【予告状】今夜、悪役令嬢を頂きに参上します。怪盗リオン
侯爵令嬢の私、ファビアンヌは最近悪役令嬢と呼ばれているらしい。
緊張すると滑らかに言葉が出ずに、それが続いて孤立してしまった。身分を笠に着て気位が高いと思われているようだ。
なぜ噂を知ったかというと、図書館を出たときの廊下で、令嬢達が大きな声で話していたからだ。
本好きな私だからその言葉は知っている。悪役令嬢は、高位貴族や王族の婚約者を持ち、高飛車でヒロインをいじめる役どころの令嬢だ。
私、内弁慶なだけで高飛車なつもりはないし、誰もいじめてないけれどな。
当然、婚約者であるアドリアン様の前でも言葉がうまく出なくて、そうしているうちに、彼とも距離ができてしまった。お茶会はするけれど会話がほとんどないのだ。
アドリアン様はこの国の第二王子。ブロンドの輝く髪に、濃く深い青い瞳、文武両道で人気者。笑うとクシャッとシワができるような優しい雰囲気が好き。もちろん私の目の前で大きく笑うことはないけれど。
そんなある日、差出人にリオンとだけ書かれた手紙が部屋の机に置いてあった。誰が届けたのかわからない手紙だったけれど、「どんな色が好き?」と書かれた謎解きのような意図のわからないメッセージに返事を書いてしまった。
出す宛のない手紙のはずだった。
翌朝、手紙は怪盗リオンと書かれたカードにすり替わっていた。薄緑のとても上質な紙。流麗な文字は執務室で見たことがある気がするけれど、飾り文字で書かれていて、決め手に欠けた。
手紙だけ持っていくなんて不思議な怪盗ね、誰かのいたずらかしら?
それから、好きな花は? 好きな宝石は? 好きな絵は? と小さな質問が続いた。
答えを考えると気づく。与えられるばかりで、自分で選ぶことは今までなかったけれど、好みはあるものなんだと。すごい発見だ。
人付き合いが苦手なので、王子妃教育や執務の手伝いで登城するのは気が重いけれど、前よりも張り合いがある。ペンの色を変えたり、ハンカチの刺繍を変えたり小さな変化を楽しんでいるから。
そんな日々を続けていると、学園でアドリアン様に近づく令嬢が現れた。子爵家のフィーネ様は赤みのライトブラウンの髪を肩で切り揃えた快活そうな方だ。
物語のように私は捨てられるのかなと思った。フィーネ様はまるでヒロインの立ち回りだ。彼女に何かを言う勇気もないし、アドリアン様を問い質すこともできない。
お父様に相談すると、正式な婚約者は私なのだから自信を持つようにとしか言われなかった。
怪盗リオンとのやり取りのカードは、箱にいっぱいになっていた。燃やして捨てるべきなんだろうけれど出来なかった。だってなんだか心がぽかぽかする。
「どこか遠くに行きたい」
そんなメモを書いてしまった日、封筒に入れてもいないのに、それは盗まれてしまった。なぜ? と問う返事はなかった。
しばらくして、王太子殿下の誕生日の夜会が近づいた日に、アドリアン様よりドレスが届いた。
私が好きな淡い水色で、ふわふわのスカートに紫の小花の飾りが付いたドレス。白と青の小花の髪飾り。いつもの清楚な雰囲気とは随分違うから驚いた。そして、メッセージには夜会には迎えに行けないと、書かれていた。
ああ、目立たせて婚約破棄をするのかな。アドリアン様を自由にしなくちゃよね。遠目に見る限りフィーネ様がアドリアン様に言い寄っているだけに見えていたけれど、彼もまんざらでもなかったんだろう。
チクチクと胸が痛んだけれど、私に何ができるかわからなかった。
その頃、アドリアン様が何を考えているかなど、私は知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
王太子殿下の誕生日。夜会に着くと、警備の騎士がついてくれた。一人なのが哀れなのかな? そんなことで、貴重な警備の人員を割くかしらと内心首を傾げたとき、騎士団長が声を張り上げた。
「怪盗リオンからの予告状が届きました。今夜、悪役令嬢を頂きに参上しますとあります。お心当たりのご令嬢は気をつけてください」
皆の目が私に向いた。何もしてないのに、『悪役令嬢』だと思われてるってこと? 騎士様の目を見ると、なぜか微笑まれてしまった。
怪盗リオン……カードの人だ。私を盗みに来るのかしら。何が起きるのか胸騒ぎがした。
国王陛下や王妃、王太子殿下に挨拶をするとバルコニーに向かった。静かなところに行きたかったからだ。
そうして手すりに体重をかけようとしたときだった。
上階から人影が見えたかと思うと、腰をつかまれ、そのまま庭まで降りてしまった。あまりのことに体が固まってしまう。
「あなた、だれ!?」
男は仮面をかぶっていて、立てた人差し指をその口元にあてた。
「怪盗リオン?」
返事を聞く前に、荷物のように肩に担がれ馬車まで連れてこられてしまい、そのまま出発してしまった。早業すぎる。馬車が走り出すとリオンはスカーフを取り出し、私の目を塞いだ。私は、ふとなくなったメモを思い出した。
「遠くへ連れて行ってくれるの?」
不思議とリオンに悪いようにされるとは思えず、期待のあまり聞いてしまった。彼は言葉に出さないけれど、私の手をそっと握ったかと思うと、手のひらに「そうだ」と書いた。
お父様やお母様は心配するかしら。
どこに行くのかしら。
騎士団が捜索するのかしら。
少しの期待と不安で胸がいっぱいになった頃、馬車が止まった。抱きかかえられるように降りると、お姫様抱っこでそのまま抱えられて、ラベンダーの香りがする部屋に着いた。ソファーに降ろされ、目隠しをはずされる。
「この部屋は?」
「お嬢様がお過ごしになられる部屋でございます」
お仕着せを着たメイドが返事をした。リオンを見ると頷く。
「ここはどこなのですか?」
「今は、お答えできません」
「今は、ですか?」
周りを見渡すと、部屋はピンクを基調にしていて、家具は白く、とても可愛かった。まるで私のために誂えた部屋?
「さあ、お疲れでしょうから、湯浴みをなさいませ」
メイドが私の世話をし始め、その夜から不思議な生活が始まった。私はどこかの屋敷に監禁されているらしい。
部屋は広くて私好みの設えだし、着替えのドレスも私の好みで、たくさん用意されている。食事の合間のスイーツも好きなものばかりで、とても快適だった。
本は望むだけ与えられる。予め置いてあった本の中には、子供の頃に好きだった怪盗の物語が入っていて少し気になった。
怪盗リオンの出てくる、その小説の表紙を撫で、アドリアン様とまだ話せていた子供時代を思い出す。
アドリアン様は今どうされているのかしら。
◇ ◇ ◇
その頃、王宮では、いなくなったファビアンヌのことで騒然となっていた。攫われたところを見たのは騎士一人。
屋敷に帰ったのかとも、やはり攫われたのだとも噂された。
侯爵は、翌日にファビアンヌが体調を崩して屋敷に戻ったと発表し、しばらく部屋にこもっていると伝えた。侯爵が私兵を動かしている様子はなく、本当に寝込んでいるのだろうとお見舞いの申し出が殺到した。
それから、1週間が経つと執務室の空気が変わってきた。
「ファビアンヌ様がいないと、こんなに仕事が溜まる」
「たいした仕事をしていなかったはずなのに」
それを聞いてアドリアンは小さく笑った。
「ファビアンヌ様はほんとに侯爵邸にいるのかな」
「何を言ってるんだ。もし攫われていたら無事じゃないだろうし、無事でも婚約はダメになるぞ……あ」
アドリアンの存在に気づいて、口を噤む職員たちに、彼は睨みを利かせるのだった。
学園では、生徒会の庶務だったファビアンヌが休んでいることで仕事が回らなくなっていた。口数こそ少ないファビアンヌだが、皆の仕事が回るように取り計らっていたことに彼らはやっと気づいた。
教室では、すっかり枯れた花が花瓶に残っていた。
◇ ◇ ◇
「日常から離れてみてどう?」
リオンがカードを置いていくと、なんだかこそばくて嬉しい。用意されたレターセットに手紙を書いていく。
「お父様、お母様が心配しているか気になります。アドリアン様がどうしているかも気になります」
「アドリアンがどうして気になるの?」
「フィーネ様とどうしているかとか、私との婚約はなくなったのかなと考えてしまって。わたしは身勝手です。アドリアン様を解放しなくてはと思うのに」
そんな手紙を返した夜中、小さな物音で目が覚めた。暗闇の中にランプを持って立ち尽くすスラリとした人影。
「リオン?」
「ファビアンヌ?」
返ってきたリオンの声を聞いて確信した。今まで感じた違和感は間違っていなかった。どうしてこんな手の込んだことをしたかわからないけど、リオンはアドリアン様だった。
「アドリアン様はなぜ……」
「内気なファビアンヌをもっと知りたかった」
「……!」
「フィーネ嬢とは何もないし、何も思っていない」
「アドリアン様……」
「この手紙……ファビアンヌは、婚約が嫌だったのか」
アドリアン様のつらそうな声を聞いて、胸が痛くなる。思わず私は駆け出す。
「好きです。アドリアン様が好きです」
ランプを持った手を彷徨わせながら、もう片方の手で抱き寄せてくれる。
「ファビアンヌといる穏やかな時間も好きだけれど、本心はどうなのか知りたかった。惑わせてすまなかった」
「屋敷での手紙はどうしていたんですか?」
「あれは……侯爵に協力してもらっていたんだ」
お父様と協力!? びっくりしたけど、知らない間に手紙がカードにすり替わったのは、簡単な仕掛けだったのね。
「ここは、どこなんですか?」
「王宮から離れたと見せかけるために、城を何周かしたけれど、ここは東の離宮なんだ」
離宮? アドリアン様は、将来は王弟として兄君を支えることになっていて、離宮の一つはアドリアン様の屋敷になる予定だ。
「この部屋はファビアンヌの部屋なんだ」
「私のための部屋なんだとすぐにわかりました。好みの設えで嬉しかったです」
「ファビアンヌはこのまま、ここで暮らせばいい」
「え……えぇ!?」
アドリアン様の屋敷にもう住んでもいい? でもまだ婚約者だわ。それに学園もちゃんと卒業したいし。
「学園にはここからでも通えるよ」
まるで私の心を読んだような返答に目を丸くする。
「アドリアン様は超能力が使えるんですか? 学園はちゃんと卒業したいです」
「うん、卒業したら結婚しよう。好きだよ、ファビアンヌ」
アドリアン様の言葉に心が歓喜に震える。目に涙が滲む。
「はい。私もお慕いしております」
◇ ◇ ◇
周りの様子を俺が見定めた結果、ファビアンヌは二週間で学園や執務に戻った。そして、侯爵にも了承を取って離宮へ住まいを移している。
結局、怪盗リオンの予告状は多くの人には忘れられ、一部の人には単なるいたずらの怪文書として納得された。
しかし、ファビアンヌの護衛についた騎士を始め、騎士団長や陛下や数人は真相を知っていた。俺の初めてのわがままは、ずいぶん荒唐無稽なもので、驚かせてしまったけれど楽しんでくれた。
王城で兄上に会った時、改めて声をかけられた。
「アドリアン、次は何を盗むんだい? それにしてもうまく行って良かったな」
「兄上、ありがとうございます。誕生会は欠席してしまって、すみませんでした」
「驚いたけれど、可愛い弟の考えたことだしね」
欠席の件は、正式には一度謝っているけれど、何度言っても足りない。すると、兄上がこっそりと話してくれた。
「そうそう、あのまとわりついていた子爵令嬢はどうしたんだい? 悪役令嬢の噂を広げたのも彼女だろう」
「子爵家に不敬だと抗議の手紙を出したら、子爵があわてて謝罪に来て、彼女は転校したよ。はじめからそうすればよかった」
「私はヒロインなのにとか言っていたらしいけど、どういう意味だったんだろうね」
誰が悪役令嬢と言い出したのか知らないけれど、広がってしまったら多くの人に抗議をするわけにもいかないし、しばらく休むのは効果的だったようだ。
ファビアンヌは出会った頃から、侯爵の影に隠れてこちらを見るような、大人しい子だった。
走り回るよりは本が好きで、難しい歴史書から、大衆小説まで読んでいた。中でも意に沿わない結婚に向かう令嬢を、奪い取る怪盗リオンの物語が好きだった。
「勇者や王子が出てくる物語じゃないのかい?」
「新しい世界に連れ出してくれるのが、素敵なのですわ」
まだ幼いながらに、目を輝かせて語ったファビアンヌを忘れられなかった。
俺は、ファビアンヌから悪役令嬢という汚名を盗めただろうか。
彼女は俺の隣で、以前より明るい顔で笑うようになった。とてもかわいい。
親しい人は俺だけでもいいけれど、もう誰にも傷つけさせない
ここまで、読んでくださりありがとうございます。
怪盗リオンの盗んだものに驚いていただけると嬉しいです。
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