第4話 さんと先輩
枸櫞は地上への昇降機に乗りながら、ふたりに訊きたいことを次々訊いていく。
「もしかしてお二方、うちの姉さんと知り合いでした?」
「ああ檸檬ちゃん?
たしかに、昔はよく遊んでたなぁ。
あの子が東京に行く前だけど、ねぇ」
「えぇ、いつも私たちを引っ張りまわして。
男の子たちも引っかきまわされてたよなぁ、昔地元のリトルリーグで大暴れしたって話、知ってた?」
「なんですかそれ。あのひとらしいっちゃ、らしいエピソードですけど」
琉稀も昔話に花を咲かせたかったらしい。
「試合の時もそうだけど、やってた子が千本ノックでしこたましごかれて、球児のみちを挫折しちゃったり――」
「なんだそれ。
……練習のはずでは?」
あのひとのバイタリティは昔からどっかおかしいところあったけど、まぁたしかに。
「でも八号機の共鳴者が枸櫞くんで、よかったのかもしれない。
私、そう思うよ。ほかのひとたちはなんて言うかわからないけど」
「それって」
巫女さんの言いたいことの先は、琉稀がまた補足してくれる。
「八号機の共鳴者の候補だったのが、檸檬だったの」
「――」
「とはいえ、芸能活動の傍らにやってもらうわけにもいかなかったでしょうけど」
浅葱はそこでいったん話を締めた。
三人は地下三階まで来ると、学園施設の入り口へ向かう。
「巫女さんがここにいるってことは、神社もあの遺跡と絡んでいるんです?」
「浅葱って呼んでくれていいよ。
そうだね、そのあたりも話しておいたほうがいいか」
「じゃあ、浅葱さん」
「ふふ、せっかくなんだし、琉稀も呼んでもらったら」
「え、いや私は」
警戒されているのか、単なる謙遜か。
いずれにせよ、枸櫞はちょっぴりショックを受ける。
「先輩が嫌なら、僕はやらないですよ」
「いや、弟くんは悪くないんだ。ただ、最近の檸檬とはずっと疎遠ぎみだったし、特段仲良くもなかったから、その」
「あーあ弟くん、かわいそ」
「……ははは」
「大丈夫、よろしくね弟くん」
「――」
きっとこのひとも、姉さんのこと嫌いまではいかずとも、苦手だったんだろうな。それがひしひしと伝わってくる。
「あぁ枸櫞くん、あんま気にしなくていいよ。
この子の初恋の相手、檸檬ちゃんに取られちゃった挙句、そいつもこっぴどく振られちゃっただけだから」
「ちょっと、あさぎ!?」
「はつ、こい……そういう」
姉さんに対して抱く僕の親愛をカウントしなければ、僕はたったいま失恋したような気さえしてくる。敗北者ぁ?
浅葱さんは僕を名前で呼ぶけど、さっきからこのひとは弟くんで通してるし、やっぱり距離を置かれてるな。
「呼んであげたらどうなの、枸櫞くんって」
「え、あぁ――だね、フェアじゃない」
なにに対する公正を期しているのか、僕にはよくわからなかったが、
「ごめんね、枸櫞くん。
きみはきみだもんね、檸檬のこと、私が勝手に引きずってて」
「いえ、大丈夫です。琉稀、先輩?」
「うん。これからよろしく、同じ共鳴者同士」
「やっぱり浅葱さんも?」
彼女は頷いたが、気になることのあった。
「そうだけど、『さん』と『先輩』の違いはどっから?」
「なんなら『浅葱先輩』でも、いきますか」
「いや、ふたりともさんでいいと思うが。
琉稀がダメだってなら、また違ってきちゃうけど」
「大丈夫、ですよ。ほんとに。
枸櫞くん、本当に気にしなくていいからね」
「じゃあ、……琉稀さんで」
「うん、なにとぞよろしく」
亀の如き、遅々とした前身であった。
やれやれと、浅葱が腕をひろげる。
「たく、ふたりしてかわいいかよ」
「――、僕、またヘンなこと言いました?」
「いんやぁ?」
琉稀に対する僕の一喜一憂を楽しんでいるようだ。
まぁ、ずっと揶揄われているわけにもいかないが。
こっから真面目な話をしなければ。
「鮫人――あの巨人は、いったいなんです?」
「先史文明……私らが通常学んでいる人類の歴史よりはるか太古からある遺跡と、そこに眠っていたオーパーツだよ。
オーパーツって、わかるかな?」
「それまでそこにあった通常の文明や文化から出てくるとは考えにくい、オブジェクトってことですよね。
言われてみると、ものの旧さに対して、人形は感覚的に操れるくらいで、気味悪かったですね。機械的なラグや処理の遅延も、ほとんど体感がないくらいに、円滑ってことだ」
「うーん、言わんとするところはわからなくもないけど。
ひょっとして枸櫞くん、機械オタクだったりする?」
「いえ、まぁジャンクガジェットを軽く互換電池に変えたりくらいはしますけど、本当にデジタルネイティブ世代の初心者的な範疇ですかね。結局は自分が興味を持ったものしか触りませんし」
「どうしよう琉稀、私この子の言葉が分からない……」
「あはははは、私たちよりは機械に明るいのは確かそうだね」
「――」
枸櫞は自分が通だとは欠片も想っていないが、自分なんかが機械に明るい扱いならプロンプトやらソースコード書けるやつらは、完全にバケモノの扱いになりそうだ。
つーか、わからないのに鮫人に乗ってるのか、このふたりは?
確かにあれだけ感覚的にスムーズに動くものの原理なんて、わざわざ考えるほうが野暮かもしらんが。
「テルクの海原って?」
「きみが鮫人で行った異世界のことだよ。
ネーレイスたちがいる」
「やっぱ一匹や二匹じゃないんですね」
「旧くは安土桃山期に遡るけど、いまどきは、戦後やってきた泉客グループが発掘を続けている。
遺跡の発掘と前後して、ネーレイスとテルクの海原にまつわる戦いは始まった。
泉客家自体は企業化する以前から地元の名士だったし、家門は鎌倉時代からある。彼らは形を変えつつも発掘事業を継続し、交叉神社は遺跡と土地一帯の管理に関わっている」
「――、姉さんは、そういうの知ってたんですかね」
「さぁ、テルクのことを打診できたとして、美岬嬢でしょうし。案外知らないままだったかもしれない」
(人形に選ばれた共鳴者は、戦い続けるのか)
「泉客さん――美岬さんって、お二方から見てどうです」
「どうというと?」
「信用できる人間か、ですよ」
「「――」」
ふたりは最初戸惑っていたが、浅葱はすぐに言った。
「頭のいい子じゃあるよ。
きみみたいにまた明晰なひとは身構えるでしょうけど、同い年なら、あまり孤立させないであげてほしいかな。
苦労してる身の上だから」
「そう……なんでしょうね」
兄の死を父のせいだと淡々語れるやつは、既にどっかしら壊れている。
「でもきみ自身も、気を付けてね。
記録上、鮫人がネーレイスを捕食したのは初めてのことだから。
きみは自分のしでかしたことを、多少なりとも自覚したほうがいい」
「さいですか……」
*
久原は鮫人による神社姫の捕食という、今回の出来事を極めて重く見ていた。
「『朱桃』ですか。
名前なんてどうでもいいわ、これ、すでに泉客グループの手に余る事態じゃありませんかね、美岬嬢?」
「我々は鮫人というオーパーツの新たな側面を発見したにすぎません。政府、海軍に譲渡された旧十三号機の解析もまた進むことになるでしょう」
「新たな側面の発見?
発掘事業は泉客の悲願かもしれませんけど、あなたねぇ、それは些か詭弁というものじゃありませんですこと。
それまで永年、世代を跨いで発掘事業をやってきて、鮫人の運用に決定的な瑕疵を見つけたということでしょう、これは。
泉客は永年それを見落としていた。
もし鮫人八号機と天充枸櫞が制御できない事態に陥ったら、どうするつもり?」
「そのときは俺がやつの息の根を止めます」
会議室へやってきたのは、五号機の共鳴者、朝桐護斗。
「共鳴者殺し、ね。
……まぁいいわ、あの少年については、しばらく様子を見ましょうか」
久原はようやく溜飲が下がった。




