第二十五話 「血色の揺り籠」
「母さん……母さん……!」
ルグナーは獣のような悲鳴を上げ、ほとんど千切れかけた足を引きずり、母の冷たい亡骸へと這っていく。
だが、一つの黒い影が、彼の渇望よりも速かった。エドの左足が戦斧のように振り上げられ、復讐の咆哮を孕んだ風と共に、ルグナーの胸へと、情け容赦なく叩きつけられた!
「そいつに触るなァ!!!」
ドン――!
ルグナーの体は糸の切れた凧のように宙を舞い、遠くの壁へと叩きつけられる。
「ぐ……っ!」
彼は熱い血の塊を、床へと吐き出した。
エドは無表情のまま、己の短剣を鞘に戻す。身を屈め、「戦乙女」の物だった長剣を拾い上げた。一瞥もくれず、柄にこびりついたままの手首を、無造作に傍らへと投げ捨てた。
彼は両手で剣を握り、その血に汚れた切っ先を、床で咳き込むルグナーへと真っ直ぐに向ける。彼は動いた。弦を離れた矢のように、真っ直ぐに、突き進んだ!
ブシュッ!――
エドが握る長剣は、容赦なくルグナーの右肩を貫き、その凄まじい慣性が彼の全身を宙へと持ち上げ、やがて背後の壁へと、磔にした!
「があっ…ぐ……あああああああああっ――」
激痛がルグナーを呑み込み、彼は人ならざる絶叫を上げた!磔にされた虫のように身を捩るが、それは骨肉に食い込んだ刃に、より深い裂け目を作らせるだけだった。血涙に滲む視界の中、彼が見たのは、間近に迫る、エドの悪鬼の如き顔だった。
エドは身を屈め、二人だけに聞こえる、悪魔のような囁き声で言った。
「彼女に触れたいのだろう?最後に母を抱きしめ……消えゆくその温もりを……かつて彼女がお前を抱きしめたように……感じたいのだろう?」
彼は剣の柄を握る手首を、ぐっと、捻った。刃がルグナーの骨の間を、残酷に削る!
「――貴様ら畜生どもが、タリア姉さんの小屋で、彼女を凌辱した後!」
剣の柄が、再び、捻じ込まれる!
「――俺が泣いて許しを乞うのを、耳障りだと、野良犬のように、外へ蹴り出した!」
刃が、三度、狂ったように掻き回される!
「目が覚めて……目を開けて見たのは……一面の火の海だった……」
「貴様は……貴様は、俺に、彼女の温もりを感じる機会を与えたことがあったか――!!!」
ルグナーの意識が激痛に呑み込まれる寸前、エドは突如、絶叫を上げた。その声に怒りはなく、ただ純粋な、諦めきれない、果てなき苦痛だけが、私室全体に響き渡った!
その咆哮が終わらぬうちに、彼は長剣から手を離し、腰の短剣へと手を伸ばした!その暗赤色の瞳には、もはや歪んだ狂気だけが宿り、彼はルグナーの体に向けて、血の乱舞を繰り広げた!
「ブシュッ!ブシュッ!」
刃が肉に食い込む音が、間断なく続く。
「……四百三十五、四百三十六……」
その一振り一振りに、魂ごとすり潰さんばかりの憎悪が込められ、かつて師ミューサが受けた苦痛を、数字を囁きながら、正確に再現していく。
激痛の中、ルグナーは気づいた。その支離滅裂に見える刃の舞が、実のところ、外科手術のように正確無比であることに!その一太刀一太刀が、完璧に急所を外している!
これは暴走ではない。意図的に、仕組まれた、極限の拷問だ!
この四年……この悪鬼は……一体、どれほどの生きたモノの上で、来る日も来る日も……この復讐を、予行演習していたというのか?
「あああああああああっ!!!」
エドは顔を上げ、豪奢で冷たい天井に向け、人ならざる、魂を引き裂くような悲鳴を上げた。
それは復讐者の咆哮ではなく、迷子の子供の泣き声。四年間、抑えつけてきた全ての絶望、口にできなかった全ての無念を、その絶叫に乗せ、砕け散った魂の底から、一度きりに、完全に、泣き叫んだのだ。
泣き声が止むと、そこには激しい呼吸だけが残った。彼は顔を伏せる。涙で、ひときわ獰猛に見えるその両目が、今この瞬間、死神のような絶対的な静けさを取り戻した。その視線は、血と涙の滲みを貫き、満身創痍のルグナーを、ただ、見据えていた!
「があっ――!」
抑えられた低い咆哮と共に、極限まで高められた一筋の白い光が、稲妻のように、ルグナーの首筋を駆け抜けた!
時間が、まるで、この一瞬に断ち切られたかのようだった。白光が過ぎ去ると、ルグナーの首は、音もなく胴体から離れ、「ドン」という音を立てて、母の血溜まりの傍らへと転がり落ちた。
復讐は、終わった。
彼を四年間支え続けた、「復讐」という名の唯一の支柱が、轟音と共に崩れ落ちた。
「カラン」という音と共に、血に濡れた短剣が、震える手から滑り落ちる。
エドの体は完全に空っぽにされ、勢いよく、そして、力なく、床へと膝から崩れ落ちた。彼は体を丸め、その顔を、冷たく、血に汚れた絨毯へと深く埋める。
そしてついに、六歳のあの日にそうすべきだった子供のように、四年間遅れの、魂を引き裂く慟哭を、上げたのだった。
◇◆◇
私室の扉の外、スレイアは冷たい壁に身を寄せ、その金色の瞳に、複雑で、言い表しがたい光を揺らめかせていた。
扉の向こうから聞こえてきたのは、彼女が予期したような、殺人者の冷酷さや狂喜ではない。それは……魂を引き裂くような、子供の、慟哭だった。
その瞬間、彼女がこの少年に抱いていた全ての予断は、音を立てて崩れ去った。
(これは、単なる殺人狂ではない。これは……血の海よりも深い仇を背負い、憎悪の炎に四年間も焼かれ続け、挙句の果てに、己自身さえも燃やし尽くした「人間」……手ずから復讐を果たした後、己には何も残されず、ただ虚無と悲哀だけが残った……子供)
スレイアは手を伸ばし、血の匂いが立ち込めるその扉を、ゆっくりと押し開いた。
目の前の光景に、戦場を見慣れた彼女でさえ、思わず息を呑む。ここは戦場ではない。憎悪によって築き上げられた、豪奢な霊堂。血色の墓園だ。
そして、その煉獄の真ん中に、あの少年が……跪いていた。仇の血をその身に浴び、顔には涙と血の汚れが幾筋も走り、その痩躯が、抑えきれない嗚咽に激しく震え、見る者の心さえも引き裂くような、巨大で、絶望的な悲哀を放っていた。
スレイアは、心臓を見えざる手に鷲掴みにされたかのような感覚に陥った。
あの、いつも悪戯っぽい笑みを浮かべていた『緋紅の災厄の魔女』の顔に、今、極めて稀な、憐憫とさえ言える表情が浮かんでいた。彼女は身動き一つできず、ただ、静かに、静かに、血溜まりの中で泣きじゃくる、孤独な子供を、凝視していた。




