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八章 呪いの魔物



 ひやりとした感覚に、レミアスの意識が浮上した。

 目を開けて見えたのは、白い大理石の床だった。見慣れないものを不思議に思い、そこで黒い靄に包まれたことを思い出し、急いで身を起こす。

(ここは一体……?)

 緊張しながら、周囲に視線を投げる。黒い靄のせいで意識を失ったのだ。近くにあの魔物がいる可能性が高い。

 レミアスが倒れていた場所は、少し埃っぽい、白大理石で出来た建物の中だった。奥に長方形に長く、天井にある明かりとりの丸窓から、薄く光が漏れている。

「神殿……?」

 無意識に呟くレミアス。

 話に聞いていた、キューレ山の麓にある隠れ神殿の様子そのものだった。

『そうだ、我が花嫁』

 突如背後から聞こえた声に、レミアスは背筋を粟立てせた。

 足に力を込めて跳びすさり、距離を取る。

 振り返ると、先程いた場所のすぐ後方に、黒い靄が浮いていた。

『何を恐れる』

 靄が不可解そうに言い、それからゆらいで、一瞬後、岩で出来た虎のような生き物がそこに現れた。生き物の背中には角のような突起が幾つかついており、虎の牙が長く伸びたような口と、強靭な爪とを合わせもっていた。――これが、あの、魔物。

「あなたが、レミアス・クーファンドを生贄にと望んだ魔物、ですね?」

 レミアスはすっと立ち上がり、真正面から魔物に問う。

『そうだ。だからそなたが来たのであろう?』

 魔物の紫色の目が、薄暗い室内の中、静かに光る。

「……そうです」

 レミアスは頷く。どうやらこの魔物、レミアスが“レミアス”でないと気付いていないらしい。顔は同じだが、服装は男だ。少しも疑問を感じないのだろうか。

(しかし……これはチャンスですね)

 レミアスは、右手の平に意識を向ける。

「ですが、残念です」

 レミアスは一歩、魔物に近付く。

「少しも気付かないなんて。そんな方、こちらから願い下げですわ」

 レミアスは女口調でにっこり笑い、右手を魔物に向ける。

 ぶわっと風が起こり、透明に近い白銀の龍が三匹、凄まじい速さで魔物に襲いかかる。

『!』

 一瞬魔物は目を見開き、ずたずたに引き裂かれる。


 ――はずだった。


「なっ」

 が、土埃が収まったそこには魔物の姿はなく、レミアスは続いて右腕に風を巻き付け、周囲を見渡す。

 魔物は一瞬で消え、その上気配の片鱗(へんりん)すら掴めない。

『我も残念だ』

 ふいに上で声がしたと思った瞬間、重圧に押されてレミアスは地面に倒れこんだ。

「ぐっ」

 背中から地に叩きつけられ、肺が圧迫される。思わず苦悶の声を漏らすレミアスを、紫の両眼が冷え冷えと見下ろした。

『魔術を使うまで気付かなんだ。そなた、“レミアス”ではないな』

 返事を促すように、重圧が増す。

(何て力だ……この化け物)

 前足一つでこの力。人間一人の骨など、たやすく踏み折れるだろう。

「そうです、私はレミアスの兄だ!」

 レミアスは叫ぶように答え、右手に巻きつけていた風を魔物に押し付けた。

『がっ!』

 油断していたのだろう。まともに攻撃を食らい、前足の力が緩む。その隙に、レミアスは転がるように魔物から離れた。

 はあはあと肩で荒く息をしながら、再び次の魔術を起こす。次は雷だ。

『くくく……、兄か。そうであった、あの娘は双子だったな。それでそなたはどうしようというのだ?』

 ほとんど攻撃が効いていないようだった。魔物は余裕の態度で、悠然とレミアスを見やる。

「それ位分かろうというもの。私はあなたを退治しに来たんですよ!」

 バチバチと右腕の雷が火花を散らす。

 それを、腕を真横に振って投げつけた。

『効かぬは!』

 バシン! と、皮の切れたような破裂音とともに、魔物の少し前で雷が消え失せる。

 それを見届けるや、レミアスは次の魔術を用意する。

『そなた、娘の兄ならば知っておろう。我に魔術は効かぬ』

「知ってますよ、それくらい! けれどやってみるだけです! 妹に手出しはさせません!!」

 ぎり、と奥歯を噛み締め、レミアスは叫ぶ。話には聞いていた。あの魔物に魔術は効かないと。

 しかし、まさかここまで無に等しいとは思いもしなかった。

 考えの甘さに焦燥を覚えながらも、ここまで来たからには成し遂げるしかない。何が何でも倒す。

「出でよ、雷蛇(らいじゃ)!」

 左手を地に向け、雷蛇を呼び出す。空気が揺れるような感覚がし、すぐ真横に二メートルはある大蛇が姿を現した。

「これなら、どうです。呪いの魔物!」

 レミアスは弓を射るような動作をし、そして射った。

 矢が飛ぶように、雷蛇が真っ直ぐに魔物目がけて飛んでいく。

『馬鹿にするな、小童(こわっぱ)が!』

 魔物が怒号の声を上げ、蛇が弾かれ、次いで魔物が飛ばした風の刃がレミアスに直撃する。

「!?」

 風の刃の威力に飛ばされ、十メートルばかり床を滑り、ようやく止まる。滑った後には、血が点々と大理石の白い床を飾った。

「……うう」

 右肩から左の脇腹にかけて切られ、地に臥したままレミアスは苦痛の声を漏らす。幸い致命傷には至らなかったようだが、傷は深い。

『ふん、大人しく娘を寄越していれば、死なずに済んだものを』

 魔物は煩わしそうに吐き捨てる。

 そして恐怖を煽るようにゆっくりとレミアスの方へと歩いてくる。

『今、楽にしてやろう』

「く……この……」

 このまま死ぬわけにはいかない。

 妹を死なせるなんて嫌だ。

 ただでさえ身体が弱くて外に出たことがないのに。どうしてこんな奴に命を奪われなくてはならないのだ。

 神官達がそのことに目を瞑る理由は知っている。

 こいつは呪いの魔物。

 殺せばただで済むわけがない。

 けれど、それでも。それで諦めるなんて出来ない。

 だってそうだろう?

 ここで諦めたら、妹を諦めることになるのだから。

(このまま死ぬなんて出来ないのに!)

 レミアスは悔しさのあまり目尻に涙を浮かべた。

 

「魔術が駄目なら、これならどうだ?」

 

 その時、ふいに涼やかな声が割り込み、そして、


 ――魔物の断末魔が神殿内に響き渡った。



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