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第四章・第四話 「復帰」

 誠が仕事に復帰したのは、怪我をしてから一週間後の朝だった。

 まだ顔の痣は完全には消えなかったが、脇腹の痛みもほとんど無くなったので、重い物は持てないという条件付きでの仕事復帰だった。

「大分痣が消えて来たじゃないか。それならジェームスに捨てられないな」

 怪我の直後の凄まじい状態を見ているだけに、ジョージはそう言って慰めてくれたが、アンジェラなどは「若い女の子を接客するのは止した方がいいわ。怖がるから」とはっきり言った。

 有り難い忠告を受け入れて、誠は午前中は消極的な接客をしていたが、それでも二階の担当だったため千ドル程は売り上げを稼いだ。

 そろそろランチ・ブレイクの時間が近付いて来た頃、アンジェラが電話だと誠を呼んだ。

「誰から?」                                  

「知らない。でも日本人じゃないよ」

 いくらなんでもゴールデンからの脅しではあるまいと、首を傾げながら誠は受話器を受け取った。

「誠か。俺だ、ナナウエだ。もう怪我はいいのか?」

 一週間前に助けて貰った時よりも、上ずったような喋り方だったが、間違いなくナナウエの声だった。

「今日から仕事だって知ってたのか?」

「まさか、何度かかけたさ。それよりお前、ゴールデンのくそったれ共はどうするつもりなんだ?」

 いきなり物騒な話題を振られて、誠は慌てた。もっとも彼と話す事は外にない。

「店の中でその話は出来ないな。もうすぐランチ・ブレイクなんだ。こっちからかけるよ。あんたの電話番号を教えてくれ」

 意外にも素直に、ナナウエは電話番号を言った。

 ランチの時間になると、誠は大急ぎでランチ・ルームからナナウエに電話した。

「それで、どうするんだ?」

 誠だという事を確認すると、ナナウエは再び単刀直入に切り出した。

「何でそんな事を気にするんだ? あんたはアヤ・シオタの事はどうでもいいんじゃなかったか?」

「うるせぇな。お前が何かするつもりがあるか知っときたいんだよ。それともこのまま何もしないつもりか? オカマちゃん」

 やけに挑発的な口調に誠はかっとした。「オカマちゃん(ミス・ファゲット)」とは何事だ。

「俺はゲイだが、生憎、あんたみたいな玉なしじゃないんだ。ちゃんと考えてるさ」

「じゃあそれを教えろよ。いいだろう、お前だってあれこれ聞いたじゃないか。教えたらもう二度とオカマ呼ばわりはしねぇって」

 何だってナナウエはそんな事に拘るのか。

 最初の疑念が湧くと、次々と彼に対する疑惑が起こった。一週間の間、それを考えなかったのはどうかしていた。誠が襲われた夜、ナナウエも又誠を待っていたと言っていたが、果たしてそれは本当だろうか。誠から塩田綾の一件を聞いたナナウエは、ゴールデンと何らかの交渉をし、誠の監視者になったとは考えられないだろうか。

 誠はきつい声を出した。

「あんたにほいほい喋って、この次はアラ・ワイ運河に浮かぶのかな、俺は?」

「どういう意味だ? 俺がゴールデンと繋がってるってのか?」

「違うのか? なら、なんであの晩あんなにタイミング良く現れたんだ? それに、俺が奴ら相手に何をしようと関係ないだろう」

 ナナウエは暫く黙って、不機嫌そうに説明を始めた。

「あの夜は、お前からもっとゴールデンの話を聞こうと思ってたんだ。その前に会ったとき、いかにもユニフォームって服を着てたじゃねぇか。それであっちこっちの店を覗いて、おまえがどこの店に勤めているか、捜したんだぞ」

 どうやって勤務先を見付けたかなどは聞いていない。誠は黙ったままでいた。

「畜生、分かったよ。お前、何時に仕事終わるんだ? 俺がゴールデンと繋がってねぇ証拠を見せてやらぁ。そしたら話せよ」

 繋がっている証拠なら簡単だろうが、繋がっていない証拠とは何だ。見て納得出来るような物なのか。誠はようやく口を開いた。

「六時だ。店の場所は分かるな? 裏に駐車場があるのも知ってるだろ?」

 六時だな、とだけ言ってナナウエは電話を切り、誠は眉間を揉んだ。どうもナナウエと話すと疲れる。彼の口調や態度が誠を苛立たせるのだ。

 椅子から立ち上がりながら、どんな証拠を持って来るつもりか知らないが、精々ケチをつけてやろうと思った。


 午後も誠は積極的な接客をせず、時折階下に降りて、ジョージと無駄話をしたりして時間を潰した。

「外の店の友達にも例の件は頼んだぜ。あそこはそれ程ランクの高いホテルじゃないからな、金遣いが荒くて態度もでかい客だったらすぐ分かる」

 ジョージは自信満々だ。確かにこれがワイキキ・ビーチに面した大手のホテルだったら大変だ。もっとも観光客の中には、泊まるホテルは少々安目でもその分買い物に金を遣いたがる人種もいる。誠がその事を言うと、ジョージは眉を曇らせた。

「馬鹿か、お前。二年もセールスやってるんだろうが。そんなの客の雰囲気で分かるだろう」

 言われてみるとそうかもしれない。人に頭を下げられる事に馴れている客というのは、何となく分かるし、その中でまた来て貰いたいと思う部類と、二度と来て欲しくないという部類とに別れるだけだ。

 ついでに誠は、六時にナナウエと会う予定なのをジョージに告げた。駐車場で待っていろと言ったからには、同じ時間に退社するジョージと顔を会わさない訳には行かない。ジョージは唇を吊り上げて笑った。

「下らねぇ物持って来たら、俺がぶっとばしてやるさ」

 六時きっかりに誠とジョージはタイム・カードを押した。

 銜え煙草で駐車場に行くと、ナナウエは駐車場の隅に立っている木の根方に座り込んでいた。誠を認めていかにも大儀そうに腰を上げる。

 暑いのに革のジャケットを着込んで、片手をポケットに入れていた。

「よう、何だ、お友達連れか?」

 目が座って、こめかみの辺りが攣っている。こんな昼間から薬でもやっているのだろうか。誠は鼻に皺を寄せた。

「アラ・ワイ運河に浮かばないための用心だ。さあ、証拠とやらを見せて貰おうじゃないか」


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