第36話 雲海の塔
アーウィソウトルといえば、アステカ神話に出てくる存在だかで、襲ったやつの目やら歯やら爪やらをパクってくとのことだが、四号機は心核部をなぜかもがれていた。
本来喰わない部位をとったことに、どれほどの意味があるかは知らないけれど、未知の存在を相手すると、あらゆる不確定要素が気がかりになってしまう。
*
八岐級なる大蛇の異形と対峙している。
……いよいよネーレイスのネタ切れも深刻らしいな、元ネタは八岐大蛇と言ったところだろう、安直さよここに窮まれり。
今日の八号機のコクピットに、シトラはいなかった。
(避けられているな、当然か)
最近は、あの子がいるのが半ば当たり前のようになっていたけれど、そろそろ気を取り直していかなくては。
ところで正面の敵、単なる大蛇ではない。
「雲海のなかに、塔――」
その胴体は、全長七十メートルあろう白い浮遊塔と同化している。
『よりによって、龍宮とは』
「?
いま、なんて」
『聞いての通りだ。
あの龍宮だ、九号機からが消息を絶った探査に際して、海軍たちはあれを探索していた。
最初は海中に確認されたものだが、“リュウグウポート”は移動する。
八岐級はいつも、あの塔と共に目撃されているんだ』
「――」
まだ真水狩人も片付かないうちから、これか。
確かに、龍じゃあるかもしらんが――塔の奥に、宮があったりするんだろうか?
*
真水狩人のことでシトラに迫った直後、美岬から拳骨が降ってきた。
「子どものこと怯えさせるなんて、最低」
「――、あぁ、うん。
ほんと、その通りだよな。ごめん、僕が間違えていた」
枸櫞はそれで、ようやっと平静を取り戻したまである。
正直、とっくにぎりぎりだ。
またあと少しなにかが起きるようなら、自分は普通に狂うんじゃなかろうか。
だけれど、いま狂うわけにはいかない。
シトラと、琉稀と……ここに来てからの日々、背負う人たちがいるから。
「ごめんなさい。
私が言える立場じゃないことはわかってる。
犠牲を出さないって、貴方との約束を、私は……」
「いいや、それは違う。だからみなまで言わなくていい。
琉稀さんは、生きているんだ。今はまだ、眠っているだけ。
シトラが言ったことは、単なる慰めなんかじゃない。
僕が誰より、この子の家族として、信じてやらなきゃならない言葉なんだ」
「!」
美岬は自分が枸櫞との約束を守れていないと気に病んでいようが、枸櫞は琉稀をあきらめていないのだ。だから『破ったうちには入らない』。
「きみが約束を守れるひとかは、これからのきみを見れば、自ずとわかることだろう。
きみはまだ、巻き返せる。それとも、この程度で折れる覚悟だったのか」
「そんなこと、ない」
彼女は自分を確かめるように、言い切ってのけた。
話は少しだけ続く。
「一部のネーレイスには、転生するという話があるの」
「転生、ね。また突拍子もないオカルトだな」
「ヤヲ因子の特性には、記憶を引き継ぐ、といった作用も限定的ながら確認されてる。おかしな話ではないのかも」
「もはやなんでもありだなヤヲ因子、それだって解釈次第だろうに」
「神社姫は貴方が一度、その身を食い荒らしたでしょうが」
「シトラが、それだと?」
「それに類する現象が、有り得ないではないはずよ。
一度起きたなら、同じ条件が揃った際に再現性がないと考えるほうが難しい」
「確かに、な。
だけど、以前の神社姫といまのシトラやリターナーが、まったく同じ存在ではないだろう。
たとえ人格や記憶を継承できても、ネーレイスがその違いまで考えているものか、僕らにはある意味で測りようがない。
やつらに知性や学問もなければ、わかる必要もないかもしらんが……」
*
浜から中空の雲海を、三人で見上げている。
雲海からは雷と強風が発生して、すでにあたりは暴風雨に包まれている。
「流石にあそこまで行けないな。
鮫人は跳べないし――」
『というわけだが、俺たちを呼び出したのは、やはりあの八岐級なのか?』
「さぁな、浜にはなにもいないだろう」
護斗と珊瑚が呼ばれて、僕も結局テルクへ跳んできてしまった。
琉稀さんが眠り続けているいま、何もしないということはできない。
「過去の討伐例は?」
『ねーよ、ンなもん。
まぁ結果として災害が生じた記録はあるが』
「また難儀なやつを、だけど。
跳べない高さでもないな」
『鮫人の跳躍力には限りがあるぞ』
「問題ない、僕がやる。……なにか、いまの琉稀さんの手がかりになるかもしれないだろ」
『待っ、ソラの字!?』
(首輪の鎖の長さは自分で切り替えられる)
『そっか、お前は鎖があるんだっけな……』
さっそく最初の大蛇の首を捉えた。
八つの頭、首輪が首をひとつ捉えるたび、銛で切り落とす。
それをこの十分ほど繰り返しているけれど、まだ三つを仕留めただけだ。
もう五つ落とすとなると、時間がかかり過ぎる。
『みっちゃん、もういい!
僕たちにもやらせてくれ!』
「けどな、珊瑚くん」
『もう暴走なんてしない――きみの足を引っ張ったりしないから!』
「――、手伝ってくれるか」
『当たり前だ、護斗、やるよ!』
『お前ら人使い荒いんだよ……』
「ほいじゃ、一回戻る。
鎖で道を作るから、ふたりは大蛇のカウンターに気を付けて!」
枸櫞が張った鎖に、五号機と続く二号機が器用に飛び乗り、走り出した。
『そういや二号機は鞭があるんだろう?
伸びないのか?』
『やっているけど、みっちゃんみたいにはいかない。
だけど、おかげで道筋が見えた』
弐号機の異能で、海中と鎖の横から高速で、紅い珊瑚の道が構成される。そのまま二号機自身からも、珊瑚の鎧が生えていく。
『制御、できるんだよな?』
『みっちゃんの前で、僕はもうみっともない戦いはしない』
『頼もしいじゃん』
「――、五号機、接近戦でフォローはできないからな」
覚醒している弐号機と八号機ならば機体の自己修復が働くものの、五号機はそうでない。
『舐めるなよ、戦歴は俺が一番長い!』
確かに、異能もないのにもっともきびきび動いているのが五号機だ。
『ひとの銛パクっといて、お前それまだ使えるん!?』
「そのようだね。にしても、人形の覚醒の条件ってなんだろう」
『知るか。俺が教わりたいわ……』
弐号機も自機から生じる紅珊瑚で、塔の壁と大蛇の鱗をみるみる侵蝕していく。
『みっちゃん』
「どうした、なにかヘンなことが?」
『いや、きっと悪いことじゃない。
人魚の肉を喰うってのがどういうことか、今度こそは摑めた気がするんだ』
「――、なるほど」
紅色の珊瑚が大蛇のネーレイスの首を浸潤するたび、異形はとんでもない音量で叫んでいた。
「じゃあ僕も、負けられない」
八号機が口を開き、唄いだす。男のような低い声だったが、人形が発声するそれはやはり、人ならざるものにささげし唄なのだろう。
護斗たちは大蛇を叩きながら、その唄に身震いする。
動きの止まった大蛇の鱗に、八号機が喰らいついた。
(二号機は珊瑚を通して、八号機は愚直に喰らうことで、ネーレイスとそのヤヲ因子を取り込んでいる……このままだと、あいつらはどうなってしまう?
人じゃ、なくなるのか――)
「アサくん、次!」
『お、おう!』
物思いにふけっている間に、着々と大蛇の征伐は進んだ。
「待って!」
『こっちは終わった、次はなんだ!?』
「最後の一頭だ、倒しきる前に、龍宮の中を――」
『っ、今回は無理だ、俺たちも消耗している!
手がかりが欲しいのは分かるが、八号機ならまたいつでも来れる!』
「……そうだな。アサくんが、正しいよ」
そうしてフィニッシュは、八号機の首輪が捉えたものを、護斗が切り落とした。また、テルクの世界が終わる。
「まだっ――僕はッ!」
八号機は塔の中へ、無理に押し入ろうとするも、大蛇の遺骸の肉に弾かれて、海上へ振り落とされる。
「!」
『ソラの字!?』『みっちゃん!?』
現実の港湾に着水した八号機へ、護斗たちはほぼ同時に叫んでいた。
*
「逆にふたりは、中空から落ちて着地できたのね……」
「珊瑚が足場になってくれて」
「みっちゃんの行動が早過ぎて、捉えきれませんでした」
弐号機の紅珊瑚、制御さえできると八号機のくせが強い各種の異能より、使い勝手のよいようだった。
美岬は嘆息する。
「ありがとう、ふたりは戻ってくれていい」
「――」
発令所に居残った彼を、彼女は哀しげに見やった。
「物的被害こそなかったんだから、そんな深刻な顔しなくたって。らしくないじゃん、顔のいい男が」
「真水狩人の手がかり、なにも掴めていない。
……あのひとに、早く目覚めて欲しい、それだけなんだ」
「そう。琉稀さんは、あなたに出逢えてきっと幸せだね。
頭、冷やしてきてくれる?」
「あぁ。今日は、ごめん」
「焦ったら、ダメ。
手の届くものも、そうでなくなっちゃう」




