迷宮レベル9 油断大敵
お気に入り数を見たら何故か急上昇していてびびりました。
なぜなのでしょう?
薄暗い洞窟の広場に、松明を中心にして五人組の男女が休憩をとっている。その彼らの手には簡易の食料が握られており、それぞれが如何にも不味そうにそれを頬張っている。
しかしそれでも、彼らに隙はなくしっかりと魔物の気配を探っていた。
「たく、相変わらずくそ不味いなこれ」
「……こればっかりは仕方ないだろ。文句を云わずにさっさと食え」
この五人組は冒険者パーティー『風の軌跡』。現在彼らは新生と思われる迷宮に挑んでいた。
彼らのこの迷宮の滞在時間は今のところ三時間ほど。休憩のため、迷宮内の広場に陣取って簡易的な食事をとるまでの間、魔物との戦闘は計四回。内訳はゴブリンが二体、ブラッドウルフが一体、ホブコブリンが一体、ゴブリンとブラッドウルフがそれぞれ一体ずつ。
新生の迷宮でこの戦闘回数ならばかなり少ない方だろう。
それに関してはこの迷宮が予想以上に広大だと云う点が関係しているのだろう。
「さて、全員食べ終わったみたいだな。そろそろ出発するぞ」
「ではどの通路にしますか? 先程の通路は行き止まりでしたし……」
簡易食を食べ終わった五人は立ち上がると進行方向を決めるため相談を始める。広場に行く前にボブコブリンと遭遇した通路はよく見ると行き止まりになっていた。そのため選択肢はこの広場からは三つある通路の内どれかか、一旦戻って別の道を行くか。
「取り敢えずしらみ潰しに行く。まずは右の通路からだ」
エイクはそう云いきるとパーティー『風の軌跡』は右の通路に進みだした。
簡易とは云え休憩をとっていた体勢から僅か数十秒で片付けを行い出発出来るまでに切り替えたのだ。この早さは流石は冒険者と云ったところだろう。
さて、ここでこの『風の軌跡』のパーティー構成について説明しよう。
以前にも述べた通り、彼らは前衛二人、中衛一人、後衛二人に分かれており、冒険者養成所の講習で教えられる通りの基本的かつ理想的なパーティーだ。
もちろんパーティーの構成はそれぞれ自由。ゴードンとジェイクが前衛と後衛の攻撃に特化した二人組のパーティーであったように。
『風の軌跡』ではまず前衛の要たるエイクが敵の注意を引き付け、魔術師であるアイシャが詠唱する時間を稼ぎ、それと同時に前衛でサポート役のジェットが敵の隙を見つけ出し、致命傷を与える役目を持つ。ただしジェットに関しては難易度がやや高く、相対する魔物が一体の場合は基本的には攻撃しない。もちろん先程のホブコブリンとの戦闘のようにアイシャの詠唱が間に合わずエイクがピンチに陥った場合や敵が素早く、重量の大きい盾を持つエイクに相性が悪い相手の場合は積極的にジェットが攻撃に回る。
中衛のバルスターと後衛のシェルム。この二人はある意味でこのパーティー内で最も重要で貴重な人材だ。
シェルムに関しては、治癒術師が低ランクの冒険者にとって貴重だからだ。
治癒術師がパーティーにいるのといないのでは天と地の差がある。
迷宮に入れば魔物との戦闘必然的に発生する。その際無傷で戦闘を終えられれば問題は無いだろうが、なにも戦闘は一回だけではない。優秀な者であっても、数時間と探索を進めている内に傷の一つや二つは仕方ないだろう。最悪の場合、時間をかけて手当てをしなければならない傷を負ってしまうかもしれない。だが迷宮内は常に魔物との遭遇のリスクを背負っている。そのため手当てを出来ずに感染症にかかり死亡してしまうケースもよくあるのだ。
そこで活躍するのが治癒術師。その術師の練度や才能、魔力量によって回復の出来る傷の度合いは異なるが、それでも僅かな時間で傷を癒せるのは迷宮に潜り、外界と孤立している冒険者にとって非常に大きいのだ。
これで治癒術師――シェルムがどれだけ重要なのか理解してもらえただろう。
しかしバルスターは別に治癒術師ではない。中衛は前衛が突破された際、魔物から後衛を守るための役割を担っているのと同時に、バルスターはもしもリーダーが指示を出せない何らかの状況に陥た場合、代わりに指示を出す副リーダーとしての役目も兼ねている。
しかし、その役割は確かに重要ではあるが貴重な人材とは云えない。
バルスターが貴重な人材たる由縁、それは彼がある特殊な才能を持つからだ。これは治癒術師ほどではないが低ランクの冒険者で持つ者はあまり多くはない。
バルスターが持つ才とは、迷宮内に存在する罠を看破するというもの。
そもそも罠とは、迷宮内のどこかに不規則に設置してある危険な代物だ。罠は迷宮が作り出す。誰かが設置した罠も極稀にあるのだが、最も多いのは迷宮が作り出した罠だ。どのように作り出すのかは不明なのだがこのことからやはり迷宮は生きているという説が有力化しているのは別の話。
冒険者が迷宮を探索する際、彼らが気を付けなければいけない敵は魔物だけではない。罠も魔物に引けを取らないほど危険なのだ。一部の迷宮では魔物に殺されるより罠によって死ぬ可能性の方が高いほど。
そこで重要なのが罠を看破する才能を持った者。場所によっては治癒術師よりも必要な人材なのだ。
ただ『風の軌跡』が今いる迷宮は恐らく新生迷宮のため罠はないはずなので現在彼はそこまで警戒はしていない。
また、この才能の詳細に関しては今は省くことにする。
前衛で指揮するエイク。エイクのサポートをするジェット。後衛を守り、罠を看破するバルスター。前衛の稼いだ時間で詠唱し、パーティーの火力の要となるアイシャ。戦闘時、或いは戦闘終了後に味方を癒すシェルム。これが現在の『風の軌跡』の戦力だ。
右の道を選択したエイク達は、広場から約一時間ほども歩いているが、未だ行き止まりに当たらずにいた。
「全く……新生のくせにどんだけ広いのよ!」
「確かに広いが……この広さであの魔力ならほぼ間違いなく一層しか無いはずだ。元気を出せ」
「そんなこと云ったってさぁ。もう何時間歩いてると思ってんのよ! 早く迷宮核にあーいーたーい!」
この娘はこういう所がまだ未熟なんだ。まだ三時間ほどしか歩いてないというのにもうこのザマとは。いや、魔術師として体力がないのは仕方ないだろうが……仲間としてもう少し大人になって欲しいものだ。
そうエイクは心の中でそう愚痴るが口には出さない。これでも二十五歳。年齢、精神的に大人なのだから。
「ぐだくだうるせぇな。もう疲れたのか? これだからガキは」
「はぁ!? うるさいわね! 私は子供じゃないわよ! それに魔術師なんだから疲れるのは当たり前なのよ!」
「全く、もう少し大人になろうぜ。俺みたいによ」
「あんたのどこが大人なのよ!」
「見て分かんないのか? この年齢、精神的にも大人の俺をよ」
「……」
エイクは二人に白い目を向けながら迷宮を進む。
同時にバカ二人に代わって周囲を警戒してくれているジェットとシェルムに感謝する。
通路の角を曲がると少し離れたところに広場が見える。岩などの形から先程休憩をとっていた広場とは違う場所だろう。もしこれで同じ広場に戻ってきてしまえばなかなか辛いものがある。
仕方ない。アイシャとバルスターのためにも少しあそこで休むか。
そんなことを考えていると、広場の手前にある通路から――
「チッ、お前ら! 遊びは終いだ!」
――ホブコブリンが出てきた。
「またこいつかよ。めんどくせぇ」
「リーダー、どうしますか?」
エイクのかけ声により既にジェット、バルスターは臨戦状態に、アイシャは呪文を唱え始めている。
対するホブコブリンも唸りを上げ今にも襲い掛かってきそうだ。
「……仕方ない。さっきと同じ作戦だ。カバーを頼む」
「……了解です」
「大丈夫か? さっきみたく助かるとは限らねぇぞ?」
「問題、ないっ!」
エイクは返答と同時に敵に向かって走り出す。
考えとしては魔術師がいる以上、このままにらみ合いを続けていても良かったが出来る限り仲間の元に近づけたくはなかった。
「シィッ」
激突間近にホブコブリンに向かって剣を降り下ろす。
しかし剣はホブコブリンに肌に食い込むが骨で止まってしまう。
「くそっ! 固い!」
ホブコブリンは剣が骨にまで達しているのにも関わらずエイクに向かって拳を振るう。突撃のエネルギーが合わさったその一撃は、例え盾で防御したとしても、相当の衝撃がエイクに伝わる。
「ぐぉ、がぁあああっ」
衝撃を逃がすためにそのまま後ろに飛ぶ。
盾を持っていた手が軋むが折れなかっただけ幸いだろう。
倒れて地面に踞っていたかったがそれをすれば死ぬのは間違いないのでやめておく。
気力を振り絞りギリギリのところでエイクは踏みとどまる。
「グォオオオォオ!」
涎を撒き散らしながら追撃をしてくるホブコブリン。
「アイシャ、行けるか!?」
返答はない。呪文を唱えている証拠だろう。
「ジェット! 頼む!」
エイクは言い終わると足を脱力。その場に落ちる様にしゃがみこむ。
「ハァッ!」
すると巧妙にエイクの後ろに隠れてレイピアを構えていたジェットがレイピアをホブコブリンに向かって突き出す。
流石にホブコブリンもこれには反応出来ずに驚愕に目を見開き硬直する。
「グガッ、グォオオオォオオオオオ!?」
目を見開いた直後、レイピアがホブコブリンの目玉に突き刺さる。
しかしそれすらも無視してホブコブリンはジェットに襲い掛かる。
「なっ!?」
これにはジェットも意表を突かれるが――
「ジェット! どいて!」
――アイシャの声によりレイピアをそのままにし、横に跳ぶ。
「氷の一撃!!」
アイシャの持つ杖の上に先端が鋭利で巨大な氷の固まりが出現する。しかし見えたのは僅か一瞬。
ブレたかと思うとその場から氷の固まりがかき消える。
そして――それとほぼ同時にホブコブリンの身体が粉々に吹き飛ぶ。
『氷の一撃』。この魔法は名前から分かる通り氷属性の魔法だ。アイシャが使える魔法の中で最も強い下級魔法であり、性質上この魔法の威力は本人が込める魔力に依存するため魔力を比較的多く消費するのでアイシャ自身連発は出来ない。
しかしその分威力は高く、そして非常に早い。先程見たようにホブコブリンの固さですら簡単に破壊するほど。
周りと比べると魔力量の多いアイシャはこの魔法を好んで使っている。
「はぁ……はぁ……アイシャ、助かった」
「自分も助かりました。流石パーティーの要です」
「えへへー。そんなに褒めたってなにも出ないんだからね!」
テレテレ、いや、デレデレとだらしなく照れているアイシャを横目にエイクは自らの左腕を確認する。ホブコブリンにやられた骨が痛む。よって一旦広場に行って休憩にするべきと判断する。
「取り敢えずあの広場に行って休憩だ。それに計画を変更するかもしれん」
「それが良いかも知れませんね。私も少し思ったことがありますので」
「ああ、行くか」
五人の内戦闘を歩くエイクが広場に足を踏み入れる瞬間、バルスターがまるで信じられ無いものを見たように目を見開き――
「なっ、入るな! エイク!!」
――叫ぶ。
「あ? どうしたバぎゅ――――」
バルスターの叫びに後ろを振り向いたエイクの頭が――砕け散る。
「なっ!? エイ、がはぁっ」
続いてジェットの胴体に穴が空く。
明らかに致命傷だ。白目を剥き口と胴体の穴から大量の血を噴き出し地面に倒れる。
「あ、ああ、あああ」
「そ、んな……」
アイシャとシェルムの顔が恐怖に染まる。
広場から、二体のオーガとその後ろから大量のゴブリン、ブラッドウルフが湧き出る。
迷宮に存在するものの中でも相当に達の悪いトラップ『地獄部屋』。外からは一見何のへんてつもない部屋に仕掛けられている罠で、その部屋に入るなり、大量の魔物が湧き出て入ったものを皆殺しにするものだ。
罠を看破する才能を持ったバルスターだが、完全に油断していた。気が付いたときには既にエイクは足を踏み入れ――頭を吹き飛ばしていた。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそがあああああ! 逃げるぞ二人とも!!」
自らの過ちに自己嫌悪をしている場合ではない。硬直している二人に渇をいれその場から走り出す。
「おい、二人とも! もう無理だ! 俺はもう無理だ。抜ける、この迷宮から抜ける!」
「さ、賛成です。う、は、早く帰ってギルドに報告しましょう!」
仲間が死んだショックは大きい。アイシャなど目を虚ろにして、顔は死んだように青白い。
だがそんなことに構っている暇はない。ここからの道のりは大体覚えている。このペースで行けば三十分足らずで出口まで辿り着くはずだ。後ろの魔物は死んだ二人の肉塊に夢中で追っては来ない。
バルスターはそんなことを考えながら通路を曲がると腕に強い衝撃が走る。
「は? え? ……は?」
そのまま地面に倒れ動けなくなる。理解が追い付かなかったのだ。自分に何が起きたのか。
「くそっ、な、んだ……? て、え? あ、ああ、あああ、あああああああああああ」
そしてようやく気が付く。自らの腕が――魔物に食い千切られていることに。
「う、うぇえええぇえぇえええ」
「ひ、ひぃいい」
これまでの出来事が重なり耐えきれなくなったアイシャは先程食べた食料胃からを吐き出す。
シェルムは腰を抜かして動けなくなる。
そして――いつの間にか後ろから迫っていたオーガに一人は踏み潰され、もう一人は頭をもぎ取られる。
最後に残ったバルスターに、オーガの後ろからやってきたブラッドウルフが勢いよく食らいつく。
「 やめ、頼む、やめてく――――ギャアアアアアァァァァァァ」
絶叫が、迷宮内に響き渡る。
働けよバルスター