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第十四話 「理性の堤防」

「あの時、彼女は城の民を密かに避難させつつ、自らは精鋭を率いて側面の谷に潜み、機を窺っていたわ。それと同時に、わざと別動隊を『陽動』に使い、主力決戦を装ってセリーヌを誘き出そうとしたのよ」


「でも、セリーヌはその意図を見抜いていたわね」スレイアは、親友の知略を認める口調で続けた。


「陽動で私たちの主力を引きつけて、本隊の移動時間を稼ぐつもりだって。だから、全く相手にしなかったの。正直……あの時、『十二王骑ザ・グロリアス・トゥエルブ』のフィリスに【空騎兵団】を向かわせて、デストラゴンに適当にブレスでも吐かせれば、谷ごと綺麗に焼き払えたでしょうに」


「うわぁ!」

ガレットの口調は崇拝と興奮に満ちていた。


「だって、あのフィリス様ですもの!私たちアルタナスで最も危険な場所――アクリスタの国境線を、ずっと守り続けているお方ですよ!」


「そういえば……」

アリシアもまた、時空を超えたような眼差しで感嘆の声を漏らした。


「数百年前に、フィリス様が空騎兵団を率いて『帝王国(テラ・セプテム)』の【炎の都】を陥落させたという伝説絵巻……あの武勇は、まさに神懸かりでしたわ……」


「ちょ、ちょっと、あなたたち!」

仲間たちが他の統帥を褒めそやすのを聞いて、スレイアはついに不満を爆発させた。


「どうしてそう、他の子の肩を持って、私の顔に泥を塗るようなことばっかり言うのよ!」

彼女は嫉妬に頬をぷくりと膨らませた。

「いくらなんでも、この私もアルタナス――ザルタリス方面の総督なのよ?そんなに存在感ないかしら……。これでも『大公爵』なんですけど……」



スレイアがぶつぶつと文句を言っていると、ずっと黙って観察していたシンシアが静かに口を開いた。


「あの、スレイア様……それより、壇下の雰囲気が、少し険悪になってきているようです」


「もぉ――!そういう話逸らしはよくないわよ!~」

スレイアは更に不満を募らせ、子供のような抗議の声を上げた。


◇◆◇


審問台の下では、不満の声が刃と化し、容赦なくセリーヌへと突き刺さっていた。


「なんであの女はまだ死なないんだ!?罪深すぎて、死んでも足りんだろうが!」


「そうだ!死刑囚を忠臣の身代わりにしただと?そんなのは、自分と同じ貴族の仲間を庇うための嘘に決まってる!」




転移門の中、光と影が歪んでいた。エドは無形の壁に寄りかかり、断続的に聞こえてくる、愚かな怨念に満ちた叫びを聞いていた。その血に汚れた顔には、隠すことのない軽蔑が浮かんでいる。

「チッ――最初から、元の調合で薬を使えばよかった」




セリーヌは壇下の、怨嗟と不満に呑み込まれた顔を見つめ、初めて心に一抹の戸惑いを覚えた。このような、理性を欠いた感情の爆発は、彼女がアルタナスで一度も見たことのない光景だった。

グランディの民が貴族を恨むのは当然のこと。だが、なぜその憎しみが、彼らの理性を完全に凌駕してしまうのか、彼女には分からなかった。


一筋の無力感が胸に込み上げ、セリーヌは無意識に顔を上げ、助けを求めるように空中のスカーロディア女王の幻影を見上げた。


しかし、更に彼女を困惑させたのは、女王陛下のその顔に、今、浮かんでいるのが一抹の失望……いや、その失望の下に、どこか優しく、全てを見通したかのような笑みさえもが、隠されているように見えたことだった。

(スカーロディア陛下……なぜ……このような時に、お笑いに……?)


セリーヌは視線を戻し、深く息を吸い、全ての戸惑いを無理やり心の底へと押し込めた。彼女は手を上げ、怒れる民衆に静粛を促す。その声が再び響き渡った。疑う余地のない、固い意志を込めて。

「諸君!グロリア公爵の審判については、その罪状と『贖罪の祭壇』の判断に食い違いが見られたため……我々アルタナスは、全ての真相を究明すべく、より徹底的な再調査を行う!」

「しばし時間をいただきたい。調査が終わり次第、必ずや諸君に公正な説明をし、その上で最終判決を下す!」



だが、その理性的な約束は、火薬庫に火を点けるだけの結果となった。


「今更何を調べる必要があるんだ!? あの女の罪は火を見るより明らかだろうが!さっさと死刑にしろ!」


「そうだ!」更に多くの者が、悪意を込めて同調する。

「グロリアのような『女悪魔』が長年悪事を働いてこれたんだ……お前たちのその馬鹿げた『祭壇』とやらが、見抜けないはずがないだろう?!」

「要するに、お前たちアルタナスは、グロリアのような大貴族を庇うつもりなんだろう!?」

「つまり、お前たちアルタナスは、まだ利用価値のあるあの『女悪魔』で何かを企んでいるに違いない!『公正』だの『真相』だの、ただの口実だ!」


「つまり、お前たちアルタナスは、まだ利用価値のあるあの『女悪魔』で何かを企んでいるに違いない!『公正』だの『真相』だの、ただの口実だ!」


疑念、嘲笑、そして怒号は、制御を失った濁流のように、セリーヌが築こうとした理性の堤防を、跡形もなく飲み込んでいった。


セリーヌの眉が、気づかれぬほど微かに寄せられた。民衆の怒号が、まるで無形の巨大な波のように、絶えず彼女の意志を打ち付けていた。


だが、その緊迫した、まさにその時。一つの、周囲の雰囲気とは全く相容れない唐突な人影が、審問台の下にある転移門から、ゆっくりと、歩み出てきたのだ。

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