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九章 呪い



「え……?」

 何が起こったか分からなかった。

 レミアスは左腕を床について、無理矢理半身を起こす。たったそれだけの動作で、身体がひどく軋んだ。

 そうして見たものは、信じられない光景だった。

 カイントで別れたはずのラドが、そこにいて。そして、剣でもって、魔物の背中、首の付け根当たりを深々と突き刺していたのだ。



 苦しみに身をよじる魔物の上で、ラドは振り落とされまいと必死に剣を押し付けていた。刺さっている所からは、緑色の血がドクドクと溢れてきている。

 やがて、魔物の動きが鈍り、地に倒れた。

「これが、あんたが苦戦してる魔物か? あっけないな」

 虫の息の魔物から剣を抜き、剣を振って血を払ったラドは、眉を寄せて振り返った。

 ラドが半日かけてこの神殿に辿り着いた時、レミアスと魔物が戦っているところだった。確かに魔術は効いていなかったが、剣ならばあっさり効いた。恐らくレミアスを殺そうとして油断していたせいだろう。

「何てことを!」

 大怪我をしているレミアスは、怪我を忘れたかのように悲鳴に近い声を上げた。

「は?」

 何故そう言われるのか分からず、困惑する。

「殺しちゃまずかったのか? あんた、倒すと言ってたから、てっきり良いもんかと」

 それならまずいな、と、ラドは後ろ頭を掻く。思い切り致命傷を与えてしまった。

 レミアスがそうではないと反論しようとした刹那。魔物が口を開く。

『剣士……我を殺したこと、後悔しようぞ』

 魔物が呻き声を発し、ついで血を吐き、そのまま息絶える。

「何だ……?」

 訳が分からない。けれど、不吉な予感を胸中に覚えた。

 瞬間。

 黒い靄がぶわりと魔物から溢れ出、ラドを覆う。

「!」

 驚きとともに靄を払おうと左手を振るう。

 その左腕と顔の右上半分に靄がぐっと巻きついた。

「うわあっ!」

 巻きつかれた所と右目が一瞬焼けるように痛み、ラドは両手で顔を覆って膝を折る。

「……っ」

 痛みは鈍く残り、少しして消え失せる。

「…………ハア……ハア、……何だったんだ、今の」

 肩で息をして、左腕を押さえる。若干、熱が残っている。

 しかし、そこではたとレミアスのことを思い出して、自分のことは置いてそちらに駆け寄る。

「おい、大丈夫かよ、お前」

 先程も見えたが、ひどい怪我だ。服に血が滲んでいて、顔色も悪い。

 けれどレミアスはそんなことはどうでも良いとばかりに、ラドの胸倉に掴みかかった。

「何てことをしてくれたんです!」

「うおっ」

 レミアスの気迫に、若干身を引くラド。

「あなた、自分が何をしたか分かっているんですか!?」

「え……何って……」

 魔物を殺しただけだけど?

 口ごもるラドに、レミアスは眉を寄せて苦しそうな表情を浮かべる。

「あれを殺すと、呪いを受けるんですよ……」

 ラドは目を瞬く。そうか、先程の痛みは呪いを受けた為だったのかと、自分のことにしては客観的に思う。つまり、そういうわけでこいつはこんなに落ち込んでいるらしい。

「それで?」

 それがどうした、とラドはレミアスを見返す。

「それで? って……。呪いですよ? 本来なら私が受けるはずだったのに! あなたが割って入ったからあなたが受けたんですよ? どうしてそんなに軽いんですか!?」

 ――信じられない。

 レミアスは半分説教混じりに問いただす。

「まあ、良いんじゃねえの、呪いくらい。あんたみたいに家族や故郷があるわけでもなし、ただの旅ガラスだからな、私は。問題無しだ」

「なっ、もっ、なっ、……って」

 レミアスは一瞬、怒りでだろう、顔を真っ赤にしたものの、怒りのあまり言葉がならず、切れ切れに言う。そしてそこで傷が痛んだのか、手を離して身を丸めた。

「つつ……」

「馬鹿だな、そんな怪我で騒ぐからだ」

 ラドは溜息を吐いて、レミアスの怪我の具合をみる。傷は深いが、急所は外れているようだ。止血して大人しくしていれば大丈夫だろう。

 ラドは鞄からサラシを出し、裂いて包帯の大きさに整える。

「どうして来たんです? あんなに一緒にいるのを嫌がっていたのに」

 大人しく手当てを受けながら、レミアスが問う。

「名前を聞いてないからな」

 あっさりきっぱり答えると、レミアスは目を丸くする。

「はあ? そんなことで来たんですか?」

「そんなことって……」

 ラドは若干ムスッとした表情をする。

「重要問題だ。女装男の本当の名前がどんなのか気になるし。――第一、私の嫌いな名を教えたというのに、お前が教えないなんて腹が立つだろ」

 その子どもじみた答えに、レミアスはまるで陸に上がった魚のように、パクパクと口を開閉させる。呆れて言葉が出てこないらしい。最後には諦めたように短く息を吐く。

「あなたはだいぶひねくれているように思っていましたが、本当にひねくれているんですね」

「…………」

 ――余計なお世話だ。

 ラドは顔をしかめ、無言で包帯をきつく縛る。

「イタッ。ちょっとひどいじゃないですか!」

「うるさい、エセ神官。一言余計なんだよ」

 ラドは鼻を鳴らし、手当てを終えたレミアスの怪我の上をバシンとはたいた。

「―――っ!?」

 無言で痛みに耐えるレミアスを見て、ラドは今までの面倒がどこかに行ったかのような爽快さを覚えた。これくらいの意趣返しをしたって、バチなんて当たるまい。

「それでエセ神官」

「エセじゃありません。れっきとした神官です」

「――エセ神官」

「……なんです」

 ぶすっとして聞き返してくるレミアスにラドは訊く。

「名前、何ていうのさ? いい加減教えろよ」

 レミアスは座ったままで大きく溜息を吐く。

「分かりましたよ。……エリオスです。エリオス・クーファンド」

「へえ、思ったより普通だな」

 ラドはまじまじとレミアス改め、“エリオス”を見て呟く。エリオスとレミアスっていう双子か。語感としては確かに似ている。

「普通で悪かったですね」

 どうもラドが呪いを受けてからというもの、だいぶヘソを曲げてしまったらしいエリオスは、仏頂面で答える。

 そうしていると女には見えず、確かに少年の顔付きだった。

 ラドはふとおかしくなり、薄く笑んでエリオスに手を差し出す。

「じゃあ行くか、エリオス」

「――え?」

 きょとんとラドの差し出した手を見つめるエリオス。

「何だよ、お前それじゃ一人で歩くなんて無理だろ? 麓の村までは連れてってやる」

 我ながら本当にお人好しだとラドは思う。けれど、そんなところも全部自分なわけだから、性として諦めるしかないのだろう。人と関わりたくないのは相変わらずだったが、あと少しくらい、この迷惑な輩と過ごすのも悪くない。

 ――どうせ、人生からすればたった少しの時間だろうし。

 エリオスは沈黙したまま手を取って立ち上がる。が、立って歩ける程ではないのかすぐにふらついた。そこを肩で支え、半ば彼を引きずるようにしてラドは歩き出す。

「村まで行ったら、あなたはどうするんです?」

 俯いたまま、エリオスがぽつりと訊く。

「運び屋としてあちこち転々とするだけだ。さっきも言っただろ、私には帰りたい故郷なんてないからな」

 そんなことをあっさり言うラドが、エリオスは哀しい。我が身を省みないところも、哀しかった。

 魔物を退治するという目標を終えたのに、何て後味の悪い結末なんだろう。

 エリオスの代わりにラドが呪われて。とてもじゃないが、このままでは終えられない。

「私の故郷に来ませんか?」

 だから、エリオスは自然とそう切り出した。

 不可解の目をラドに向けられて、自分が何を口走ったか気付き、慌てて言い訳を連ねる。

「私の家は代々神官を務めていますから、呪いを解く方法が分かるかもしれません。あなたのことには責任がありますから……」

 恐らく断られるだろうとエリオスは思った。他人が怖いというラドが承知するはずもない。

「ふーん、まあそれも良いかもな」

 しかし返ってきたのは予想外の答えだった。

「えっ!」

「何だよ、その反応。あんたが訊いたくせに」

「いやでも、絶対断るって思って」

「――別に。ただの気まぐれさ。どうせ旅するなら、そこに行っても良いと思っただけ」

 それに、とラドは付け加える。

「あんた、そうしないとついてきそうだしな。責任責任うるさいし。ここ最近で、神官がどれだけ責任にうるさいかってことだけはよく分かったな」

「…………」

 的を射ているが故に、反論出来ない。エリオスは微妙な顔で、黙々と歩く。

「あとはそうだな、あんたの妹に会ってみたいな。双子ってのは本当に同じ顔なのか見てみたい」

 にやり、と笑われて。

 エリオスもようやく気を抜いた。

「見てみれば分かりますよ。――それに多分、妹と気が合うんじゃないでしょうか」

 穏やかな声が、埃被った神殿に響いた。



 その後、村に着いたら大騒ぎになった。

 魔物の棲む神殿から人間が生きて出て来た上、一人は血まみれ、もう一人は明らかに呪いを受けており――そこで初めて気付いたのだが、ラドの右目は金色に変色していた――魔物の脅威が去ったことを村人達は喜んだ。

 歓声があちこちで沸き起こる中、夕日は静かに村を照らしていた。



 第一幕 終わり。


 改稿しながら、ああ、なんか頑張ったんだなあって思ってほろりときました。

 頑張って頑張って恋愛に纏めるのが無理だったのがよく分かります。

 

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