第47話 えほん
展望室で別れる前、共鳴機構や十三号機がネーレイスを呼び寄せた時のことを話すと、美岬は興味を示していた。
「ネーレイスを唄で操れるのね。
だけど、それって人形やシトラには通じるのかしら?」
「その場にいるすべてに適用されていない以上は、なにかしら制限があるのかもしれない。確認できただけで、フェザー級に魔海狼、そしてアーウィヅォウト。あまり上位のネーレイスに通用するかは、怪しいと僕は想っている。だけれど、技術そのものが未完成なだけかもしれない。
十三号機や共鳴機構とやら、ヤヲ因子を研究する過程で生まれたものには、まず間違いないだろうから。
海軍はそう簡単にあの技術を手放さないだろう」
「陸軍が圧をかけて、死蔵することを願うしかない、か。
もどかしいわね」
「海軍が制海権に関心があるのはわかるけど、彼らは《《たかだか》》遺跡のオーパーツに本腰を入れているようにも見えない。
その気になれば、僕を拉致したように、共鳴者を人質にとるなりすれば早かったろう」
「その気になれば、いつでもできるから。
舐められてるんでしょう。
そも、彼らだって一枚岩ではない。税金をそのように運用することを、懐疑的なほうが組織には多い。鮫人の力を真に把握しているものは、少なかった」
もしかすると、あの研究用の潜水艦に搭乗していたもので、その全てだったかもしれない。ふと枸櫞は想った。
あの将官たちも、実績を求めていたはずだ。
「今回の失敗は彼らにも痛手でしょう、だけど注意しておくに越したことはない。枸櫞くん……復讐が終わったら、泉客や人形から離れてくれたっていい。ネーレイスとの戦い以外で、あなたたちの身に危険が降りかかるのは、私の本意じゃない。
シトラちゃんを連れて行ってくれても、みんな、私が責任を持つよ。
そのことは、きみに知っていて欲しい」
「また勝手なことを言うんだな。
僕にとって、テルクのことはもう他人事じゃない。
復讐の道具、とするだけにしては、深く関わり過ぎたからな」
「だったらきみは、どうしようというの?」
「――」
ひと月ほどのうちに、ネーレイスとの戦いを通じ、様々なものに触れてきた。いいモノも、悪いモノも。
「シトラを育てていくための、お金が欲しいのは変わらず。
だけどこの前のきみの提案を受けてやる気もないな、時間がかかっても、自分の力で稼いでいくとするよ」
「じゃあ、こういうのはどう?
きみがネーレイスへ呼ばれ、それを討伐するたびの出来高制、とでも言うかな。こちらはあなたの働きに応じて、対価を与える。命をかけてやるに相応しい額。学生のバイトで得る程度のはした金よりかは、いま役に立つとおもう。あのひともあなたの働きをすでに知っているようだし、文句は言わせない」
あのひと、とは、無論彼女の父を示してのことだ。
「……そうか。きみは僕に、テルクのことに集中して欲しいんだったな。
わかった、その提案に乗るとするよ」
枸櫞は彼女に、握手を求めた。
*
とはいえ、ネーレイスとの戦いはボランティアではない。
鮫人との戦いは半ば強制的なものと言え、泉客から共鳴者たちには出撃数に応じた対価、金銭は元から与えられている。今度のは、そこに覚醒した八号機とシトラの養育分を上積みするという話らしい。
つうか、なければみんな、もっとやけになっていたろう。
ボイコットもできないネーレイスとの戦いは、どのみち続いていく。
GW中だと言うに、海洋郷土研究部の部室に行き、旧い資料を読みふけっている。東京には本当のところ、二泊くらい泊りがけるつもりだったけど、海軍に拉致られたため、思いのほか時間が空いてしまった。
考えてみれば僕は、ネーレイスというものを知っているようで、よく知らないままだった。
戦っては怪我をして、死にかけて、理不尽なレベルの護斗からの教練にも最近は時間を割かなくちゃならない。
シトラと琉稀さんもついてきて、手伝ってくれているのだが――、
「うわ、埃臭い。
終わってから換気した方がいいよねぇ」
「えぇ……先輩もネーレイスに、興味あるんですね」
「それは――自分たちの身に降りかかっていることだもの、真剣にだってなるよ。
ところで、手当たり次第でやっていくつもり?
全部読むには、GWののこり全部溶かしても足りるか怪しいけど」
そう言われる間も、枸櫞はネーレイスにまつわる大正年代くらいの資料をばっさばっさやって埃を舞い立たせている。
「枸櫞くんの知りたいことはそこにありそう?
いくつかは過去に読んでるから、答えられることもあると想う」
「ありがとうございます。……けほっ」
「くえん、このえほんよんでー」
「絵本て」
確かに図解が入っているものの、絵本と呼ぶには物々しいものをシトラは運んできて、彼の膝に載った。
「こらこら、人のやってることに割り込むのはよくない――いや、シトラ。そういうこと?」
枸櫞は彼女を抱えて、その『えほん』に見入った。
「あぁそれ。明治のころの地元の絵描きさんが、ちょっとした第六感持ちだったそうなのよね。そのひとは、共鳴者でもないのに、テルクを観てきたかのように、ネーレイスによく似た存在を画集に纏めていたみたい。
生前、あまり売れなかったようだけど――ちょっと鬼気迫るのよね、その克明さというか……本当に、そういう力があったんだとしても、私たちでは驚けないか」
「いや、そういうのでいいんですよ。
僕らが鮫人を通じて当たり前にこなしているものを、外からはどう見えるのかなって。
なるほどな――これが、セドナ?
おぼろげだけど、これなんかシトラみたいだ」
「神社姫ってこと?」
「えぇ」
「ほんとだ、改めて観ると、それっぽい。
そんな昔にも、シトラちゃんたらテルクにいたの?」
「うん!」
シトラは元気よく頷いた。
枸櫞は彼女を、そっと抱き寄せる。
「ありがとうな、シトラ。僕たちのところへ来てくれて。
シトラのおかげで、毎日が寂しくなくて済んでる」




