第1話:『私は異世界の「主人公」らしい』
朝。意識が浮上する感覚に、私はまず違和感を覚えた。
昨夜は徹夜で課題を終わらせ、ベッドに倒れ込んだはずだ。確か、読んでいたライトノベルの最終巻を読み終えて、そのまま眠りに落ちた。にもかかわらず、瞼の裏に広がるのは見慣れた自室の風景ではない。
「……なに、これ」
ゆっくりと目を開けると、目の前には白い天蓋が優雅に広がり、その下には柔らかなシルクのシーツが私を包んでいる。視線を横にずらすと、見たこともない豪華な調度品や、ステンドグラスから差し込む柔らかな陽光が、部屋全体を幻想的に彩っていた。
慌てて飛び起き、近くの姿見に駆け寄る。そこに映っていたのは、見慣れた黒髪の女子大生、佐藤美咲の姿ではなかった。
そこにいたのは、プラチナブロンドの髪を持つ、幼い少女。宝石のように輝く青い瞳が、戸惑いを湛えていた。そして、その少女の顔には見覚えがあった。
(……イリス、聖女イリス・エクレシア)
私が徹夜で読み終えた小説『勇者と聖女、そして魔王の物語』の、悲劇的な運命をたどるヒロイン。私が読んだ物語の結末では、彼女は世界を救うために命を落とし、最愛の勇者は深い絶望に打ちひしがれる。
「そんな…嘘でしょ。私が、イリスに…?」
思考が追いつかないまま、私はベッドに座り込む。頭の中には、物語のプロットがまるでフィルムのように鮮明に浮かび上がっていた。物語の始まりから、イリスがたどる運命、そして絶望的な結末まで。
このままいけば、私も同じ運命をたどることになる。命を落とし、私の大切な「推し」だった勇者を絶望させる。それは絶対に嫌だ。
「よし…決めた」
私は震える手を固く握りしめた。この世界は、私が全てを知っている物語だ。だったら、この知識をチートとして使わない手はない。ヒロインの運命も、勇者の絶望も、全部書き換えて、ハッピーエンドにしてやる。
そう決意したとき、部屋の外から小さな足音が聞こえてきた。ドアが開き、エプロンをつけたメイドが顔をのぞかせる。
「イリスお嬢様、朝のお支度ができました。今朝は庭で、お父様がお話があるとのことです」
そのメイドの言葉に、私は部屋を飛び出す。庭に向かう途中、私は原作の知識を必死に思い出していた。この庭には、原作にはいなかったはずの、もう一人の重要人物がいるはずだ。
「見つけた…!」
庭の隅で、私は一人で泣いている幼い少年を見つけた。その子の顔は、原作では序盤で命を落とす、心優しい魔法使い、ルークだった。原作の物語をハッピーエンドへと導く、私の最初の一歩が、今、始まった。
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