第四話 「典獄長の賭け」
氷槍の切っ先から放たれる死の冷気は、実体を持つ刃のように、一人一人の肌を撫で、粟立たせる。
「どうする? 殺るか、殺らぬか!」
フレイムの声には一切の温度がなかったが、仲間たちを射抜くような鋭い気迫が籠っていた。
その死の静寂の中、日頃から贅沢に慣れきった貴族たちは、ついに崩壊した。ある者は腰を抜かしてへたり込み、ある者は失禁しながら冷たい石の上に崩れ落ちた。
一方、先ほどまで怒りに燃えていた魔導団の面々は、この光景を前に頭を冷やしていた。シャーリーが小隊長フレイムの手にそっと触れ、無言で謝罪を示す。フレイムは振り向かず、ただ空いた手でシャーリーの手の甲を軽く叩いた。荒れ狂っていた殺気は、既に雲散霧消していた。
だが、貴族たちの“嵐”は、今まさに始まろうとしていた。
「いや……いやよ……こんなところで死にたくない……」
先程までの優雅な物腰は見る影もなく、今のグロリアはまるで別人のようだ。その瞳には、魂の底から湧き上がるヒステリックな恐怖が浮かんでいた。
「……魔族どもの手に落ちれば……絶対に……嬲り殺しにされる……!」
次の瞬間、彼女は最後の救いを求めるように、今なお震えが止まらぬ典獄長へと向き直り、狂気に満ちた命令口調で怒鳴りつけた。
「おい! そこの肥えた豚め! 今すぐ門を開けろ! 私たちを中に入れろ!」
「こ……公爵様……あ、あなた様は、一体何を……?」
「はぁ?こ……公爵様……あ、あなた様は、一体何を……?」
「聞け!この愚鈍な雌豚め!」
グロリアの声はもはや金切り声ではなく、低く、まるで毒蛇が舌を這わせるように冷え切っていた。
「もしこの氷の槍が我々の誰か一人の肌を、ほんの僅かでも傷つけようものなら……貴様がこの監獄でしてきた『良き行い』の数々を、洗いざらい公にしてやる!」
(「監獄でしてきた『良き行い』」)
という文字は、赤熱した烙印のように、典獄長の心臓を激しく焼き付けた。その肥え太った額から、一瞬にして大粒の汗が噴き出す。
「あ……わ、私は……滅相もございません……中は本当に満員で……」
しどろもどろに言いながらも、彼女は思わず氷のように冷徹なフレイムに視線を投げてしまう。都合の悪いことに、フレイムの視線もまた、冷ややかに彼女の上に注がれていた。
二つの脅威に挟まれ、 典獄長の瞳孔が針のように収縮し、全身から滝のような冷や汗が噴き出した。
グロリアの脅迫が、全ての貴族の生存本能に火をつけた。一瞬にして、罵詈雑言の嵐が巻き起こり、その巨大な声の波が、典獄長と彼女の部下たちを完全に呑み込んだ。
貴族たちの脅迫と、魔族の殺意の狭間で、典獄長の、脂肪に押し潰されたような目の中に、狡猾さと絶望が入り混じった光が閃いた。彼女は、一つの決断を下した。
「待ちなさい! 魔族のお嬢さん!」
彼女はありったけの力を振り絞って叫んだ。その声は、恐怖で異常なほど甲高い。
フレイムは意外そうに眉をひそめ、目で続きを促した。
典獄長はごくりと唾を飲み込み、震える声で言った。
「わ、私は……彼女たちを中に入れてもいい。だが……一つ、条件がある!」




