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第三章・第九話 「真実」

 緑は相当アルコールが入っていた。

 昼間スーパーマーケットで買ったウイスキーが大分減っている。籠に放り込む時に、そんな大瓶は要らないだろうと誠が言ったのに対し、残ったら桜井さんにあげると緑は言い訳したのだが、彼女の酒量は大したものだ。

「一人でいると、色々考えちゃってさ。いっぱい飲んじゃった」

 それだけ飲んだにしては、酔っていない素振りで緑は言った。備え付けの小さな冷蔵庫から、これも買い置いたサンドウィッチを取り出す。ベッドの脇のテーブルセットに腰を下ろした誠に勧めて、バスルームからグラスを一つ持って来た。

「何で割る?」

 車だからという、きれい事は言わないことにした。

「水でいい」

 やけに濃い水割りを手渡し、ベランダへの窓を開けてから緑は尋ねた。

「あのさ、持ってない?」

 彼女の言わんとするところは分かったが、誠は念のためにとぼけた。

「何を?」

「ポット」

 誠は眼球をくるりと上へ向けた。ポットとはマリワナの事だ。ハワイの人間はパカロロとも呼ぶ。

「俺、そういうのは一切やらないんだ」

「そうなの? こっちに住んでるのに、珍しいね」

 今度は苦笑いが洩れた。違法なドラッグと関わりを持たない人間を珍しいと感じる緑のこれまでの環境がよく分かる。誠のような人間が大半だというのに。

 誠がサンドウィッチを口に運び始めたのを見て、緑はポテトチップスを食べつつ、ぽつりぽつりと今後の具体的な相談をした。学校とアパートはどうしようか、という話だ。

 学校には日本から電話を入れて、急に帰国しなければならなくなったので退校したいと言えばいいし、アパートも不動産会社に連絡して、部屋の鍵を郵送すればいいと、誠は答えた。

「家具付きの部屋なんだろ? どうしても送って欲しい物があるなら、手数料を送ればきっと日本に送ってくれるよ。家賃溜めてたわけでもないんだろ? 入居する時に保証金払ったんなら、大概の事は大丈夫」

 緑はひどくほっとしたようだった。

 サンドウィッチを二切れ食べ、水割りを半分程空けた所で誠は本題に入った。

「そろそろ塩田さんの話をしようか?」

 それまで僅かに浮かべていた笑みを吹き消して、緑は頷いた。テーブルの上に置かれたウイスキーを掴み、無造作に自分のグラスに注ぎ入れる。ストレートで飲んでいるようだ。

「綾さんね、初めてゴールデンに来たのは二か月よりちょっと前じゃなかったかなぁ。誰の紹介だったかは忘れたけど」

 琥珀色の液体を見つめて、時折それを口に運びながら話す。誠の顔を見ないようにして話ているようで、嫌な感じがした。

「彼女、美人じゃない? すぐに金田さんのお気に入りになったよ。なんかね、ヤケになってたからさ、そういうのを利用したがる男もいるじゃん?」

「何でヤケになってたか知ってる?」

 あらぬ方向に目線をやって、緑は首を縦に振った。

「うん、彼氏にふられたって。それは桜井さんも知ってるんじゃなかったの? 何ていったっけ、あのハワイアンぽい名前」

「ナナウエ」

「そうそう、コークやってる時に話してさ、綾さんハイになって言ってた。彼氏に貢いじゃって、お金全然ないって。貯金も使ったし、車は壊されちゃって、ブランド物の靴やバッグや、あとアクセサリーも売って生活費にしてるって言ったの。驚いた」

 飲んだ分のアルコールが一気に醒めた気がした。

 塩田綾がナナウエの為に、大金を使ったのは知っていたが、身の回りの物を売る程に困っていたとは。コンドミニアムの部屋にブランド物がない訳が分かった。

 どんな気分でそれらの品を、リサイクルショップなどに持って行っていたのだろう。そうまでしながら、日本に帰ることは考えなかったのだろうか。

「だからさ、当然、誰かとしちゃうことなんか抵抗なかったみたい。お小遣いを貰うっていうのもあったし、ああ、綾さんね、ハワイでビジネスやりたいんだって、資本金出してくれる人を捜してたの。小さいブティックかカフェがいいって。それで成功したら、例の彼氏ともう一度付き合いたいって、そりゃあ切なそうに言ってたよ」

「ちょっと待って。例の彼氏って、そのナナウエの事?」

 思わず大きな声を出してしまった自分の口を塞いだ。

「そうでしょ? 何それって思うよね。散々貢いで捨てられた相手とまだ付き合いたいなんてね。でも綾さん、『可哀想な人だから』ってそればっか言ってたよ。何かね、あたしはそういう綾さんが可哀想だと思ったけど。それに、その彼といると、つまんない事を気にしないで伸び伸び出来るって。何だっけ、あれ。シャワーツリーの花みたいに唄えるって、面白いこと言ってた」

 そこまで言うと、緑は口淀んでしまった。

「で、塩田さんは今、どこなんだ?」

 押して尋ねると、一瞬上目遣いで誠の顔を見、直ぐに視線を逸らせた。

「海に、いる、と思う」

 比喩か、一種の詩的表現か、と眉を顰めた誠をまた一瞥してグラスを煽り、緑は話し始めた。


 ――金田さんが大きいクルーザー持ってるのは知ってる? そう、大きい奴。三階建てっていうの? 下の方にいくつかベッドルームがあって、真ん中はパーティー出来るリビングルームみたいになってて、上はオープン・エアなんだけど、何人も座れるの。

 船でパーティーするの、金田さん好きなのよ。

 一か月位前だったかな? 日本から金田さんの知り合いが何人か来てさ。あたしたちも呼ばれて、その船でパーティーしたの。ううん、そんなに人数はいなかった。夜で、結構、沖に出てたと思う。だって、沿岸に近い所をふらふらしてたら、パトロールとかにチェックされるかもしれないでしょ。そりゃ、薬とかアリだったからさ。

 何時だったか覚えてないけど、あの時、パーティールームにいたのは、あたしと金田さんと、ミカさんと綾さん、それに綾さんの相手のおじさんだったの。あたしはコークだけだったけど、綾さんはアイスもやってたかもしれない。

 とにかく薬やって、お酒もいっぱい飲んでてね、綾さん、気持ち悪くなったって、デッキに出て行ったの。あたし、綾さんが外に出て、船の後ろの方に歩いて行くのは見たよ。

 それが、最後。

 ずーっと戻って来なくて、おかしいなって事になるまで大分たってた。あたしね、綾さんは、そのおじさんとするのが嫌で、どこか別の部屋にでも逃げたんじゃないかと思ったの。

 でも、金田さんに様子を見て来てって言われて、船の後ろに行ったらさ、綾さんのサンダルが片っぽ落ちてたの。手摺りの近く。

 体がすーって冷たくなっちゃって、とにかくサンダル持って、金田さんのとこに戻ったよね。そしたら、金田さん、綾さんのバッグを海に投げろって言ったの。綾さん、バッグはパーティールームに置きっぱなしにして行ったんだよね。

 え? 泣いてないよ。

 捜しに戻ったりしたら、綾さんが海に落ちたのがみんなにばれちゃうって、それで綾さん見付からなかったり、死んでたりしたら困るって。

 クルー? うん、船を運転する人達は二人くらいいたけど、何て言うの、操舵室? に入ってて、前しか見てなかったんでしょ。

 ううん、綾さんがいなくなった時は、エンジン切って流してたみたい。スクリューって、怖いこと言わないで。

 あたしパニクっちゃって、がたがた震えてただけ。ミカさんが、綾さんのバッグをチェックしてたけど、お金かカードか取ったかもしんない、分かんない。

 あのね、ミカさんが本当に本当の金田さんのお気に入りなの。やばいことも色々相談されてるみたい。あたしなんか薬もらって、おじさん達と寝てただけだもん。見てなかったけど、綾さんのバッグとサンダルは海に捨てられたと思う。

 その後はミカさんに勧められてさ、薬でぶっとんじゃったよ。だって、怖いじゃん? 

 ハーバーに戻った時はね、ミカさんは綾さんと一緒にベッドルームに籠もってる振りをしたの。二人、まあまあ仲良かったから、まだ二人で薬やってるように見せかけたわけ。

 それで他の子達と、パーティーのゲストを帰してね、あたしは綾さんの相手だったおじさんと、そのまま船で一回してから金田さんの車で帰った。

 落ちたの、薬のせいかなぁ、綾さん、他の船に見付けてもらえないかなって思ってたんだけど、駄目だったみたいね――。


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