれを無視し、上段から大斧を振り下ろす。

 それをまるで予知していたかのように、皮膚を斬りつけながら横側に回避する。

 そこに魔術師達の魔法が放たれ、オーガの体に更に傷をつける。


「ナイスだ!」


 その隙をつき、レイドは跳ぶ。狙うはオーガの首筋。どんな化け物であれ生きている以上、ここを絶ちきれば間違いなく死ぬだろう。


「しねぇええぇええ!!」


 今度こそ、決まった。


 そう確信し、レイドは出しきれる力の全てをこの一撃に賭ける。


 刀身が、吸い込まれるようにオーガの首筋に到達する。


 その間一秒にも満たないであろう時間。レイドは今日何度目になるか、それを見た。


 笑っているのだ。オーガの顔が。


 ――ゾワリ。


 背中に悪寒が走る。最悪の想像をしてしまう。だが、最早オーガに回避するすべはない。

 そして全身全霊をかけての一撃がオーガの首筋に衝突し――――


「ば、ばかな!?」


 ――――弾かれる。


 オーガの首筋には傷一つない。


 渾身の一撃を弾かれたレイドは、空中でバランスを崩し落下する。

 地面に体が激突する直前、視界が急激に変わり、目の前にオーガの顔が。

 なんだ? そんな反射的に出てきた疑問を余所に、レイドの体が絞まる(・・・)


「ぎ、ぎぃいいぃいい――――」


 そうか。掴まれているのか。遅すぎる理解をした直後、レイドはまるでトマトの様に、握り潰された。

















 



実は作者、トマトが大好物です






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