ある宇宙艦乗りの日常
西暦二千三百年。
交通管制局のミスで重輸送車両がドンしてきた結果、俺はほぼ首から上だけの生命体になって地球連邦宇宙軍外宇宙艦隊に転職する事になった。
何を言ってるかわからねーかもしれないが、俺は交通事故で死にかけて首から下は生命維持装置という状態になってしまったのだ。問題なのはこれからで交通管制局の示談交渉員は良い転職先と義体をセットで提供しますと言って、俺は地球連邦宇宙軍外宇宙艦隊の訓練所に放り込まれることになった。
まともな義体代と慰謝料を真面目に支払うよりも万年人手不足な外宇宙艦隊の特殊乗員ユニットに俺の脳髄を押し込んだほうが遥かに安くつくらしい。休業補償も最低限にできるしな。全く酷い話だ。
示談交渉員の説明では外宇宙艦隊の艦船勤務といってもやることは人工知能が発狂してないか確認するだけの簡単なお仕事らしい。作業は全部人工知能群がやってくれるし難しい問題はデータリンクが繋がっている限り連邦軍の統合参謀本部が判断する。
データリンクが切れている時は何もするなという事だが艦隊機動や攻撃に関する情報もデータリンクで流れて来るわけでデータリンクが切れたら何もするなというよりも何も出来ないという方が正しい。
宇宙の男の艦隊勤務は全てが機械頼みという事だ。
悪いことではない。人間には人工知能のように一日二十四時間CICで艦の状況を我が身の如く把握し軌道上のデブリを監視し乗員に代わって生命維持装置のメンテをしながら乗員の健康を考えて夕食のレシピを決定することは不可能だからな。
それに艦の生命維持装置が機能停止や居住ブロックの破損によって乗員が全滅しても艦が戦闘可能ならば戦闘を継続する必要がある。
宇宙軍の本音は人間という最も脆くて手間のかかる「部品」に出来る限り依存したくないのだ。
だがしかし非常に困ったことに納税者の皆様は無人戦闘艦に否定的だ。納税者の皆様が要求するから議会は軍に宇宙艦に人間を配置するように命じる。
したがって宇宙軍の宇宙艦には人間の乗員が配備され艦を制御する人工知能群が全て発狂した場合に機能停止ボタン、所謂自爆ボタンを押すという最小限の任務が与えられている。
幸いなことに人工知能が発狂した例は公式にはまだないそうだ。
いい忘れたが俺が配属された宇宙艦の名はウォースパイトという。核融合炉搭載型宇宙戦艦としては第三世代に当たる。同型艦は四隻。地球連邦宇宙軍に八隻しかない主力艦の一隻である。
ウォースパイトは球形推進剤タンクの中心に核融合炉ユニットを設置し艦首に居住ユニット、艦尾に複数の推進機を収納した推進ユニットを内蔵した一般的な形状の宇宙艦である。
外宇宙艦隊の艦船であるから十分な冗長性を持つために三機の主人工知能を持つ。それぞれ単独で艦を制御できるが通常は三機の人工知能が艦長、戦務長、機関長として協調して艦を運用している。
俺は副長として三人の乗員で一番えらいことになっている。示談交渉した人間が言うにはは事故のお詫びという事らしい。訓練所では聞いた話では俺のようにほぼ脳だけの乗員は理想的な艦船勤務者であるらしく特別扱いされたそうだ。
ちなみに宇宙艦の乗員は航空機と同じく全員が士官である。
えらいはずなのだがこの艦の定員は四名で実際の乗員は三名。通常一日一回の六時間の仮想艦橋勤務が俺だけ二回連続である。
いささか不公平な気がしないでもないが首から下がある奴はいろいろと面倒な事が多いので仕方がないと割り切っている。食事やトイレ、シャワーに無重力状態での体力維持のための筋トレとか人も艦も面倒すぎるだろう。
それに艦橋にいないと正直ヒマだし最悪の場合艦長の主催する親睦会とか白兵戦訓練という名目のデスゲームに強制参加させられてドラゴンと戦うハメになる。
アレだけはマジで勘弁して欲しい。
機動歩兵の脳筋じゃあるまいし宇宙軍に入隊してドラゴンと戦わされるとかありえないだろう。
宇宙艦ウォースパイトは月軌道の外側のラグランジュ点付近を哨戒していた。
俺は仮想現実技術で構築された艦橋兼CICでマンガを読みながら交代時間が来るのを待っていた。物理的には脳髄周辺しか存在しない俺も仮想現実内では何の不自由もなくタブレット型端末でマンガを読むことが出来る。
もちろん艦内の各種ログも監視しているわけで遊んでいるわけではない。
仮想現実内での俺のアヴァターは軍の標準品を使っている。身長一七五センチで体重六八キロのナイスガイだ。
「副長、お茶が入りました」
「ありがとう、戦術長。そこに置いといて」
「はい」
メイド服を来た美少女人工知能の戦術長が「ミルクティー」の入った「ポット」と「ティーカップ」の載った「トレイ」を副長席横の空中に固定する。軍の規定は仮想現実内での服装にはさほど煩くない。
これで演習中にふええとか言い出さなければ最高の戦術長なのだが。
「あの……少々お願いがあるんですが……」
「なんでしょうか?」
「艦内データベースにダイレクトアクセスする時は私達の誰かに声をかけてからにして下さいね」
「どうして?」
「無断で艦内データベースにダイレクトアクセスすることは女子部屋にノック無しで入るようなものです」
艦内データベースにダイレクトアクセスというのは彼女たち人工知能を使わずに俺の生命維持装置に組み込まれた情報端末を使って直接艦内データベースにアクセスする事だ。艦内情報の生ログを見ることが出来る。確か艦長達のプライベートな会話のログも覗けるんだよな。
……そう言えば先日暇つぶしに艦内データベースにダイレクトアクセスしたら艦長に「覗くな、変態」と仮想空間内でしばき倒された。
非常に不条理だと思ったのだが女子部屋にノック無しに入ったすれば仕方がないのかもしれない。
「女子部屋を覗くようなものなんですか?」
「そうなんです」
「解りました。以後気をつけます」
そうはいうものの俺は一応副長だから仕事でログをチェックする必要がある。仕事でやる分には艦長たちも文句は言わないだろう。
その辺は彼女達も解ってるはずだ。
「そう言えばタイタンで親地球派が政権を維持しましたね」
「ええ」
「戦争は起きませんよね」
「起きるわけないですよ。艦載型融合炉と天体設置型融合炉じゃ出力が十倍以上違います。連邦軍の艦船じゃガニメデのレーダーだか荷電粒子砲だかわからないモノに対抗できません」
「マジで?」
「はい。戦艦は要塞と撃ちあってはいけないように宇宙戦艦は軌道要塞と撃ちあってはいけないんです。まず負けますから」
「じゃガニメデ軍の仮想巡洋艦は一体……?」
「連邦軍主力を引き付ける囮だと思いますよ」
「囮ですか」
「ところで副長さん、お尋ねしたい事があるんです」
「なんでしょう?」
「副長さんはバル○ン星人とのハーフだそうですが、一体どちらなんですか?」
「個人情報ですから秘密です!」