第十三話 「花とも、種とも、つかぬもの」
セリーヌは僅かに目を伏せ、脳裏で女王の問いの答えを探した。
「スカーロディア陛下。私は……花が、まだ種である時、それは、ただの『種』に過ぎないと、考えます」
「それが、土を割り、陽光と雨露を浴びて、成長し、そして、花を咲かせた時……それこそが、真の『花』であると」
「その通りよ」
女王の声は、どこか楽しげだった。
「ですが、スカーロディア陛下……なぜ、今、この時に、私に、そのような問いを?」
女王は、直接は答えず、ただ、その言葉を、繰り返した。
「花の種は、花を咲かせるという宿命を、負っている……。栄養を吸い、成長し、花開く……それは、決して、岩にも、鳥にも、なりはしない……『花』として生まれたからには、その、最後の姿もまた、『花』でしかありえない」
「ですから……陛下、それが、グロリア公爵の件と……どのような、関係が?」
「ふふっ」
女王は、静かに笑った。
「もし、今あなたがその答えを見出せぬのなら、未来……更に多くの、『花とも、種とも、つかぬもの』に出会った時……本当に、その本質を見抜くことができるのかしら?」
セリーヌは手中の報告書を見つめ、グロリアを、そして壇下の民衆を思った。一つの巨大な不確かさが、彼女の心を掴んで離さなかった
「私には……分かりません」
「ならば……あなたは、ゆっくりと、考えるといいわ……」
女王の声が遠くなる。
強い力で水中から引きずり出されるかのように、セリーヌの意識は過酷な現実へと引き戻される。耳には民衆の怒号が押し寄せ、目の前には判決を待つベレーラの静かな横顔があった。
セリーヌは深く息を吸い、手中の報告書を強く握りしめると、顔を上げ、もう迷いはなかった。
「フィリス。ひとまず、グロリア公爵を牢へ戻し、厳重に監視しなさい」
「はっ!」
グロリアが連行され、壇上の階段を降りていく、まさにその時。セリーヌの視線が、壇下に広がる怒れる人の海の中から、奇妙な流れを捉えた。
いくつかの人影が、困難そうに、その流れを逆行していく。やがて、彼女たちは結界の前まで辿り着くと、その障壁の向こうから、心配そうに、グロリアの遠ざかる背中を、じっと目で追っていた。
(あれは……?)
セリーヌの眉がひそめられた。
グロリアは重い足取りで歩を進めていたが、不意に、その視線が群衆のある一点に釘付けになった。
結界の前。そこには、涙に濡れた、心配そうな、見覚えのある顔がいくつかあった。子供たちは何かを叫ぼうとしたが、すぐさま目の前の婦人に必死に口を塞がれ、ただ抑えられた嗚咽だけが漏れていた。
グロリアの足が、ほんの一瞬だけ、止まった。天を衝くような怒号の中、彼女の唇が、気づかれぬほど微かに動く。まるで、何かを、無言で伝えているかのようだった。
先頭に立っていた婦人の身体が、激しく一度震え、その目からもはや抑えきれずに涙が決壊した。だが、彼女はただ泣きながら、必死に自らの唇を噛み締め、周りの憎しみに満ちた瞳に、この場違いな悲しみを気づかれまいと耐えていた。
その、声なき一幕を、セリーヌは、一瞬たりとも見逃さなかった。
彼女の胸中に、女王の言葉が再び木霊する——『花とも、種とも、つかぬもの』。
◇◆◇
此刻、遠くの時計台の上で、スレイアとその副官たちは審問広場を眺めていた。
「あら?セリーヌ様、グロリア公爵に……最終的な判決を下されなかったのですね」
シンシアが意外そうな声でそっと言った。
「ええ、どうやら……ひとまず収監されたみたいですね……」
ルーシーが静かに頷いた。
スレイアは遠くから視線を戻し、どこか合点がいったような口調で言った。
「まあね……なにせ、あのグロリアは少々事情が複雑なのよ……」
「えっ?複雑、ですか?」
「スレイア様、何かご存じなのですか?彼女はただ、罪深いだけの貴族ではないのですか?」
「もちろんよ」スレイアは、何か面白いことでも思い出すかのように答えた。
「何を隠そう、あの【月蝕の戦い】で、セリーヌはあいつと……がっぷり四つに組んだことがあるのよ」
「ああ、その戦役、覚えています!」
アリシアが興奮したように会話に割って入った。
「確か、かなり激しい戦いだったとか!でも、私たち魔族側に大した損害はなかったはずです」
ガレットも思い出す。
「そうそう!こっちが圧勝ムードだったのに、セリーヌ様が突然、全軍に撤退命令を……」
「あの戦いなら、カイエンが一番の手柄だったわね!」
ガレットの口調は賛美に満ちていた。
「それはね、当時のグロリア公爵が……」
スレイアは、僅かな感心の色を声に滲ませて説明した。
「実に巧妙な一手を打ったからよ」
彼女は、当時の真相を明かし始めた。




