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第四章・第九話 「暴発」

 電話の相手は即座に「誠か?」と聞いた。その声には聞き覚えがあった。

「あんた、ゴールデンの連中が何かする時には知らせろって言ったよな」

「そうだ。で、いつだ?」

「多分、今晩か、明日。日本のシンガーが来てるんだ。ワイルドぶる奴」

 受け売りだがトレイシーは怒らないだろう。ナナウエはぶっきら棒に短い質問を続けた。

「場所はどこだと思うんだ?」

「ホテルか、船だろ?」

 簡単に船の名前と停泊場所を教えると、すぐに「そりゃ、ケエヒ・ハーバーだな」と聞いてもいない答えが返って来た。

 続いて問われる儘に、誠はゴールデンのオーナーの名前等を教え、電話越しにナナウエがメモを取っている気配が伝わって来た。

 質問が途切れた間を縫って、今度は誠が尋ねた。

「指の具合はどうなんだ? 傷はもう塞がったか?」

「ああ、どうって事ねぇさ。俺の指、どうした?」

「俺の家の冷凍庫で寝てる」

 誠の答えに、ナナウエは声を立てて笑った。初めて彼の無邪気な笑い声を聞いた気がした。

「そりゃ、いいや。何だったらバーベキューに使ってくれてもいいぜ」

「馬鹿抜かせ」

 この間は、塩田綾の家族に渡せと言ったじゃないか、と誠が続けようとしたのを遮って、ナナウエは機嫌の良さそうな声を出した。

「何でもいいさ、好きにしろ。その内会う事もあるだろう、じゃあな」

 言葉を返す隙もなく電話は切れた。相変わらずマイペースな男だと誠は呆れたが、掛け直す気にもなれず、電話をポケットに滑り込ませた。

 ともかくナナウエが言った事を覚えていたのは良かった。あれだけ詳しく聞いたのだから、よもや惚ける事はあるまい。安堵を覚えながら、誠は脇に抱えた上着を持ち直した。

 日陰にいたのに脇の下に汗を掻いている。トレードウインドがないお蔭で、日頃の何倍も蒸し暑い。

 食事は外のメンバーも一緒だったせいで、トレイシーにナナウエの事は話せなかった。店に戻り、ジョージが用事を装って一階に降りて来た際、首尾を伝え、ついでにトレイシーにも言っておいてくれと頼んだだけで、後は真面目に仕事をした。


 木曜の夜は比較的忙しい。

 はじめの内はつきがなく、長時間懸命に接客した挙げ句「考えます」の一言で客に逃げられていた誠も、八時を回った頃から調子が良くなった。

 小型のトランクと人気商品のボストンバッグを買ってくれた、新婚の夫婦に当たったのが良かった。

 大きな買い物袋を抱える羽目になった夫婦のために、誠は外に出てタクシーを停めた。普段こういった客にはホテルへ配達サービスがあるのだが、初々しい夫婦は「持って帰れます」と固辞したので、せめてもの心遣いだった。

 空調の利いた店内から一歩外に出ると、九時を回ったというのに驚く程蒸し暑かった。車のトランクに荷物を入れ、後部座席に乗り込んだ夫婦に挨拶してドアを閉める。

 走り出した車を見送ってから、ふと街路樹を振り仰ぐと、いつものんびりと風に揺れているシャワーツリーの花は、街灯の明かりを受けてただ静かに垂れ下がっていた。

 一年の内、これ程風のない夜は、そう何日もないだろう。

 湿度が上がった後には、大概雨になる。暴漢に襲われた夜を思い出して、誠は一瞬肩を震わせた。

 雨は降り出さなかったが、十時を過ぎると潮が引くように客足も途絶えた。それまで忙しかっただけに考える余裕もなかったが、警察は動いてくれるだろうかという疑問が頭をもたげ出した時、突如として、制服警官が二人店の中に入って来た。

 一人は白人で、もう一人はアジア系だった。二人とも体格が良く、そして二人とも実に物々しい表情をしていた。何事かと仰天しつつも誠は、アジア系の警官に見覚えがあるのに気が付いた。

 恐らく誠が暴行に遭った際、現場に来てくれた警官だろう。警官の方でも「おや」という顔をして、近付いて来た。今日はあの地元アクセントの英語は出ない。

「我々はマコトという名前の人を捜しているんだが、確か君の名前は……」

 訳も分からずに、胃の底が冷たくなるのを感じながら誠は答えた。

「私です。何かご用でしょうか?」

 何が起こったのだろう。

 考えられるのは、ゴールデンの件を通報したのが裏目に出たか、或いは彼らが検挙されて自分の証言を取りに来たか。逆に告訴されるのかもしれない。

 一気に様々な可能性が頭の中に湧き出て混乱したが、誠は何とか表面だけは取り乱さずに微笑んだ。内心では最悪の場合に備えてシミュレーションまでした。いきなり後ろ手に手錠を掛けられたりしたら、かなりみっともない。

 普通そういう時は「弁護士を呼んでくれ」と言うものらしいが、ジェームスでもいいんだろうか。

 警官が説明を始める前に、物凄い足音と共にポールが二階から降りて来た。同じフロアだったスティーブがいつの間にか内線で連絡したようだ。

「う、うちのセールスが何かしましたか?」

 狼狽するポールに白人の方が軽く手を振った。

「そういう事ではありません。ただ、理由があって、彼に同行して貰いたい状況が起こりました。今、ここでお話する事は出来ませんが、どうでしょう? 勿論、彼には同行を拒否する権利があります」

 硬い言い方だが、とにかく一緒に来て貰いたいという事だ。ポールが誠の顔をまじまじと見る。

「すみません、急ぐんです。あなたの身の安全は保証しますよ」

 アジア系の警官の言葉に圧倒されて、誠は Yes と返事をした。

「ポール、何だかよく分からないけど、行って来るよ。後で説明するから」

 呆気にとられた儘のポールとスティーブを残し、背中を押されるようにして誠は店から出た。数メートル先の角を曲がった所に、パトカーが青い回転灯を点けたままにして停めてあった。

 後部座席に入るように指示される。少し躊躇してから、隣にアジア系の警官が乗り込んで来た。白人警官が運転席に滑り込んだと同時に、耳障りなサイレンの音を鳴らしてパトカーは疾走し出した。

「時間がないから簡単に説明しますからね。少し前、ケエヒ・ハーバーで船の乗っ取りが発生しました。妙な話だけど、ボートは岸から離れてもいない。犯人は銃を持ったハワイアン系の男を始めとする数名。それで、その内の首領格の男があなたと話がしたいと言ってます。身長六フィート二インチ程度、長髪で右腕に刺青がある男だそうです。何か心当たりはありますか?」

 サイレンの音が聞こえなくなった。

 頭の中が真っ白になるとはこの事だと思いながら、誠はただ口を開けただけで、続く言葉が見付からなかった。

「顔を見るまで忘れてたけど、君が酷い目に遭った時、ホテル・ゴールデンがどうとか言ってましたね。占拠されている船の持ち主はゴールデンの持ち主ですよ。これはその件と何か関わりが? 私はハーバーへ行ってないから何とも言えませんが、あの晩君を介抱していた男と、犯人の特徴は一致しますね」

 やっとの思いで誠は「ええ」とだけ言い、どもりながら後を続けた。

「お、おそらく彼でしょう。しかし、彼がなぜそんな真似をしているのかは……」

 何てことだ。誠は言いながら感情が高ぶってどうしようもなかった。


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