番外編 鮮やかな花のような 1
ラドとエリオスが結婚後の話です。
神殿で手伝いを始めたラドが、女性の神官たちに慕われまくって、セクハラ親父を撃退する感じ……な短編を少し連載します。
あまあまーな雰囲気なので、ご注意ください(笑)
日が落ち、ランプの明かりが煌々と照らす中、神殿都市〈セイラン〉の、とある屋敷の主寝室で、ラドは衣装箪笥の前にいた。
あの魔物に受けた呪いを解く旅から日は巡り、ラドは二十歳になっていた。短かった髪は、胸元まで伸びている。この国の女性は基本的に髪を伸ばすのだが、ラドには邪魔なのでこのくらいにしていた。中途半端だと逆に邪魔くさいので、結べる程度が良い。
結局、エリオスの押しに負けて結婚し、神殿の敷地の外にある、クーファンド家の別邸に住んでいる。エリオスが信仰している神殿では結婚できるが、神殿敷地内に居を構えると風紀が乱れるので、所帯を持ったら、神殿の外でそれぞれ家を借りたり買ったりして暮らし、神殿に通う決まりだ。
それは初代の神殿長の系譜にいるクーファンド家も同じで、エリオスの母がまだ生きていた頃は、家族で住んでいた家なんだそうだ。
誰も使っていないからと、この瀟洒な屋敷に住むことになった時は、庶民のラドは引っくり返りそうだった。
やっぱりエリオスとは身分が違いすぎると恐れをなして、逃亡をくわだてたが捕まったのは割愛しておく。
昔着ていた旅装を引っ張り出して眺めていると、エリオスが帰ってきた。
「ただいま戻りました。ラド、そんな所で何をして……。もうっ、まだあきらめてないんですか、いい加減にしてくださいよ」
エリオスはラドの手にある旅装を見つけて、顔色を変えて駆け寄ってきた。文句を言いながらも、ラドの後ろから抱き着いた。
「おかえり。おい、暑苦しい。お前な、そんなに嫌なら、私の持ち物を捨てるか隠すかすればいいだろうに」
エリオスはいつかラドが旅に戻るのではと恐れているくせに、ラドから持ち物は奪わない。
「ひとの持ち物を勝手に処分しませんよ。ラドにとっては大事な物でしょう?」
「ああ、そうだな」
ラドは頷いた。皮肉は言うが、実際にされたら、エリオスと大喧嘩するだろう。グーで殴った後、家を出て行くかもしれない。
「何かあったんですか?」
エリオスは心配そうに問う。
由緒正しい神殿長の跡継ぎが、旅人と結婚するというので、神殿関係者や信者の一部からは猛反対を受けた。ラドが心ない言葉をかけられたこともあり、エリオスだけでなく、シグエンやレミアスもピリピリしていた。
クーファンド家からしたらラドは恩人なので、完全に守る対象になっている。彼らが結婚に反対していたら、そもそもラドだって根負けしていない。
「いや、することがなくて暇だから、また運び屋の仕事をしようかなって。大丈夫だよ、ちゃんと帰ってくる」
「なっ。あんな危ない仕事をお嫁さんにさせるほど、私は甲斐性なしではありませんよっ」
「だってお前、家事はするなって言うじゃん」
この小さな屋敷には家政婦がいるので、ラドはたまに料理をするか、裁縫をする程度だ。時間があるので、ちょっとずつ読書をしているものの、すぐに飽きてしまう。
結婚をきっかけに運び屋はやめたが、近隣の村に運んで戻ってくるくらいなら日帰りでもできるから、小遣い稼ぎにはいいかなと思ったのだ。家にいると体がなまるのも良くない。
「剣の稽古くらいしか趣味はないしな。でも、道場に通うのは嫌だって言うし。お前は家にはいないしさ。私にどうしろっていうの?」
「のんびりしていたらいいじゃないですか」
「そういうのは性に合わないの! 庭仕事だって、庭師がいるから、手伝おうとするとやんわりと遠ざけられるしさぁ」
たまっていた鬱憤を吐きだし、ラドはエリオスの手を掴んで抱擁から抜け出すと、ビシッと人差し指を突き出す。
「あんまり暇にさせると、浮気するからな!」
「んなっ、駄目ですよっ」
あからさまに焦った顔をして、エリオスは言い返す。それからふと冷静さを取り戻す。
「でも、ラド、相変わらず男嫌いなのに。浮気できるんですか?」
「浮気相手が男だと誰が言ったよ」
「女性!? ハッ、いや、しかしラドは女性にモテる……」
深刻な顔で、エリオスはぶつぶつと呟いている。
(嘘だよ、ばーか)
こういう時のエリオスはからかいがいがあるが、本人は大真面目なので、放置していると厄介なことになる。
「冗談だ」
これだけ言えば、家事を任せてくれるだろう。ラドは単純に考えていたが、エリオスの考えはそこから飛んだ。
「ラド、神殿で手伝いの仕事をしますか?」
「は?」
「そうですよね、家にいて、知り合いもいなくて……。私の考えが足りていませんでした。友人を作るならうってつけですし、それに帰ったらラドが家にいないのではと怖がらなくて済みますし、目が届くし、食事も一緒にできて。あれ? こんな素晴らしいことがあるなら、最初からそうしていれば」
「お前、なんでそんなに私が好きなんだよ。聞いてて恥ずかしいっつーの」
さしものラドも照れて、頬が熱くなる。
「まあ、でも、確かにいいな。知り合いを増やしたかったんだ」
一人で旅をしている時は、知り合いを作るのは嫌だった。あまっちょろいラドは、すぐに人の温もりを求めてしまう。そんな調子では生きていけないからだ。
だが、ここでエリオスと暮らしていくなら、もうそんな我慢はしなくていい。
「ラド、変わりましたね。前は他人に関わりたがらなかった。私はその変化が嬉しいです」
「お前達のしつこさに負けたんだよっ。ったく、ちゃんと責任とれよな」
「もちろんです!」
悪態をつきながらも、エリオスにうれしそうに抱き寄せられれば、ラドは大人しく腕に治まる。
「夕食、まだだろ。食事しよう。私も食べてない」
「待っていてくれたんですか? 気持ちはうれしいですけど、私に合わせなくて大丈夫ですよ。一緒にお茶でも飲んでいただけたら充分です」
「できる時だけだから、心配しなくても平気だよ」
そろそろむずむずしてきたので離れようとすると、エリオスがラドの鼻の頭にちょんとキスをした。
「ラド、今晩、いいですか?」
「……わざわざ訊かなくていい」
ラドはふいっと目をそらし、ぼそぼそと返した。