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一章 家族



 甘ったるい香りが鼻腔(びこう)をくすぐった。

 エリオスの故郷の街〈セイラン〉は、白銀(はくぎん)の花の開花真っ盛りで、町の至る所に咲いた花から濃厚な匂いが香っている。その花弁のお陰で、白い石造りの街並みが更に白く輝いていた。

(だから「白銀」か……)

 ラドは収穫祭目当ての客達で賑わう人混みの中を歩きながら、一人感心する。

 セイランは、古文で「白銀」という意味だというのだ。思わず納得してしまうだろう。

 秋の乾いた空気に漂う甘い香りと、祭りに浮かれた心地の人々につられ、普段が無表情のラドもつられて表情が和らいだ。

 けれどもラドは一言も喋らずに、先導するエリオスの後ろをついていく。エリオスが〈呪いの魔物〉より傷を受けてもう一月になるが、まだその時の怪我は完治しきっていない。けれどエリオスの足取りはしっかりしたもので、だいぶ良くなっているのだろうと思われた。

 やがて人の多さに酔いかけてきた頃、ふいにエリオスがラドを振り返った。

「あちらです」

 彼の指先は、街の中央に座する巨大神殿を指している。

「まじかよ……」

 あまりに予想外なエリオスの「実家」に度肝を抜かれ、ラドは唖然とその神殿を見つめた。


 エリオスの実家を訪れることになったのは、ラドの呪いを解く為、なのであるが……。

「帰りたい」

 ラドがぶっきらぼうに呟くと、エリオスは呆れた顔をした。

「何言ってるんですか。まだ入り口ですよ?」

「こんな所、私みたいな一般人には場違いだ」

 そうなのだ。

 巨大な神殿だとは思っていたが、まず門から大きかったのである。

 そして門を入ってすぐの所には、前庭が広がっている。前庭なのかも怪しい。通路だと言われればそうも思えるのだ。つまるところ、建物までかなり距離があるのである。

 怖気づいているラドにはお構い無しに、エリオスは門番に何か話しかけ、すんなり通行許可を得ている。

「行きますよ」

 エリオスに困った子供を見るような目で言われ、さすがに腰を据えた。

「……分かってる」

 そう答えたものの、顔が普段より強張っているだろうと思った。

 それから前庭を抜け、玄関なのかホールなのか、ラドには区別の付かない場所にエリオスは入っていった。何も説明がないまま後に続くと、そのホールからは道が三つに分かれていた。その真ん中の道を、エリオスが奥へ進もうとした時、大声でエリオスの名を呼ぶ声がした。ついで、神殿に不釣合いなほど足音を立てて走ってくる音も聞こえる。

 何事だ、とラドが眉をひそめると、廊下の向こうに男の姿が見えた。

「エリオス!」

 ホワイトグレーの髪と青い目をした、雪原の湖を連想させるその男は、三十代後半程だろうに整ったつくりの顔立ちをしていた。

 神官ってのは、みんな美形なのか?

 ふと疑問を抱くラド。

「父さん」

 しかしエリオスがそう言ったのを聞いて、親子なら美形で当然か、と思い直す。何せ目の前の少年は、女装をしてもバレない程の整った顔立ちをしているのだ。親が美形でなかったら、それこそ不思議である。

「この馬鹿息子が! いきなりいなくなりおって、どれだけ心配したと思っとる? レミアスの具合もまた悪くなってしまうし、本当に、お前は……」

 長期間心配を強いられたせいだろう、エリオスの父らしい男がグチグチと文句を垂れ始める。

 それを慣れた様子で聞き流していたエリオスだが、レミアスという名が出た途端、表情が固くなった。

「レミアスの具合、また悪化したんですか? まさか、呪い返しでは……」

 深刻そうに呟くエリオスに、予想外の反応だったのか男も真面目な顔になった。

「いや、いつもの体調不良だ。だが、呪い返しとは一体何の事だ……?」

 男はそこでハッと何かに気付いた。

「お前、まさかあの魔物を退治に行ったのではないだろうな!」

「行きました」

「あっさり認めるんじゃない! お前が行かずとも私が片を付けるつもりだったのだ!」

 すっかり頭に血が昇っている男に、ラドは静かに口を挟んだ。

「そこは怒るとこじゃなくて、褒めるとこだろ、オッサン」

「何、オッサンだと!?」

 男がぐわっと凄い形相で振り返る。

「まだ私は三十七だ、オッサンではない!」

「怒るとこそこかよ。まあいいけどさ、そんなに頭ごなしに怒ってると、子供に嫌われちまうぞ。あ、その前にストレスで禿げるかもな」

 ラドはにやりと悪魔的な笑みを湛える。

「な、何だと!」

「父さん、落ち着いて下さいよ」

 声を荒げる父親を、エリオスは溜め息混じりになだめる。どうやら普段からこの調子らしい。

「ラド、この人は僕の父の、シグエン・クーファンドです。それで父さん、こちらの女性はラディアさんです。運び屋をしている方で、呪いの魔物を僕の代わりに倒してしまって、呪いを受けてしまったんです。恩人ですから、丁寧に接して頂けませんか」

「呪いを?」

 シグエンは眉を寄せてラドを見、右目を覆うように巻かれている包帯に気付いた。

「――なるほど」

 それだけで大方を理解してしまったようだ。

「ここで話せることではないな。客室にお通ししなさい」

 シグエンは打って変わって丁寧な口調で言い、それからエリオスの頭にポンと手を乗せた。

「ともかく無事で良かった。次からは気を付けなさい」

「……はい」

 エリオスが神妙に頷くと、シグエンはそれで気が済んだらしく、ラドに軽く会釈をしてからその場を去った。

「――良い親父さんじゃないか」

 静かに、しみじみとラドに呟かれ、エリオスは頭に手を当てながら頷く。

「はい、知ってます」

 ラドはその返答だけで、彼ら家族の繋がりの強さに気付いて、少しだけ胸が痛んだ。

 もしラドの母が死んでいなかったら、ラドの家族もこうあれたのかもしれない。そんな夢のような情景が心に浮かび、ラドはすぐに掻き消した。

 過去は過去。もう戻らない。

 人を羨ましがるなど、傷を掘り返すだけの無駄な行為でしかないのだ。



 シグエンはラド達を客室に通すと、一度部屋の外に消え、すぐに茶器を手にして戻ってきた。

「長旅ご苦労。疲れに効く茶を淹れるゆえ、楽にしなさい」

 長椅子に掛けているラド達に、そう言って茶を出す。

 かいだ覚えのある匂いが、湯気とともに香った。先ほどの白銀の花の香りだ。

「どうも」

 ラドは短く言い、カップを取る。

 場違いな場所にいるせいで喉が渇いていたので、これは嬉しかった。

 一口飲むと、甘い香りに反して爽やかな味が口内に広がった。

「おいしい……」

 ぽつりと呟く。

「それはどうも。先程は声を荒げてすみませんでしたな。ええと、ラディアさん?」

 シグエンが本名を呼ぶので、ラドは眉を寄せた。

「ラド、で。その名前は好きじゃない」

「そうですか、ではラド。息子がだいぶ世話になったようだ。まず、お礼を申し上げたい」

 きっちりと頭を下げるシグエン。

 根が真面目なところは、エリオスにそっくりだ。

「やめてくれないか。全く、親子揃って律儀というか、責任感が強いというか……」

 はあ、と溜め息をつく。

「そういうのは、こっちのエセ神官一人で十分だ」

 皮肉を込めて言うと、エリオスが軽く睨んできた。

「だから、エセではありませんと何度言ったら分かるんですか」

「じゃあレミアス?」

「エリオスです!」

「冗談だ。怒るなって」

 ラドは軽く笑い、シグエンに向き直る。

「シグエンさんだったか、実を言うと私は呪いのことはどうでもいいんだ。でもこいつが責任責任うるさいし、勝手について来られそうだったのと、ただの気まぐれでここに来た。この街は良い所だね」

 ラドは先程の通りを思い出し、僅かに目を細めた。花の香り、楽しそうな人々、活気のある街。どれもこれもラドの気に入るものばかりだ。人と距離を置くのが好きな性分だが、楽しそうな人々の間に身を置くのは嫌いではない。

 シグエンはラドの言い分に面食らったようだった。

「どうでもいいとは……、その呪いは身の自由を奪う(たぐい)だぞ?」

「ああそう」

「………」

 他人事のようにラドが返すと、今度はエリオスが溜め息をつく番だった。

「始終この調子なんですよ。でも、僕は呪いを解きたいんです。力を貸してくれませんか?」

「それは勿論だ」

 しっかりと頷くシグエン。

「では、方法を探している間はこの神殿で寝泊りするといい。部屋を用意しよう」

 深くは突っ込まないことにしたのか、シグエンは少し考えてからそう告げた。

 場違いな気はするものの異はないので、ラドは頷く。

「よろしく」


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