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八章 呪いを解く鍵



 エリオスが目を覚ましたのは、その日の夜中だった。

 喉の渇きに、水を飲もうと起き上がると、ベッドの横にレミアスがいてベッドに上体を預けて寝入っていた。

「レミアス……?」

 何故ここにレミアスがいるのだろうかと考える。そういえば書庫ではなく自室にいた。

 ひとまず水を飲むことにして、サイドチェストの上の水差しに手を伸ばすと、その振動でレミアスが起きた。

「ん……? あ、兄様!」

 パッと勢いよく起きたレミアスは、何故か、途端に泣きだした。

「ど、どうしたんですか、レミアス。具合が悪いんですか?」

「違うんです。ラドが……出て行ってしまいました」

「え?」

 泣きじゃくるレミアスを、エリオスは呆然と見る。

「何故? ラドにはそんなそぶりは無かったはず」

「コーエン様が、呪いが解ける見込みは低いとおっしゃって、それを聞いたラドは最後の旅に出ると……。ラドから伝言があります」

 レミアスはうつむいたまま、エリオスにラドの言葉を伝えた。

「そうですか……」

 エリオスは大きな溜息を吐く。

 共に旅をしてきたからよく分かるが、ラドは思い立つと行動が早い。それは美点だが、こんな時くらい遅く動いてもいいのにと思ってしまう。

 エリオスは水差しからグラスに水を注ぎ、勢いよく飲み干した。

「それで、私はいったいどうしたんですか? 確か書庫にいたはずですが」

「無茶なさるから、熱を出して寝込んでたんですよ。他の者の話だと、ラドが背負って運んできたとか……」

「背負う?」

 無理をとがめるレミアスのチクチクした視線より、ラドに背負われて運ばれたという事実の方がエリオスにはこたえた。

(好きな女性に何をさせてるんだ、私は……)

 自分が頼りないのか、ラドが女性にしては頼りがいがありすぎるのか。だが今回は、体調に気付かなかったのだから自分が悪い。

「そうですか、気を付けます」

 見てみるとエリオスが着ているのは普段着のようなので、エリオスはベッドから降りると、上着を羽織った。ランプを手に取って、部屋を出ようとするエリオスを、レミアスは心配そうに見る。

「もう起きていいの? 兄様。せめて朝になってから出かけてはどうかしら……」

「出かけませんよ、書庫に行きます」

「えっ? ラドを追いかけるのではないの?」

 返事するなり部屋を出るエリオス。レミアスが驚いた様子で追いかけてくる。

「どうして追いかけないんですか? ラドは私の言葉は聞いてくれなかったけど、兄様なら話は別のはずだわ」

「無駄ですよ、レミアス。あの頑固者が、男の私の言う事なんて聞くと思いますか? 私に出来るのは、呪いを解く鍵を見つけることです」

「でもでも、今から追いかければ、もしかしたら追いつけるかもしれないのに! もう! ラドも兄様もひどすぎます! 情はないの? 互いへの思いやりは?」

 レミアスはエリオスの前に回り込み、涙目でなじる。

 エリオスはやんわりと首を横に振る。

「あのですね、レミアス。何か誤解しているようだから一応言いますが……。ラドはとてつもなく男嫌いなんです」

「? よく分かりません」

「私が男だと分かった後、恐ろしい目つきで睨まれました」

「それも分からないわ。ラドは優しい人でした」

「うん、だからね、女性には優しいんですよ」

 エリオスの説明を聞いても、ラドからの対応が優しく親切なものだったレミアスは首を傾げるばかりだ。

「そんなラドが、別れ際に私に伝言を残してくれました。随分進歩しました。ありがたいことだと神に祈りたくなります」

 エリオスは噛みしめるように言う。

「彼女のことだ、伝言もなく立ち去ってもおかしくない。それが伝言……! それなりに情を持ってくれたんだなと嬉しいです」

「ごめんなさい、兄様の言ってることは、やっぱり私にはよく分からないわ」

 怒るどころか感謝までしているエリオスを、レミアスは怪訝な顔で見つめる。

「いいんです、分からなくても。それは友情かもしれないけれど、私は嬉しい。私が持ってる情は、レミアスには分かっているでしょう? だから書庫に戻ります」

「分かりません! 好きなら尚更、追うべきです!」

 レミアスはエリオスの前に立ちふさがり、頑迷に否定する。

 エリオスはやれやれと肩をすくめ、微笑みを浮かべる。

「レミアス、私はラドを助けたいんですよ。追いかけて説得する時間も惜しい。私が今すべきことは、書庫で呪いを解く方法を探すことです。私はラドと共にいるよりずっと、ラドに生きていて欲しいんです」

「兄様……ラドのことをそんなに……」

 レミアスは涙を袖でゴシゴシと拭う。そして、大きく頷いた。

「でしたら私も手伝います!」

 エリオスは嬉しく思って微笑む。

「助かります、レミアス。それに、別に無理に探さなくても、ラドの居場所なんて魔術を使えばすぐに分かりますよ」

「えっ?」

「私はラディアという真実の名を知っているし、あの魔物の呪いがある。そもそも名前を教えた時点で、私から逃げるなんて到底不可能です」

 にやりと笑い、エリオスはきっぱりと言い切った。レミアスの視線が冷たくなる。

「だからそうも余裕なんですね。だったら最初からそう言って下さい。お父様と同じで、お話が回りくどいんですから」

 そっぽを向くレミアス。エリオスは心外だと否定する。

「ちょっと、父さんと一緒にしないで下さいよ」



 それから、エリオスとレミアスは書庫にこもった。

 ラドが出ていってから、あっという間に三日が過ぎ去った。

「ふう、この本にも書いてませんね」

 エリオスは分厚い革製の本を横に置いて、リストに書き込んでいた本のタイトルに斜線を引いた。

「ここにもありません。呪いにこんなに種類があるだなんて思いもしませんでした」

 レミアスも溜息を吐いた。

 それでも資料はまだ残っているから、希望だけはある。それだけを支えにして、双子は本を探していく。

 そこへ、女性神官達が顔を出した。レミアスと親しくしている三人の女性神官――ケイリー、ミリア、ルーシーだ。

「頑張ってるわね、二人とも」

 ケイリーが小声で挨拶すると、エリオスは本から目を離さずに頷く。

「ええ、だから邪魔しないで下さいね」

「うわっ、感じ悪いわね! 手伝いに来たのに」

「え?」

 エリオスはようやく本から顔を上げた。三人だけかと思ったが、その後ろにあと二人、男性神官がいて片手を上げた。

 赤毛のルーシーが、悪戯っぽく微笑む。

「祭りの担当日が終わって休みになったから、手伝うわ」

「エリオス君の恋のお相手だもの~。頑張っちゃうわよ、私達~」

 ミリアが可愛らしく笑って言い、他の四人も頷く。エリオスの顔が朱で染まる。

「なっ、なっなっ、何でそれを……!」

「あらあら動揺しちゃって。分かりやすすぎるのよ、坊ちゃまったら」

 ケイリーが指先でエリオスの額を小突く。

「そうそう。あんなあからさまに熱い視線をぶつけていたら、普通は気付くよねえ。あの剣士さんはびっくりの鈍感さだったけど」

「ねー」

 ルーシーとミリアはそう言い合って、ひそやかに笑う。男性神官達も大きく頷いた。

「家族同然に一緒に育った俺達が、気付かないわけないだろ」

「真面目すぎるからか、分かりやすいんだよなあ、お前。でもまあ、好きな相手が死にそうだから助けたいって気持ちは分かるから。手伝うよ。その代わり、後で何かご馳走しろよ?」

「分かりましたから、それ以上、何も言わないで下さいっ!」

 エリオスはたまらず声を張り上げた。

 そしてここが書庫だと思い出して、口を両手で覆う。

 だが慌てているのはエリオスだけで、他の面々はマイペースに本棚の方に向かう。

「で、どこまで終わったんだ? 教えてくれ、レミアス」

「こちらですよ。手伝ってくれて嬉しいです、ありがとう。ヨネトさん、ロディさん」

 レミアスに礼を言われて、相好を崩している男性神官達に、エリオスは咳払いで牽制しておいた。



 人手が一気に五人も増えたことにより、作業のスピードは格段に上がった。

 それでも、分厚い本にびっしりと小さな字で書かれている中から、該当する文を探すのは一苦労だ。

 結局、それらしい手がかりを見つけるのに、更に二日かかった。

 きっかけは、ケイリーが声を上げたことによる。

「あ――っ!」

 私語厳禁の書庫に、ケイリーの声が響く。

 他の書庫利用者が冷たい視線をぶつけてくる中、ケイリーはページの一ヶ所を指差して、興奮気味に言う。

「これよ、見つけた! 『呪いの魔物についての述』」

「見せて下さい!」

 差し出された本を、エリオスは飛びつくように受け取って目を通す。

「この魔物からの呪いは、満月の日に――。次の満月っていつです!?」

 鬼気迫る顔のエリオスの問いに、詰め寄られたミリアはのけぞりながら考える。

「え、いつだろ」

「五日後じゃないか?」

 男性神官の一人が代わりに答える。

 エリオスは解呪の法を大急ぎで羊皮紙に書き込むと、それを手にして席を立つ。

「急いで出ます。すみません、後片付け、よろしくお願いします」

 珍しくもバタバタと騒がしく立ち去るエリオスに、レミアスらは声を掛ける。

「はいっ、任せてください!」

「頑張ってね~!」

「約束忘れんなよーっ!」

 エリオスの姿が見えなくなると、彼らは顔を付きあわせて話し合う。

「しかしあいつ、この方法で解呪出来る自信があるのか?」

「さあ、まさか愛がないと解けないなんて。両想いじゃないと駄目だって書いてあるわよ、これ」

「あの二人って両想いなの? レミアス」

 皆の視線が集中する中、レミアスは苦笑して首を傾げる。

「うーん、兄様の片思いな気がします……」

 皆、気まずげな顔をして、それぞれ本の片付けに取り掛かる。

「まあいいわ、奇跡が起こるのを祈りましょう」

「そうだな。これで一緒に戻ってきたら、お祝いしてやろうぜ」

「エリオス君が真っ赤になって怒りそうだけど、面白そうだからいいわよね」

 口々に無責任に呟いたが、それぞれの顔には淡い期待が浮かんでいる。

 そんな中、レミアスはエリオスが出ていった方を見て、両手を組み、兄の旅に加護があるようにと祈りを投げた。



 第二幕はここで終わりです。



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