第9話 フェザー逸話級
さっきまで、教室で授業を受けていたはずだ。
なのにまた、八号機のコクピットのなかに飛ばされていた。
(遺跡へ向かうまでもなく、鮫人は共鳴者を召喚するんだな……)
これもネーレイスが扱うのと同じく、ある種の空間転移であることは窺える。
久原さんは、空間転移には本来膨大なエネルギーが必要になると言っていたが、僕の移動時にそのような負荷が発動する様子は、正直感じられない。
「そも、鮫人ってなにで動いているんだろう?
少なくとも単純な電力とかではなさそうだし、これも空間跳躍ってやつだよな。
鮫人の力、やっぱりネーレイスそのものとも関係があるのか?」
『たく、なにボソボソ言ってやがる!』
「お、朝桐くんか。
きみもテルクにいるのか、五号機?」
『おう』
白い五号機が白昼の砂浜に立ち、銛を振っている。彼の固有武器ということか。
「発令所との交信が取れないけど」
『さすがに、すぐでは人がいないだけだろう。
遺跡から人形が消失しているのに気づけば、久原さんあたりがすぐ出張ってくるはずだ』
「こうやって、テルクヘ突然飛ばされるのは、よくあることなのか?」
『あぁ、時々な。殆どが夜間だから、まず授業と被ることもないんだけど。
今は、昼下がりか』
「――、午後の授業、間に合うかな?」
『それは敵のやつら次第だな』
「ぷぅ……」
「――」
変な擬音を口に、シトラがいつの間にか八号機のコクピットへと乗り込んでいる。
あれこれ、結構絶対絶命な状況では?
文脈上では敵性体に機体の内部、心臓部というか頭脳部というかにあっさり到達されてしまっているわけだし。
『おいおい、この前の子、そこにいるの!?
鮫人のコクピットだろう!』
「ほんとうに、どうなってるんだろうかな。シトラが誰かに危害を加えるようなら、そうなる前に僕が止めるつもりだけど……というか、現状、ここまで侵入されてしまうなら、僕らや泉客グループにだって、実質止める手立てがないんだよな」
『うむ。今は、俺たちを呼んだ敵の正体を確かめることが先決だ』
「仰るとおりで。それとこの子、シトラな。美岬さんが名前つけた」
『お、おう。そうか……美岬嬢が』
ネーレイスの名付け親になるなんて、彼の心中慮ると複雑なところだろう。
「僕は正直、ネーレイスを全然知らないんだけど。
どんなやつがいるの、みんな神社姫みたいな?」
『あれは寧ろ、イレギュラーなんだが。
人魚の名がついているからといって、出現するものの殆どはテルクに棲息する魚介じみたナニカだし』
「――、お」
海の上を跳ねる魚群――といっても、一体一体が五メートルから八メートル大ある。
「もう人魚っつうかただの魚だよねあれは!?」
トビウオか某ゲームのコ〇キング的な枠でしょ、あんなん!
『フェザー逸話級だな。とはいえ、同じ級でも形状は一定しない』
「いつわきゅう?」
『まずあれにやられる共鳴者はいないが、魚群を壊滅するまで帰れない、時間がかかるぞ』
確かに注視してみると、単調な魚型とも言い難かった。
フェザー逸話級とやらは近代になって現れた群生体であり、テルク界限定とはいえ沿岸に上がってくることを躊躇わないし、砂や岩礁を切り崩した投石やらと、悪質な芸を持っているので対応が面倒なんだとか。
より踏み込んだ容姿はというと、猿の顔が備わった干からびたミイラのような異形やら、チョウチンアンコウの首を据えられた人魚というよりか、半魚人みたいなのまでいる。
護斗は戦い慣れているようだが、枸櫞ひとりでこの場に現れて、あんなのに集中攻撃されたら途中で絶対に嫌気がさして逃げ出したに違いない。
なんせ彼の手元にはいま、首輪しかないんだから。
「――、なにか手っ取り早い方法は?
思念武器って最初に出したもの以外は出せないの?」
『思念武器はひとつしか出せない、俺は銛だったって話』
「いやいやいや……地引網とかさ」
『できたらとっくにやっている。
つーか、覚醒した鮫人は固有の異能を扱えるはずだが?』
「なにそれ初耳。あんま不確定要素に頼りたくないんだけど」
戦い慣れていなければ、人形の機能をろくに知っているでもない。
『足を引っ張ってくれるなよ、ド新人』
「あーそういうこと言っちゃう?
ま事実ですけど。
なぁ、思念武器はひとつしか出せないっつったよな」
『そうだ、だから首輪と鎖とか、変態プレイマテリアル持て余している暇があったら――』
「武器のかたちを、選択的に変えるのは?」
『は、ンなんできるわけが』
そう言っているうち、彼の手元には首輪から変質した網が現れる。
「できるわけ、なんだって?」
『嘘だろ……ありえない、俺が試しても、そんなこと一度だって!』
「これでネーレイスを囲えば、お前の銛で一掃できる。
違うか?」
『あ、あぁ』
「こっからさらに形状を変えられないか試しているけど、どうにもほかの武器にはなってくれないな」
『イレギュラー……』
「なんて?」
『なんでもない、じゃあ群れを引き寄せてくれ』
「おっしゃ」
枸櫞は八号機が生成したばかりの網を海面へ放る。
彼の膝の上でシトラがはしゃいでいた。
黒髪に、人ならざるものを現すような紫紺の瞳。
枸櫞たちは――後方支援という名の、もはや観客に徹していた。
そりゃあ最初こそ、網で魚群の足止めをしていたが、五号機が想ったよりきびきび動いて逸話級たちを処分していくので、途中からやることがない。
網自体もすでに解除していた。
「よっしゃあその調子でいけぇ、センパイ!
頑張れ朝桐、お前ならできる!」
「あしゃぎり、がんば!!!」
『お前らやる気ねぇだろ、煽てといてしれっとボサッてんじゃねぇよッ!?
つかほんとなんで昼間の子がそこに乗ってんの、ソラの字お前なにしたんだよ!
え、マジでなんで――』
と、彼がよそ見をしたところで来たひときわ大きなフェザー級個体の顔面に、朱桃が投擲した首輪の輪っかがクリーンヒットする。
「いま!」
『わあってる!!!このッ』
窮地をチャンスに切り替えて、銛の一突きとともに朝桐機が波間に踏み込んでいく。
銛は標的の胸を的確に抉り、しかし銛には《《かえしがある》》ならば、それを引き抜く間のロスタイムをカバーしなくてはならない。
おり悪く、間髪入れない二体目が一体目の死角から朝桐機へ強襲を仕掛ける。
『っち、消失を待たないか!』
かえしのついた銛は、その貫通力が朝桐の適性にはよく合っていたわけだが、ネーレイス戦では撃破してそれが消滅するのを待てば、引き抜く手間を考えなくて済むというのも、それまでうまいこと彼のバトルスタイルと噛み合っていた――ただ、それは一対一のときであって、このような多対少ないし多対単を迫られる状況では、個々の消滅を待たずに次がやってくる。
『オラァ!
っ、踏ん張れないッ!?』
「朝桐っ!」
サボって見えて、枸櫞はきっちりと戦況を把握して立ち回っていた。
すでに海中へ踏み込み、朝桐に奇襲を仕掛けた異形の背後から首輪を仕掛けて締め上げる。
『すまん、助かる!』
「あしゃぎりー?」
枸櫞はとかく、童女こそは完全な観客ないし傍観者と言えよう。
すっかり楽しんでいやがる……!
『――』
群れの最後の一体までをその後は銛が順当に屠っていたが、その後の朝桐はなんとも浮かない態度だった。
「朝桐?
大丈夫か」
『あ、あぁ、終わったな。そろそろ空間も消滅するはずだ、今日は本当に助かったよ、ソラの字』
「いつの間にかまた渾名が増えてんのなに?
助けられたのはこっちだって、ガキ連れて暴れまわるわけにもいかないし」
『はは、そりゃそうだな……はっ』
朝桐、彼の声がひどく疲れきったものに聞こえる枸櫞だった。
(自信をなくすような要素なんて、なくないか?
致命的な失敗をしたでもなかろうに――)
人間というのは、よくわからない。付き合いもそんなに長くはないが、あとで美岬さんにでも労ってもらえるよう、進言しておこうと考える。




