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五章 再会



 収穫祭でごったがえす〈セイラン〉のメインストリートを、ラドはレミアスと共に歩き回った。

 最初こそ不安げな面持ちをしていたレミアスだが、半刻もすると場の空気に慣れたのか楽しそうに笑みを浮かべ始めた。とはいえ、庶民のように口を開けて笑うことはせず、微笑みという表現の方が正しい。口元に手を当てて、ほんのりと笑う様は白銀の花に劣らず綺麗だ。

 そう感じたのはラドだけではないようで、通りすがる男達が何人もレミアスを振り返り、屋台の親父は美人を目の前にしてデレデレとしてオマケをくれ、(これはラッキーだと思った)、酔ったふりをして話しかけてくる青年もいた。

 軟派目的の面倒な男については、ラドが言葉で切って捨てているので問題ない。しつこい輩には、鉄拳をくれてやった。

 ラドが人混みに疲れ、レミアスが歩き疲れた頃、休憩の為に公園に寄った。すると休憩所代わりに置かれたベンチが全て埋まっていたのに、一つがすっと空いた。レミアスが「どこもあいていないですね」と困った顔で小さく溜息を吐いた瞬間、その呟きを聞きつけた若者達ががばっと立ち上がってベンチを一つ譲ってくれたのだ。「まあ、ありがとうございます」とレミアスがおっとり微笑めば、若者三人は天にも昇るような表情でのぼせあがり、しきりに神に感謝を捧げながら去っていった。

 レミアスすごい。

 美人すごい。

「親切な方が多いんですね」

 なんて微笑んでいる、その鈍感さもすごい。

 多分、対レミアスのみの親切ぶりだと思う。

 ほわほわと、ここだけ花が舞っていそうな不思議と緩やかな空気の中、ラドは呆れるやら感心するやらである。

 これ幸いとレミアスの隣に並んで座って足を休め、人波を眺める。

 明るい喧騒の中、ラドもレミアスも何となく黙っていた。しかしそれは居心地の悪い沈黙ではなく、心穏やかな沈黙だ。

 しばらくした後、レミアスがラドの名を呼んだ。そちらを見ると、満ち足りて幸せそうに微笑んだレミアスが静かに口を開く。

「ラド、今日は私にとって、人生で特に輝いている日だと思います」

「……そう」

「私の病を払ってくれたばかりか、お祭りにも連れてきて下さって、本当にありがとうございます。あなたは私の恩人で、新しい物を見せてくれるびっくり箱みたいな方だと思います」

「びっくり箱?」

 悪戯っぽく微笑むレミアスの美しい顔を、ラドはきょとんと見た。

「えーと、それって褒め言葉なのか?」

「もちろんです。あ、仕掛け絵本の方がよかったですか? 部屋にいても違うものを見ることが出来るので、私、びっくり箱と仕掛け絵本が大好きなんです」

 ふんわりと微笑むレミアス。

 ほとんどベッドの上で過ごしていたレミアスの言葉だ、目新しく感じるものがそういう物しかなかったのだろう。びっくり箱はともかく、仕掛け絵本というのが何なのか、ほとんど日雇い生活の平民であるラドには分からなかったが。そもそも、紙は高価なものであり、簡単な字が読める程度のラドでも本とは無縁だ。そんなものを買う金はないし、それだけの余裕があるなら食費かちょっといい宿に泊まるなどで使うだろう。

 それはともかくとして、レミアスが好きな物をあてはめることで褒め言葉にしているらしいと分かったので、ラドはつられて微笑んだ。

「そっか。こっちこそありがとな、レミアス。そんな風に褒めてもらえたのは初めてかもしれない。出来れば、物じゃなくて友達っていう表現にしてくれると、もっと嬉しいんだが」

 ぽろりと呟いた言葉に自分で驚いて、ラドは口元にバッと手を当てた。

 ――友達?

 何を言ってるんだろう。人との関わりに恐怖し、最低限しか関わらないようにしていたのに、いつからそんな甘いことを考えるようになったのだ。

 自分の変化にぐるぐると目を回す。

 神官達の雰囲気に流されているのかもしれない。それとも責任感の強いあのお坊ちゃん神官にほだされてきているのか。

 ラドはぎゅっと目を閉じる。

(――だって、仕方ないだろう。こんな、無条件の好意、私は知らない)

 幼い頃に亡くなった母親の遠い慕情と、師匠の厳しさを含んだ親愛くらいだ。友達というものに憧れていた時期はもちろんあったが、それだけだったはずだ。

「どうかしたのですか? 顔色が悪いです」

 そっと伸ばされたレミアスの手が、急に怖くなった。ラドは思わず身を引いて避ける。すると、レミアスが目を丸くし、少し傷付いたような顔になった。ラドは慌てて弁解する。

「悪い、なんでもないんだ。人混みにあてられたんだろう。すまないが、そろそろ帰らないか?」

「もちろんです。そうしましょう」

 心配そうにほんのりと眉を下げたレミアスは、すぐに席を立った。


 ――やっぱり、ここは場違いだ。


 微かに感じていた違和感が、急激に膨れ上がったような、そんな気がして、ラドはレミアスの後に続きながら、ぐっと胸元の服を握り込んだ。


       *


 神殿に帰ったラドは、レミアスと共に玄関口からホールへと入った。外の明るさとホールの薄暗さとで一瞬、視界が眩んだが、目を細めてやり過ごす。

 そこで初めて、ホールの端でシグエンと話している女性を目にとめて、ラドは左の薄茶色の目を驚きに染めた。女性は腰に黒鞘の長剣を剣帯し、濃緑色のマントを身に着けている。肩のラインで切り揃えられた赤い髪は燃えるような色で、吊りがちな緑目は鋭く、口を赤で彩っている、二十代後半の美女。左頬にざっくりした切り傷があっても美しさは損なわれず、むしろ女性の獅子のような鋭い空気に花を添えていた。

「……ラド?」

 足を止め、女性を凝視するラドを、レミアスが怪訝そうに見る。

 シグエンと女性は視線に気付いてこちらを向く。女性は緑の目を僅かにみはり、口元にかすかに笑みを浮かべた。そして、気安く右手を挙げてみせ、ラドに声をかけてくる。

「こんな所で会うなんて奇遇だね。久しぶり、ラディア」

「師匠っ!」

 ラドは、表情に乏しい顔に、シグエンやレミアスが驚くほどの輝かしい表情を浮かべた。そして、即座に女性に向けて駆けだす。

「師匠……! お久しぶりですっ!」

 ほぼ女性の間合いまで入ったラドは、笑みを浮かべたまま師匠――オーラクシル・コーエンが鞘入りの剣を横に薙ぐのを、床に伏せてかわす。

「相変わらずです、ねっ!」

 スカートではあったが、お構いなしで右の足で蹴りを放つ。それをオーラクシルはひらりとかわす。

「よし、なまってないようだね? 初撃を受けていたら、訓練のし直しをするところだよ」

 オーラクシルは満足げに目を細めて笑い、戦闘モードを解除する。ラドもまた自然体に戻り、笑いを返す。

「やっぱりまだまだですね。かわされてしまうなんて……」

「スカートでそんなことをするんじゃないよ。しっかし珍しいね、お前、女々しいのは嫌いだって言って、スカートは断固拒否だったろ? 弟子にした後、持ってた服をとっとと古着屋に売っていたし」

「男になめられるのなんか御免です。これはこちらの御令嬢と出かける際に、神官の方達に無理矢理着せられただけです」

 ラドが飄々と返すと、オーラクシルはからからと豪快に笑う。

「男には手厳しい癖に、女の好意には弱いものな、お前」

 ラドは大真面目に頷いた。

「女性と子どもは保護すべき対象であり、男はとっとと滅ぶべき存在です」

「こらこら、待ちなさい」

 シグエンが疲れたように口を挟んだ。頭が痛そうにこめかみに指を押し付けた後、しばし沈黙してからオーラクシルを見る。

「色々と言いたいところだが、とりあえず、コーエン殿、ラドさんとお知り合いなのですか? 弟子とは……?」

「ああ、この娘は、あたしが唯一とった弟子だよ。もう一人立ちしてるけどね。一年ぶりだっけ?」

「はい。十六の年の星誕節以来なので、正確には一年半ぶりくらいになります」

 ラドがオーラクシルに拾われたのは十三歳の時だ。十六の成人の日までという約束で弟子入りしたので、三年の間、オーラクシルと共にいたことになる。

「師匠がシグエン殿とお知り合いなことの方が驚きです。そういえば、オルトネアの戦地はどうなったんです?」

 隣国オルトネアとの戦争に傭兵として参加するとオーラクシルが言い、そこで別れたきりだ。

「もちろん勝ったからここにいるんだよ。まあ、戦といっても、国境際での小競り合いだったけどね。守りきったからこっちの勝ちだ」

 オーラクシルはにぃと歯を見せて笑う。空気がぴぃんと凍えるように冷えた。笑っただけで空気を凍りつかせるのは相変わらずである。

「シグエン殿にはだいぶ前に、一度、祭り中の警護として雇って頂いてね。その時からの知り合いだ。この御仁、酒が強くってね。勝負したんだよ。どっちも潰れて引き分けだ!」

「それはすごい。ウワバミですね」

 酒場泣かせの酒豪だというのに、それで引き分けなんて。なんて恐ろしい……。

「よーし、ラディア! この後、一緒にひとっ風呂浴びて、酒場に行くよ! 付き合え!」

「え!? ちょっと待って下さい、着替えを取ってきます!」

「別にいいだろ、そのカッコでも。酒場の男ども、片っ端から落としてこい!」

「嫌ですよ! 地面に沈めるのなら、喜んで叩きのめしますが。だいたい、酒場に行くのにスカートだなんて、立ち回れないでしょう! 師匠、酒場に行くと、ぜーったい問題を起こして喧嘩になるんですからっ」

 ラドは眉を吊り上げてきっぱり返すと、シグエンとレミアスに軽く挨拶をしてから、与えられている客室に走った。



「――ふん」

 ラドが立ち去ると、オーラクシルは陽気な態度から冷めた態度へと一気に変わった。気に食わないというように、鼻を鳴らす。

「ちょっといいかい、シグエンの旦那」

「なんですか?」

 オーラクシルの変化をおやと思いつつ、シグエンは落ち着いた態度で返す。

「男嫌いにして人嫌いが神殿で厄介になってる理由を是非聞きたいね。あの包帯は何なんだい? まあ、神殿関係となると、魔物か瘴気絡みなんだろうけどさ」

 シグエンは言うか言わざるべきかを黙考する。幾ら師とて、踏み込んだことを話すのは信用に関わる問題だ。

「弟子の近況くらい知りたいもんだ。脅して聞きだしたってことにしておくから、教えてくれないか」

 緑の目が、厳しさを含んでシグエンを見つめる。隣りに佇んだレミアスが、戸惑ったようにこちらを見上げてきた。

 シグエンはオーラクシルの強い視線の中に、ラドを案じるものを感じとり、躊躇いは消えた。

「いいでしょう。――まずは、この、私の娘が魔物に見初められたことから始まります」

 そして、シグエンは静かに語りだした。



 オーラクシルて、もしかしたら断片の使徒の登場人物であるフランジェスカの原型なのかもしれません。無意識に似てる感じで書いてる。

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