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第2話:『物語の外で出会った君』

「大丈夫?」


庭の隅で泣いている少年、ルークに、私は優しく声をかけた。彼の膝には小さな擦り傷があり、そこから血がにじんでいる。


「……っ」


ルークは驚いたように顔を上げた。顔全体についた土汚れの隙間から、まるで夜空の星を閉じ込めたかのような、透き通った青い瞳が覗いていた。陽の光を浴びて、柔らかい栗色の髪がキラキラと輝いている。原作では、彼はこの後、貴族の子供たちにいじめられ、心を閉ざしていくはずだ。それを知っている私は、彼を放っておくことはできなかった。


「痛そうだね。少し、お姉さんが手当てしてあげる」


私はポケットからハンカチを取り出し、そっと彼の傷口を拭いた。ルークは警戒しながらも、その優しい手つきに安心したのか、少しだけ体の力を抜いた。


「どうして……?」


「どうしてって、痛そうだからに決まってるじゃない。それより、どうしてこんなところで一人で泣いてたの?」


私が尋ねると、彼は視線を伏せ、小さな声で答えた。「僕の、魔法が、うまくいかなくて……」


原作を思い出す。ルーク・フォン・アインハルトは類まれな才能を持つ魔法使いだったが、幼少期に魔法の制御ができず、周囲から嘲笑され、孤立していく。それが彼の悲劇の始まりだった。


「ふふ、大丈夫。魔法は、心と繋がってるんだよ」


私は、原作の物語の中で、ルークが成長していく過程で覚える魔法のコツを思い出し、彼にそっと耳打ちした。


「魔法の呪文を唱える時、ただ言葉にするんじゃなくて、『こうなりたい』って、心の中で強く願ってみて」


私の言葉に、ルークは不思議そうな顔をした。しかし、彼の目に希望の光が宿ったのを、私は見逃さなかった。


(よし、これで第一段階クリア…かな)


私がルークと話していると、メイドが私を探しに来た。ルークは慌てて私から離れ、去ろうとする。


「待って!また、会えるかな?」


私の問いかけに、ルークは振り返り、はにかんだように微笑んだ。


「うん、きっと」


その言葉を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。原作とは違う、温かい出会い。これで、彼の悲劇的な運命は書き換えられたはずだ。


部屋に戻る途中、メイドの先導で父親のいる書斎へと向かった。重厚な木の扉を開けると、そこには分厚い本に囲まれて座る、威厳のある父親の姿があった。


「イリス、待っていたぞ」


父親の顔は真剣そのもので、私は少し身構えた。何か、原作の展開に関わる重要な話なのだろうか。


「本日、聖女の素質を持つ子供がこの屋敷で生まれたと、教会の神官様からお言葉を賜った」


その言葉に、私は心臓が跳ね上がった。原作の『聖女』は、この後すぐに特別な教育を受け、世間から隔絶されていく。そして、その運命が悲劇へと繋がるのだ。


「…お父様、それは…」


「安心しなさい、イリス。お前は何も変わらず、私の大切な娘だ。しかし、この世界のため、そして何よりお前自身の才能のため、教会が提唱する教育を受け入れるべきだと、私は思う」


父親の言葉は、私への愛情と、世界を背負う者としての責任が混じり合っていた。しかし、それが原作の悲劇の始まりであることも、私は知っていた。


教会へ行くことを拒もうとしたその時、頭の中に直接響くような、無機質で冷たい声が聞こえた。


『物語の逸脱を確認。警告します。このままでは、整合性が失われます』


私は驚いて身を震わせたが、父親にはその声が聞こえていないようだ。視界の隅に、青白い文字が浮かび上がり、すぐに消えた。


(物語のシステム…?原作にこんな設定はなかったはずなのに。やっぱり、運命を書き換えるって、ただ事じゃないみたい…!)


私は心の中でそう叫び、再び決意を固めた。ルークとの出会いは、物語をハッピーエンドへと導く、確かな一歩なのだと。この先にどんな困難が待ち受けていようと、私はもう、運命に流されるだけのヒロインではない。

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