序章
この丘からは、すでに遠く離れた〈セイラン〉の街がよく見えた。
白銀の花がけぶるように咲いている。
不思議と、距離があく程に、幻想さが増していく。ここから見ると、まるで夢のような美しさだ。
(あいつ、大丈夫かな)
ラドはふと別れ際のエリオスの様子を思い出した。
まだ怪我が治りきっていないのに、無理をしていたから熱を出したのだろうが、きっとすぐに良くなる。
ラドは微苦笑を浮かべる。
もしかして、振り返ったらエリオスが追いかけてきているかもしれない。そんな風につい探してしまっている自分に。
〈セイラン〉に着くまでの旅は、先を急ぐラドと、責任と騒いで後を追うエリオスという形で成り立っていた。
振り返れば、いつも後ろにエリオスがいた。
今のラドの旅の供は、自分の影一つ。
(こんなに道は広かっただろうか。これだけ歩むのに、こんなに時間がかかったかな。今までどんな風に旅していたっけ)
好き勝手話しかけてくるエリオスのせいで、徒歩の旅の間、あまり退屈しなかった気がする。
うるさいとか、静かにしろとか、そんな暴言ばっかり返していたが、涼しい顔をして受け流していたエリオスの顔を思い出して、なんだか少し腹が立った。
(何で私があいつのことなんか思い出して、感傷に浸らなきゃいけないんだ。ようやく一人に戻れたんだ、ありがたく思わないと)
眉間に皺を刻み、ラドは心の中で呟く。
しなくてはと思う程、いつの間にか馴染んでしまっていたことに気付かないふりをする。
〈セイラン〉の町を眺めて、ラドは別れを告げる。
「さよなら」
もう二度と、彼らには会わない。
美しい思い出があれば、孤独な旅を続けていられることをラドは知っていた。
この空虚な感覚も、時がたてば薄れて埋まることも。
ラドは街に背を向けて、次の街へと再び歩き始めた。