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一章 新たな連れ



 太陽がオレンジ色に輝き始めた時分、ラドはようやく今日の野宿場所に着いた。

(夕方に着けて良かった)

 荷運びを引き受けた商会で山小屋があると教えてもらったが、説明よりも遠くにあったのでやきもきしていたところだ。焦って、適当な木の下を野宿場所に決めなくて良かった。雨が降り始めたので、屋根がある方が助かる。

 だが安堵したのも束の間、山小屋には先客がいるようだった。窓から明かりが漏れている。念の為に腰の剣を意識して警戒しつつ、扉をノックして呼びかける。

「すみません!」

 声が聞こえたのか、中で物音がして、扉が開いた。大柄で太い眉毛が目立つ茶髪の男が顔を出す。

「どうした、何か問題か?」

 外を見回す男。

 ラドは山小屋での宿泊を即決で諦めた。こういういかついタイプの男は特に嫌いだから二人きりなんてごめんだ。苦笑いを浮かべ、用件を話す。

「あ、いえ。私は旅の者です。〈セイラン〉の商会でこちらを利用していいと言われたんですが……やっぱりいいです。失礼したね」

「あら! 私達も旅人なのよ!」

 男の後ろから、鼻の辺りにそばかすが散った茶色い髪の女が顔を出した。あどけなさといい、男よりも年下のようだ。十代後半くらいに見えた。

「アナベル、良いと言うまで後ろにいろと言ったろ」

 男が苦言を口にすると、アナベルはしかめ面をする。

「何言ってるの、兄さん。後ろにいるじゃない」

「…………」

 もっともなことを言って、男を黙らせると、アナベルはこちらに歩み寄ってきた。

「どうも初めまして、私はアナベル。で、こっちは兄のグラン。(ベア)なんてあだ名があるけど、気にしないで。こう見えて優しい人なの」

「そう、アナベル。親切に教えてくれてどうも。だけどやっぱりやめておくよ。私は裏の馬小屋を借りることにする。邪魔してごめん」

 例え妹だろうと、二対一では何かあった時に対処しづらいと踏み、ラドはきびすを返す。

 だが、グランに呼び止められる。

「待て。春だがこの辺りは朝方は冷えるんだ。それに雨が降ってる。警戒するのは良いことだけど、俺達は善良な町民だ。行商の帰りでね、イグリッツの方に戻る所なんだよ」

 ラドは溜息とともに振り返る。

「本当に善良なら、自分で善良なんて言わないだろ」

 前にエリオスともこんな会話をしたなと思い出す。だがまあ確かに、グランはエリオスと違って純朴な若者に見えた。少なくとも策士ではなさそうだ。

 グランは困った顔をして後ろ頭をかく。

「そうだけどなあ。この山小屋は俺達の持ち物じゃないし、先に来たってだけで占領するのは気がとがめる。善き行いも悪き行いも自分に返ると言うだろう? どうか俺達を助けると思って、中で休んでくれないか」

 彼は左胸に手を当てて宣言する。

「神に誓って、悪さはしないよ。なあ、アナベル」

「ええ、神に誓って」

 アナベルはにっこり微笑んだ。

 ラドは二人を見比べる。

「なるほど、あんた達、花祭りの帰りかい?」

「ええそうよ! 祭りでは物がよく売れるの。皆、財布の紐が緩むからね。警戒すべきはどちらかと言えば私達じゃないかしら? あなた、お金をあんまり持ってなさそうだもの」

 アナベルがずけずけと言うので、グランがアナベルの名前を呼ぶ。

「アナベル!」

「ごめんなさい、兄さん。でも、お金あるの?」

 ラドは肩をすくめる。

「そこであるなんて答える馬鹿がいるのか? 泥棒の良いカモだ。――よし、いいよ。私もご一緒させてくれ。あんたも大変だなあ、こんなに世間知らずな物言いじゃ気苦労が多そうだ」

「あんなだが、金の扱いは上手いんだ」

 疲れをこめて返し、グランは中へ戻る。

 ラドも続いて中へ入り、戸口からすぐの所で部屋を見回す。山小屋は奥にある石造りの暖炉以外に目に付く物はない。アナベルが火にかけている鍋からの良いにおいと、木のにおいが混ざり合っている。

 兄弟が暖炉傍を陣取っていたので、ラドは出入り口に近い隅を使うことにした。距離がある方がお互いにとって良いだろう。

 本当に危険がないことを確認すると、ラドは扉を閉めた。

 背負っていた荷物を下ろし、中から水筒とサンドイッチを取り出す。そして壁に背を預けて座る。

「はい、どうぞ」

 アナベルが野菜の入りスープの器を渡してきたので、ラドはきょとんと器を見下ろした。

「……なに?」

「幸運にも居合わせたからお裾分けしてるだけよ?」

 まるでそうするのが当然みたいなアナベルの態度に、ラドは困惑したが、スープは良い香りだし断る理由もないので器とサジを受け取った。

「……ありがとう。でも幸運にもって何?」

「えっ? ああ、イグリッツの商人の間に広まってるおまじないみたいなものよ。富は分かち合うもの、相手が旅人なら尚良しってね! 私達の徳が各地に広まるってことよ」

 アナベルはウィンクして、暖炉の傍に戻った。ラドはさっきのグランの発言を思い出した。

「えーと、つまり『善き行いも自分に返る』?」

「そうよ!」

 アナベルが明るく答える。

(この人達、随分と信心深いんだな……。エリオスのところの神殿が、そんな感じの教えを口にしてた。あそこの信徒か)

 ラドは頬をかく。

「だけど、返すものがなくて悪いな」

「大丈夫。少なくとも俺達の気分は良くなった。親切は回り回って自分に返るから、他人に施すのも結局は自分の為なんだよな。どうだい、気が楽になったか?」

「とっても。あんた達は良い人みたいだね」

「さっきそう言っただろ」

 グランは笑い、アナベルもクスクスと微笑んでいる。

 ラドは微かに笑みを浮かべ、スープを飲む。ベーコンの塩味と根菜の旨味がよく効いていておいしい。

「美味いな」

「どういたしまして。良かったら名前を教えてくれる?」

 アナベルの問いに、ラドは迷わず答える。

「ラドだよ。運び屋の仕事をして旅をしてる。よろしく」

 遅れての挨拶をすると、兄妹は「よろしく」と声を揃えた。



 念の為、その晩は荷物を抱え込んで座ったまま寝たラドだが、かの兄妹が変な動きを取ることはなかった。

 翌朝には雨が上がり、天気が変わらないうちに出立しようと、ラドは二人に挨拶する。

「では私はもう行くよ。今朝もスープをご馳走さま。良い旅を」

 荷を背負い、今にも山小屋を出ようとするラドをアナベルが呼び止める。

「待って、ラド」

「何?」

「ねえ、あなたって女の人よね?」

 アナベルの質問に驚いたのは、ラドではなくグランだった。

「え!?」

「気付いてなかったの? 兄さん」

 呆れ顔のアナベル。グランは「当たり前だ」と言って、ラドをまじまじと眺める。

「ひょろっとした男じゃないのか?」

「兄が失礼なことを言ってごめんなさい」

 思い切りしかめ面をしたアナベルは、グランの脇腹を小突いてからラドに謝る。

「いや、男に見えるようにしてるんだから、そっちの方がありがたい。よく分かったな」

「本当に!?」

 すっとんきょうな声を上げるグランを無視し、アナベルが頷く。

「女の勘をなめちゃ駄目よ」

 ふふんと自慢げに言うと、アナベルは問う。

「あなたもイグリッツに行くんでしょ? 方向は一緒だし、荷台は空。良かったら乗せてってあげるわよ」

「おいこら、アナベル。何を勝手に……」

「駄目なの?」

「いやそれは構わないが」

 グランはしどろもどろに答えながら、やはり疑わしそうにラドを観察している。やがて諦めたように大きく首を横に振った。

(そこまで女に見えないか? ここまでされると流石に腹が立つな)

 男の振りをしている身としてはありがたいが、女を捨てた覚えはないので複雑な気分だ。自然と目つきに険が混ざる。

「好意は嬉しいが、過剰な親切は負担になるんでお断りするよ。じゃあ……」

 今度こそ出て行こうとしたが、アナベルが左腕にしがみついてきた。

「待って! 兄がひどい態度を取って怒ったんだったらごめんなさい。これは親切じゃなくてね。――兄ってこの通り、むさいでしょ」

 アナベルの問いに、ラドはちらりとグランを見る。そして意趣返しに大きく頷いた。

「その通りだね」

 うなだれるグランを放置して、アナベルは弁解する。

「一ヶ月も兄と二人で、そろそろきっついの。イグリッツまで馬車で三日かかるのよ。女の人が一緒なら、気持ちが和やかになるわ」

「それで同乗しないかと?」

「そうよ。運転は兄がするから、荷馬車には私とあなたの二人。おしゃべりしたら楽しいと思わない?」

 アナベルの頼みは随分と自分本位なものだったが、男嫌いのラドにはアナベルの気持ちはとてもよく分かった。ラドは問う。

「乗車賃を取るつもり?」

「まさか! 話し相手が欲しいの。むしろ毎回食事のスープをお裾分けするわ。どうかしら?」

「よし、乗った! よろしく頼む、アナベル」

「交渉成立ね、こちらこそよろしく、ラド」

 ラドはアナベルとがっちりと握手を交わす。

 アナベルが離れると、ラドはグランを横目に見やる。

「ところで、お兄さんに許可を取らなくていいのか?」

 アナベルはにっこりと微笑んだ。

「さっきオーケーしたじゃない」

「もう好きにしてくれ」

 グランは諦めたようにそう言った。


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