第八話 「奈落の口が開く時」
典獄長の攻撃が、総攻撃の合図となった。残る数十人の典獄官もまた、絶望的な咆哮を上げながら、腰の武器を抜き放ち、スレイアへと最後の猛攻を仕掛けた!
「あの魔女を殺せ!」
数多の、憎悪に歪んだ顔が迫り来る中、スレイアは、その場に佇んだまま、ぴくりとも動かない。その妖艶な唇の端は、嘲るかのように、僅かな弧を描いていた。
(やった!)
典獄長の脳裏に、その一言が閃いた、まさにその瞬間——
世界が、一瞬、跳躍した
一瞬前まで宙にあった視界が、次の瞬間には、屈辱的な角度で、地面を見上げていた。
首筋に、氷のように冷たく、しかし焼けるように熱い、革の感触が伝わる。耳に届くのは、部下たちが苦痛と窒息によって漏らす、途切れ途切れの呻き声。
彼女は必死に顔を上げた。その視界に映ったのは、一対の、塵一つない銀白色のロングブーツ。そして、ブーツの主――氷のような表情を浮かべた副官、アリシア。
アリシアの手には、今しがたまで自分が握っていたはずの、毒塗りの長鞭が握られていた。その鞭の先端は、ありえない角度でしなり、自分と、自分の部下全員の首に、的確に巻き付いていた。
アリシアの傍らでは、スレイアが、まるで当然とでもいうように平然と佇み、面白がるような笑みを浮かべている。
(何が……? 何が起きた!!! 私の鞭は……いつ、奪われた?)
典獄長の脳裏は真っ白になり、ただ、純粋な、魂の底から湧き上がる戦慄だけが残った。
その奇跡のごとき一幕に、貴族たちの思考は完全にフリーズした。
ただ一人、グロリアだけが、冷静さを保っていた。その冷たくも艶やかな顔には、まるで何かを分析するかのような、氷の笑みさえ浮かんでいる。
(この……距離と過程を無視した芸当……いや、これは魔法。個人の技ではない。これは……『権能』)
彼女の瞳孔が、カッと見開かれた。
(まさか……過去の戦場で、敵の魔法が紙一重で逸れたのは……幸運などではなかった? 我々は、これまでずっと……赤子の手を捻るように、奴らの掌の上で、弄ばれていたというのか?)
その事実に思い至った瞬間、死よりも遥かに恐ろしい、「絶対的な支配」という名の恐怖が、無数の氷の針となって、グロリアの魂の芯まで深く突き刺さった。
「う……ぐぅ……」
典獄官たちの喉から、苦悶の呻きが漏れる。ある者は、焼けるような痒みに、その肩で首筋を掻きむしろうとしていた。
「ダミノ薬液……貴様が鞭に塗った毒は、それだろう」
スレイアの声は、まるで料理でも品評するかのように平坦だった。
「これを女の繊細な肌に用いれば……耐え難いほどの痒みをもたらし、やがて火傷のように爛れる。悪辣なものを、よくもまあ、己が鞭に塗れたものだな?」
不意に、スレイアは、その場にしゃがみ込んだ。そして、典獄長の脂で汚れた襟首を掴むと、その肥え太った顔を己の眼前へと引き寄せる。
「――言え! この毒で、囚われた大臣たちに、何をした!」
間近で、魂さえ凍てつかせるかのような金色の瞳に見据えられ、典獄長の最後の理性の糸は、毒の侵食と絶対的な恐怖を前に、ついに、ぷつりと音を立てて千切れた。
彼女の顔から、恐怖が、まるで潮が引くように消え失せる。
「くく……」
女は笑い始めた。初めは低い笑い声だったが、それは次第に甲高くなっていき、やがて、完全な、ヒステリックな狂笑へと変わっていった。
「ははは、あはははははははは! 貴様……もう、全て、勘付いているのだろう……? 全てお見通しだというのなら、今更、私に聞くことなど何もないだろう!?」
スレイアは嫌悪も露わにその手を放し、狂人と化した女が力なく床に崩れ落ちるに任せた。
彼女は、もはやその姿を一瞥もせず、その肥え太った身体を探り、やがて、内ポケットから、汗で湿った、重い真鍮の鍵束を一つ、引きずり出した。
スレイアは立ち上がると、なおも床で狂ったように笑い続ける典獄長を無視し、震えが止まらぬ若い典獄官の目の前まで進み出ると、その足元へと鍵束を投げ捨てた。
「案内しろ」
たった一言。だが、それに逆らうことなど、誰にもできはしなかった。
若い典獄官は、恐怖にぐっと奥歯を噛み締めると、床に落ちた鍵束を拾い上げ、震える足で、背を向けた。
「は、はい……こちらへ、どうぞ……」
ギィィ……




