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第一章・第三話 「家族」

 一時間の夕食休憩を挟んだ後も、誠は良い客に当たり続けた。十一時に店が閉まった時には、大まかな計算でも一人で八千ドルは売っていた。

 ワイキキのブランド店やブティックの閉店時間は、大概十時か十一時だ。ライバルのアラモアナ・ショッピングセンターが九時で閉まるせいもあるし、夕食後に異国情緒溢れる街をそぞろ歩きする人々の、衝動買いも期待しているだろう。

 ディスプレイの小物が盗まれていないかチェックしたり、営業時間中に散らかしたストックルームを片付けたりする閉店作業中に、ジョージが誠の肩を叩いた。

「何か食って帰ろうぜ、お前の奢りで」

 誠とは逆に、ジョージは売り上げが奮わなかった。

 トレイシーも誘って店の近所のバーでピザを摘み、誠が帰宅したのは一時近かった。ジェームスは眠ってしまっている。

 彼は早寝早起きの健康第一人間だ。夏が近くなって、島の南側、ホノルル側の波が高くなって来たので、時々仕事前にサーフィンに行くという恐るべき事をする。

 ジェームスは三十二歳で、弁護士としては駆け出しの部類らしいけれど、収入は誠と比べ物にならない。2ベッドルームのアパートの家賃千七百ドルの内、千百ドルを払っても大した負担にはなっていない。

 二つあるベッドルームの片方を彼の書斎にして、もう一つに二人で寝ているから、誠はそれで良かろうと思っている。

 

 ベランダに出て煙草を一本吸った後、誠は音を立てないようにしてジェームスの書斎に入った。自分のノートブックパソコンがそこにある。

 兄からの返信が入っていた。

 塩田綾の住所と電話番号、在籍している学校の名前なども書いてある。それと早速手紙を作成して、院長からサインをもらったとあり、又、連休が飛び石なのを利用して、大阪のアメリカ総領事館まで行く予定だともあった。

 それ程に心配ならば、なぜ院長自ら、あるいは家族の誰かが直接ハワイに来ないのだろうか。いくら海外といっても、兄の話によると大きな病院らしいし、経済的には何の問題もなくガイドでも雇って彼女が無事かどうか確認出来るだろう。

 一瞬不愉快な気分に陥りかけたので、誠は頭を一振りした。

 やると決めたのだから、先方の事情はともかく、最低限の事さえすればよい。誠の目的は兄の顔を立てる事だ。

 最初に添付されたファイルが、院長からの手紙だった。昼間誠が伝えた通りの文面で、「桜井誠は依頼人、塩田勝一の正式な代理であるので、勝一の娘、綾に関しての情報を与えて構わない。綾のプライバシー、私物に関わる事を許可されており、これに協力する者を告訴する事は決してない」といった内容だ。

 次の添付のファイルを開けると、誠は口笛を吹きそうになった。

 ハワイに来る直前に撮ったものとあったが、塩田綾は美人だった。肩よりも少し長い髪はサイドにレイヤーが入って、裾には僅かにウェーブがかかっている。

 はっきりした二重の瞳が印象的だ。通った鼻筋も嫌味過ぎる程ではない。撮影時は三十歳で現在は三十一歳だそうだが、二十代半ばに見える。

 自分が異性愛者(ストレート)ならば、鼻息も荒く彼女を捜したかもしれないと、誠はおかしくなった。

 メールや写真をプリントアウトして、とりあえず出来る事はなくなったので、誠はキッチンでグラスにウイスキーを注ぎ、氷を落とした。

 リビングルームへ戻ってマットレスを床に敷き、その上に座る。

 神経質なジェームスを起こさない為に、遅く帰った夜はそうして眠る事になっている。ウイスキーを舐めながら、塩田綾の学校とアパートのどちらを先にするか考えた。

 考えている内に眠気が差して来て、どうすると決める前に誠はマットレスに沈んだ。


 翌朝はけたたましい目覚まし時計に叩き起こされた。朦朧として起き上がると、針は十二時を示している。昨夜からの懸案事項として、塩田綾の事はちゃんと覚えている。

 シャワーを使いながら、誠はまず彼女のアパートに行ってみようと思い立った。簡単に部屋へ入れる訳はないし、当然その前に電話をかけなくてはならない。

 万が一にでも電話が通じれば、御家族に連絡を入れて下さいと伝えてお役御免だ。

 濡れた体を拭くのもそこそこに、まず自宅にかけてみた。予想通り留守番電話になってはいたけれども、塩田綾の声を聞く事は出来た。英語と日本語の両方で、英語の発音はあまりよろしくない。

 写真から想像出来るような、高めの声で甘い喋り方だった。

 念のために携帯電話にもかけると、呼び出し音も鳴らずに留守番電話センターに直接つながった。こちらのメッセージは電話会社のものを使用している。

 僅かに失望しながらカウチに腰を下ろし、プリントアウトしたメールを読み返す。

 彼女の住所の欄を見て、誠は眉を吊り上げた。昨晩は気が付かなかったけれど、わざわざビルの名前が明記してある。やはり塩田家は裕福なのだ。

 塩田綾の住まいは、ワイキキの東端近くにそびえる高級コンドミニアムだった。昨晩と同じように、なぜ自分なんかに「様子を見る」役が廻って来たものかと頭を捻りはしたものの、誠は深く考えないようにし、出掛ける準備をした。

 位置からすると、出勤前に寄ると丁度いいだろう。

 若干蒸し暑い感じも残っているが、仕事や調べ物など放り出してビーチに行きたいような上天気だ。

 アラモアナ・ショッピングセンターの山側を通る、カピオラニ・ブールバードをのんびり走り、ホノルル市が巨額の費用を投じて建てたコンベンションセンターの角を曲がってカラカウア・アベニューに入る。

 塩田綾の住んでいるコンドミニアムはワイキキに入ってすぐ、カラカウア・アベニューから細い道に折れた所にあった。四十階程の巨大コンドミニアムだ。

 完全居住型なのだが、ビルの一階と二階に幾つかレストラン等の店舗が入っているので、駐車場内にきちんとビジター用のスペースがあるのは有り難かった。

 車を停めた階を三階と確認して、誠はエレベーターで一階に降りた。店舗が並ぶフロアの反対側に住人用のエントランスがあり、インターホンが設置してある。

 誠は無駄かと思いつつも、塩田綾の部屋にかけてみた。答えはない。

 次なる手段として管理人室を見付けなければならない。誠が住んでいる地味なアパートと違って、管理人室はすぐに分かる場所にはないようだ。

 通りかかった警備員に場所を尋ねた。

「ここに住みたいのかい?」


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