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六章 逆さま二人の旅は続く (完結)



 断崖の町サラエリへの急こう配の坂を、ラドは黙々と上っていた。その後を、馬の手綱を引きながら、エリオスがついていく。

「ラド、そろそろ機嫌を直してくださいよぉ~」

 後ろから聞こえてくるエリオスの弱った声を、ラドは無視した。エリオスは気にしないで続ける。 

「平手で一発殴ったんです、もう充分ではないですか、そろそろ怒りを治めてください。だいたい怒らないって言っていたのにひどいです」

「場合によるって言っただろ! 断りも無くキスしといてよく言えるよな」

 腹が立って、思わず振り返ってラドはエリオスをにらんだ。対するエリオスはにっこりと笑う。

「ああ、やっとこちらを見てくれました。あなたのそういう態度には慣れましたけど、傍にいるのに目すら合わせないって結構きついんですよ。怒っていていいので、もう少し構ってくださいよ」

「お前ほんと……ああもう!」

 ラドは頭を抱えて空を仰ぐ。

 どうも昨夜の件で吹っ切れたらしいエリオスは、ストレートな物言いになっていた。

 だが、ラドの方はそうはいかない。未だに混乱まっただ中にいる。

 レミアスの話で、エリオスがラドを好きだというのは知っていたが、もう会わないだろうと記憶の隅に置いていたこともある。加えて自分も知らない本音が、解呪という形にあらわれてしまい、どうしていいか分からなくて、怒る態度になっていた。

 自分から話しかけておきながら、何故だか照れているエリオスに、ラドは八つ当たりで文句を言う。

「照れるくらいなら言うな!」

「いえいえ、言いますよ。どうもラドは、はっきり言わないと分からないみたいですし、あいまいにしていると、どこかに飛び去っていきそうですし」

 エリオスは平然と返すと、気を取り直してラドをなだめる。

「そんなに怒らないでくださいよ。ラドだって、私が呪いを解く為に試したのは分かってるでしょう? ――ん? 断りも無くしたから怒っているのでしたら、ちゃんと断ったらキスしていいってことですか?」

 律義に質問するエリオスに、ラドは右の拳を固めた。

「……もう一発殴るぞ。今度はグーで!」

「すみませんでした、冗談ですからやめてください」

 赤くなっている左頬を右手で撫でながら、エリオスがすぐさま謝った。ラドは拳を引っ込めたものの、内心では疑問をつぶやく。

(冗談か? 結構マジだったよな……。こいつ、くそ真面目だから面倒くさいんだよな。適当に流しても、全部真面目に受け取るんだろうしなあ。厄介だ)

 ラドは改めて頭痛を覚えた。

 その場を逃れるために小さな嘘をついたとして、エリオスは「そうですか、では改善します」と言いそうだ。すると、真面目に対応しているエリオスを見て、ラドは自分の大人げなさに落ち込む羽目になる。これを厄介と言わずしてどうする。

 ラドはきっとまなじりをきつくすると、エリオスに人差し指を突き付ける。

「呪いは解けた。あんたが気にしてた責任も無くなった。もういいだろ、セイランに帰りな」

「いずれそうしますが、今、大事なのはそれではありません。全く可能性がないなら私も諦めますが、解呪できたのですから、その必要はありませんよね。私はあなたが好きなんです、ラド。傍にいたいのは当然でしょう。諦めて〈セイラン〉に一緒に戻りましょうよ」

「そして私に見世物になれと!? 神殿の皆は解呪の方法を知ってるんだろ?」

「えっ」

 ラドがずばり指摘すると、エリオスはきょとんとした。初めて気付いたという驚いた顔をした後、すっと目を逸らす。

「……いえ、知らないですよ」

「わかりやすい嘘をつくな」

 ラドはじとっと冷たい目でにらむ。

 いつもは笑顔で煙に巻くエリオスだが、予想外の質問には弱いらしい。金の髪をぐしゃりと掻く。

「私も忘れていたんです。でも、結果だけでも伝えないとレミアスが、ラドが死んだと勘違いして泣いてしまいますよ」

「……お前、私の弱点を理解し始めたな。ムカつく」

 苦い顔でラドは溜息を吐く。ラドはレミアスみたいな純粋な女性に悲しまれるのは嫌だから、レミアスを持ち出されると困る。

 だがエリオスは不満そうに返す。

「レミアスだと何でその対応なんですか。双子なのにひどいです」

「男か女かの違いだ」

「分かっていますが、ひどいです」

「もう、うるさい!」

 面倒くさくなったラドは手を振って、前を向き直る。そして歩みを再開した。

 急斜面をゆっくりと進みながら、ラドは自分の問題点を口にする。

「私には飲んだくれのクソ親父がいるが、家出したから身寄りはないぞ」

「はあ、それがなにか?」

「……そもそも私には信仰心なんてない」

「信仰は強要するものではありません。感じ取るものです」

 意外な返事だったので、ラドは思わず振り返った。

「お前、神官のくせに押し売りしないのか?」

「押し付けていったいなんになるのです。私達の信仰を尊重していただければ、それで構いませんよ。まさか誰かが押し売りしたのですか?」

「あんたんとこの神殿ではないよ」

 結構懐が広い神殿なんだなとラドは感心して、また前を向いた。あと少しで断崖の町サラエリの門に着く。

 ラドの態度が若干和らいだのを見て、エリオスは更に続ける。

「結婚したら、皆さんへの紹介や集会への同伴はあるかもしれませんが、ほとんどの仕事は神官のものなので、あなたに同じ事をしろなんて言いませんよ。家にいていいですよ。傍にいてくれたら、それでいいんです」

「……エリオス」

 ラドは額に手を当て、低い声で呼んだ。エリオスがぴたりと口を閉ざす。

「何で交際をすっとばして、結婚まで考えてるんだ」

「ラドとは一ヶ月以上旅を共にして、生活を共にできると分かっています。面倒くさい性格も理解しています。相性の確認をする必要もないでしょう。結婚して問題ありません」

「結婚は親が決めるものだろ。あんたみたいな坊ちゃんなら尚更」

 疲れのにじんだ声で、ラドは指摘する。

 こういうことは、どちらかというと金持ちのエリオスの方が気にするのだろうに、どうして旅人に過ぎないラドが気を遣わなくてはいけないのかと甚だ疑問である。だが諦めさせるためだから仕方がない。

「うちは自由恋愛主義なんです。それに身分は平民ですし、お金には困っていないので、持参金目当てで令嬢と婚姻する必要もないですし……。そもそもレミアスの命の恩人であり、私を助けたあなたなら父は喜びこそすれ、反対はしないでしょう」

「……」

 確かに、エリオスの言うことは一理ある。

 ラドがシグエンと同じ立場だったとして、子どもを助けてくれた恩人を無下には扱わないだろう。しかもエリオスとそっくりな、責任にうるさい真面目な男がその親だ。

「――とにかく、だ。私はお前と付き合う気も結婚する気もないし、セイランに戻るつもりもない。レミアスに結果を伝えにとっとと帰れ」

「帰りませんよ。では手紙で伝えておきますね。いやあ、説得のしがいがありますよ」

 しれっとした態度で返すエリオス。

 ラドはさっさと坂道を上って、門の前に立った。

「お前とはここでお別れだ。じゃあな」

「待ってください、ラド!」

 エリオスの制止を無視して門へと進み、通行税を払って町に入ろうとしたラドであるが、門番に呼び止められた。

「おい、運び屋の兄ちゃん。あっちの連れの通行税も払ってくれ」

 男装しているせいで、男と勘違いされているようだが、ラドは訂正せずに返す。

「あいつは連れじゃな……通行税? そいつ、金持ってるだろ」

 訳の分からない内容に、ラドは眉を寄せる。するとエリオスは苦い顔をして謝った。

「……すみません。財布を落としたみたいなので、お金を貸してください。今度、食器の弁償とまとめて払います」

「お前……ほんっと、ああもう! 腹立つ!」

 真面目なくせに、変なところで抜けているのだ。そのせいでなんだかんだと文句を言いつつも放っておけず、気が付けばラドは彼の世話を焼いている。

 門を通り抜けたものの、一文無しのエリオスを放り出すわけにもいかず、ラドは渋々行動を共にすることになった。

 そんなラドを見て、エリオスはにっこり笑う。

「やっぱりラド、私のこと、だいぶ好きですよね」

「……お前はやっぱり疫病神だね。間違いない」

 ラドはうめくように返して、大きな溜息を吐いた。

 旅が終わるまであと少しだなんて知りもせず、次はどの辺りで別れようかなどと考えながら。

 


 ……終わり。




 本編は完結です。

 なんか第三部だけ短くなってしまいました。

 疫病神に始まり、疫病神に終わる。みたいな感じにしてみましたよ。


 その後のお話を番外編でまったり更新したいと思ってます。そちらでちゃんとくっつけばいいけど、ラドがツンツンしてるからどうでしょうかね。

 

2018.2/28

 改稿するのはやめました。この作品は、このままにしておきます。

 気が向いたら、番外編を書きますね。

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