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第三章・第六話 「人間関係」

「ゴールデンの金田さんと周りの人達はね、ばれたら困るようなこと、色々やってんの。あたし、それ知ってるからさ。簡単には離れられないと思うのね。やくざの人に頼めば、何とかなりそうじゃん?」

 多分非合法の薬物などを指しているのだろう。確かに日本に比べれば、そういった物は頻繁に裏取引されているようだ。それにしても、そういう状況で頼れる相手がやくざだと考える、緑の発想には呆れる。

「それで、今度はそのやくざに囓られるって訳かい? 一番いいのはさっさと日本に帰る事だと思うよ。勉強がしたいなら本土の学校に移るのもいい」

 諭すように言うと、緑は唇を突き出した。これも本人は可愛いと思っている仕草なんだろう。

「駄目。だってパスポート押さえられちゃってんの。だからやくざが必要なんじゃん。それに日本になんか帰りたくないもん」

「パスポート押さえられてるって? 誰かにパスポート取られたって事? そんなの帰省するとか何とか言えばいいじゃないか」

「日本に帰りたいわけじゃないんだってば。ゴールデンの人達と離れて、でもハワイにいるにはやっぱ、パスポート必要でしょ」

 アルコールを飲んでいる訳でもないのに、頭が痛くなって来そうだった。

 緑は金田氏の後ろ暗い部分を知っていて、仮に金田氏とするが、金田氏は緑のパスポートを持っている。緑は金田氏からは離れたいが、ハワイには住み続けたい。誠には両者共に理解出来なかった。

 金田氏の「ばれたら困るようなこと」が薬物に関する事ならば、摂取した緑も同じ穴の狢だろう。それにパスポートを取り上げるというのは、あまりにも子供染みている。そんなもの、紛失したと言って再申請すればよい。

 誠が再申請の件を口に出すと、緑は「ああ、なんだそっか」と頷いたが、直ぐにまた口をへの字に曲げた。

「あのね、この際だから言うけど、金田さん、ホントに色んな人知ってんの。だから、ただパスポートを再発行したって、嫌がらせとかされると思うな」

「そんなに人脈がある人ならね、なおのことハワイにいちゃ繋がりは切れないよ。他の島にでも行くんならともかく、ホノルルなんて狭いんだからさ」

 緑は膝を抱え込んだ。拗ねているようにも見える。誠は話を締め括ろうと思った。彼女の言っている内容は分かるが、欲する所は理解出来ない。

「とにかく俺はやくざの知り合いなんていないし、いたとしたって君の要求を叶えるのは難しい。俺だったら取りあえず日本に帰るよ。塩田綾さんの話は、したくなければしなくていい」

 立ち上がろうとすると、緑が誠の腕を掴んで強く引いた。お陰で砂の上に豪快に尻餅を着いてしまった。文句を言う前に、緑が困ったように笑った。

「ごめん、でもさ、桜井さんだってハワイに住んでるってことは、日本よりもここが好きだからでしょ? あたしの気持ち分かんないかな?」

「そういうトラブルに巻き込まれたら、俺は日本に戻る方を選ぶって言ってるんだよ。大体、どうしてそんなに日本に帰りたくないわけ?」

 緑は誠の腕を掴んだままだ。何となく振り解くのが躊躇われた。こういう所がジェームスに言わせれば、意味のない優しさ、つまり優柔不断なんだそうだ。

「こっちの学校もドロップ・アウト状態だし、日本に帰っても出来ることなんてないもん。それにね、うちのお父さん再婚してさ、新しい人、すごいケチなの。性格あたしと合わないし。優しい伯母さんいるけど、住んでるとこ田舎なんだもん」

「田舎だって何だっていいじゃないか。このままずるずるハワイで、学校にも行かないで暮らしてたって良い事なんかないぞ。今だって薬なんかやってるんだろ? その内廃人になっちまうぞ」

「そんなに簡単に、中毒にはならないって聞いたけど」

「それ、誰の言葉? どうしてそんな事分かるよ? それにもっとひどい状態になるかもしれないだろ? 今だってまずいと思ってるから、わざわざ俺と会っているんでしょう? まずいと思える内が花だよ」

 最後の一言に、緑は反応した。身体を震わせて、誠の腕から手を離すと、自分の体に回した。

「ああ……、そうかも」

 俯いてから、もう一度口を開くまで間が空いた。

 波打ち際から水音が響いた。

「分かった。ねぇ、どうやったら日本にすぐ帰れる? 一番早い方法って、どうしたらいいの?」

 どうやら緑は心を決めたらしい。誠は頭を振り振り、最も簡単な方法を教えた。

 ホノルルには日本の領事館がある。パスポートの再申請は時間がかかるが、仮旅券のようなものなら直ぐに発行して貰えると聞いている。日本行きの便は、毎日数多く出ている。

「ねぇ、協力してくれる? あたし見張られてんの。だから今日もわざわざクラブから抜け出すような真似したんだ。全然出歩けないわけじゃないんだけど、アパートにも帰ってないし。領事館てどこにあるのか知らないけど、遠いんだったら行けないよ」

 今度は誠が反応する番だった。アパートに帰っていないというのは、塩田綾の状況と一致する。緑は出歩けるが、塩田綾は軟禁されているのではないか。

「領事館はヌウアヌだよ。ダウンタウンから山の方に上がった辺りだ。ところでさ、塩田さんもゴールデンの何かを知ってて、閉じ込められてでもいるんなら、二人一緒に帰ればどう?」

「綾さんは」緑は蚊の鳴くような声で言った。

「ゴールデンにはいないよ」

「なんだ、そうか。じゃあナナウエが関係してるのかな?」

 緑の帰国に手を貸さざるを得ない展開になって来た以上、出来る限り塩田綾の話を聞き出したかった。

「誰、それ?」

「知らないかい? 塩田さんの彼氏なんだ。金田さんはよりが戻ったって言ってた」

 力無く首を振って、緑は更にか細い声を出した。

「それは違うの。協力してくれたら、日本に帰る前に教えてあげる」

「どうしてさ? 今、教えてくれてもいいだろ?」

「駄目。桜井さんはあたしの生命線みたいなもんだから、今、教えられない」

 弱々しそうに振る舞っても、実はしっかりしている。誠は舌を巻いた。

 肩の力が抜けた気分で、誠はもう一つ溜息を吐いた。

「分かったよ。日本に帰る計画を立てよう」


 緑をゴールデンの近所で下ろし、アパートに帰り着いたのは午前三時を大きく回っていた。明日、正確には今日はモーニング・シフトなのだ。すぐにも眠らなければ、仕事が辛くなる事は分かっていたが、目が冴えてしまい。やむなくアルコールの力を借りることにした。

 ベランダで濃い目の水割りを啜りながら、立て続けに煙草を吸う。無性に塩田綾という人間に会ってみたかった。

 会って、これまでの経緯を話したら、彼女は何と言うだろう。家族の話も妹に知らされたし、学校の事務員、浅井友子や由美にも会った。ナナウエも捜し出した。豪華なコンドミニアムの寒々とした部屋の様子もまだ覚えている。足りないのは本人に会う事だけだ。

 部屋に戻り、今度こそ塩田綾に会える事を夢想しながら、誠は眠りに落ちた。

 予想してはいたが、目覚めは酷かった。ジェームスが文字通り叩き起こしてくれたお陰で、遅刻の心配はなかったが、朦朧として仕事に向かった。

 朝のミーティングで、一階担当を言い渡されたのがありがたい程だった。入って来る客の、七割方は女性物が目当てだから、せっせと二階へ送るだけで済む。同じフロア担当のジョージが、「例の彼女捜しはどうなった?」と、声を掛けて来たが、説明するのも面倒臭く、誠はもうじきけりが着きそうだとだけ答えた。

 時折やって来る、男性物目当ての客を相手にしながらも、誠の頭からは緑と立てた計画が離れなかった。

 今日は日曜だから、実行は明日だ。協力すると決めたからには仕方がないけれど、疲れているせいか、自分は馬鹿々々しい事をしているという思いが何度も湧き上がり、その度にこれで最後だと言い聞かせた。


 本作はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

 特に作中の一部日本人留学生、および日本人ホテル経営者等は、作者の創造である事を再度お断りさせて頂きます。

 実際のハワイ在住者の方々への誤解をされませんよう、お願い申し上げます。

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