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第七話 「最後の身支度」

『星辰仲裁官 』に導かれ、彼女はひどく確かな足取りで、『贖罪の祭壇 』へと向かった。

祭壇まで、あと数歩というところで――


「お待ちください!」


セリーヌは意外な面持ちでベレーラを見た。



しかし、ベレーラが次に紡いだ言葉は、その場にいた全ての者を唖然とさせた。

「セリーヌ閣下……処刑の前に……鏡を、一枚、賜れませんでしょうか?」

彼女は深く息を吸い、その声は懇願の色を帯び、抑えきれない震えが混じっていた。

「なぜなら……私はこれから、会いに行きますので。幼い頃からずっと私の傍にいてくれた……とても、とても大切な友に」

「私……彼女に、見せたくないのです。今、この……涙でぐしゃぐしゃになった、無様な姿を」

言い終えると、彼女の頬を二筋の涙が伝った。ベレーラは魔法の枷が繋がれた手で、どこか意地っ張りに、そして不器用に、その涙を拭った。



しかしその時、セリーヌの視線が、ふと、枷によって擦れたベレーラのその手首を捉え、ある一点に釘付けになった。

そこには、とうに枯れ果てた腕輪がつけられていた。千切れた箇所は、一本の極細い白い糸で、どこか不器用ながらも、ひどく丁寧に一針一針、縫い合わされている。

その、丹念に繕われた腕輪を目にした瞬間、セリーヌの視線が、凍りついた。しばしの沈黙の後、彼女の目に、言葉では言い尽くせぬほど複雑な光がよぎる――




「……分かりましたわ」

セリーヌは素早く振り返り、鋭い眼差しで傍らに立つフィリスを見据えた。


「フィリス。急いで。最速で、鏡を一枚、こちらへ!」

随即、彼女は再びベレーラへと向き直った。

「少し、待っていてください」



セリーヌは、一瞬の猶予もなく、空中のスカーロディア女王の幻影を見上げた。彼女は言葉を発せず、ただその眼差しだけで懇願を伝える――どうか、この審判を一時中断し、かの場所へ、一つの……かけがえのない品を、取りに行く許可を。

スカーロディアの幻影は、その想いを汲み取り、優しい頷きで無言のままにそれを許した。


許しを得て、セリーヌにもう、迷いはなかった。彼女はベレーラの前に、その枷に繋がれた両手を、自らの手で包み込んだ。

「キャロラインは、あなたに会いたがっているはず。……ならば、彼女が最も愛したあなたの姿で、会いに行きましょう」


セリーヌが静かに目を閉じると、一条の深い青色の流光が、彼女の手の中から溢れ出した。光はベレーラの手首にある腕輪に触れ、そして、まるで時空を超えた呼び声のように、遥か彼方へと繋がった。


程なくして、二つの、柔らかな光を纏った品物が、虚空から、まるで蝶のように舞い降り、セリーヌの掌中へと、静かに収まった。

――一つは、記憶にある、あの小さな、真っ白な帽子。そしてもう一つは、魔法の加護によって今なお咲き誇る、【ヴィレール草】で編まれた、花冠。


その二つの品を目にした瞬間、ベレーラ女王の身体が、まるで目に見えぬ力に打ち据えられたかのように、激しく、震えた。

彼女の唇が微かに開き、細かく震える。その光を失った双眸は、今、この二つの品によって、無理矢理に、遥か遠い過去へと引き戻されていた――陽光と花の香りに満ちた、あの宮殿の裏庭へ。キャロラインと、ただ笑い合った、無垢な子供時代へ。


セリーヌの表情が、この上なく柔らかなものになる。彼女はベレーラを見つめ、ほとんど吐息に近い声で、囁いた。

「ええ……彼女に会いに行くのなら、もっと……綺麗にして差し上げないと」


セリーヌは、そっと、あの白い小さな帽子を手に取り、ベレーラに被せてやる。そして、今なお鮮やかな色彩を保つ【ヴィレール草】の花冠を、まるで稀代の宝物を扱うかのように、そっと、帽子の飾りとして添えた。


優しく、ベレーラの顔の涙の跡と汚れを拭い、乱れた髪を整えてやる。いつの間にか、フィリスが精緻な彫刻の施された手鏡を手に、審判台の傍らに控え、恭しくそれをセリーヌへと差し出していた。

セリーヌは鏡を受け取ると、そっと、ベレーラの眼前へと掲げた。


鏡に映るのは、彼女の、今……涙の跡も拭われ、花と白帽に彩られた……息を呑むほどに、「美しい」横顔。

ベレーラは鏡の中の自分を見つめ、枷に繋がれた両手を持ち上げると、言葉にできぬほどの愛惜を込めて、そっと、頭上の花冠に触れた。

まるで、彼女が見ているのは大罪を犯した女王ベレーラではなく、鏡の中に映る……あの、とうに忘却の彼方にあった、無邪気で笑うのが大好きだった……ただの小さな女の子――「ベラちゃん」。



「……ありがとう……」

ベレーラの声は、少し、嗚咽が混じっていたが、比類なく、真摯だった。

「……セリーヌ閣下」

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