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第十七話 「無垢なる地獄」

「わぁ! 竜人のお姉ちゃんだ!」


「角がかっこいいー!」


「お姉ちゃん、尻尾さわってもいい?」


「たかいたかーいしてー!」


「わわわっ! ちょ、ちょっと待って! 体に登ってこないで! そこのチビちゃん、尻尾は触らないで!」


ルカドナ西部の小さな町の広場で、第四部隊隊長のガレットは、元気な人間の子供たちに囲まれていた。

他の三箇所とは様相が全く異なり、ここでは魔族に対する敵意がほとんど見られない。回復した町の民たちは、家宝の果物や食糧を兵士たちの前に差し出し、心からの感謝を伝えようとしていた。


「わあ、皆さん、そのお気持ちだけで十分ですよ!」

ガレットは快活な声で告げる。

「ですが、この食べ物は受け取れません。毒の発生源がまだ特定できておらず、水源や土壌まで汚染されている可能性があります。こちらで安全が確認できるまで、ここの水や食べ物には手を出さないようにお願いします!」

彼女は安心させる笑みを浮かべた。

「ご心配なく。綺麗な水と非常食がありますから、後ほど皆さんにお配りしますね!」



ガレットの言葉に、町の民は深く感動し、何度も頷いた。

「魔族のお姉ちゃん……これ、あげる」

一人の女の子が、いつの間にかガレットの傍に寄り添っていた。粗末な土器の椀を手に、中には配給されたばかりの黒パンとスープが入っている。


ガレットの琥珀色の瞳孔が僅かに収縮し、頭の竜の角の先端が、人知れず淡い緋色の光を帯びた――心が動かされた時の、本能的な反応だった。

「お姉ちゃんはお腹すいてないから、お食べ」

ガレットは満面の笑みを浮かべ、優しく女の子の頭を撫でた。


しかし、女の子は意固地に首を横に振るばかりで、依然として椀を高く掲げている。


結局、先に「降参」したのはガレットの方だった。

「はいはい、あたしの負けだ。半分こ、それでどうだい?」

「うん!」

女の子は力強く頷き、太陽のような笑みが咲き誇った。


ガレットは指先に魔力を集め、パンを音もなく大小二つに分けた。彼女は小さい方を手に取ると、ひょいと口に放り込み、近くの木製のベンチに腰掛ける。

女の子も満足そうに、残りの大きなパンを大事そうに抱え、ガレットの隣にぴったりとくっついて座った。短い二本の足をぶらぶらと楽しげに揺らしながら。


「ガキんちょ」

ガレットはパンを頬張ったまま尋ねた。

「名前はなんて言うんだい?」

「ミルディです! お姉ちゃんは?」

「ガレット。父ちゃん母ちゃんは?」


「母ちゃんは休んでるの。眠いから、少し寝るって」

ミルディはそう答えながら、懸命に手の中のパンと格闘していた。


「そうかい……じゃあ、父ちゃんは?」

ガレットの視線が、何気なく広場を훑る。食料を受け取りに来ているのは老人や女子供がほとんどで、若い男の姿は、数えるほどしかいなかった。


「父ちゃんはね」

ミルディはパンを齧るのをやめ、顔を上げて、あまりにも普段通り、あまりにもあっけらかんとした口調で、はっきりと告げた。


「ミルディのお腹の中にいるよ」


咀嚼の動作が、止まった。

ガレットの顔から、笑みが、消えた。

まだ飲み込めていなかったパンの欠片が、突然、石礫のように硬くなり、喉の奥をひりつかせた。

彼女の琥珀色の瞳孔が、驚駭に、針のように細く収縮し、目の前で無邪気に微笑む子供を、信じられないものを見るように見つめていた。


「……どういう、意味だ?」

ガレットの声は震えていた。


「食べたってことだよ」

ルディはこてん、と首を傾げる。その表情は、無邪気すぎて、むしろ残酷に見えた。


「でも、父ちゃんは数日前に食べ終わっちゃったから、お姉ちゃんには分けてあげられないの。ごめんね」


左の拳が、無意識のうちに固く握り締められ、関節が「こきり」と微かな音を立てる。

ガレットは、胸の内で荒れ狂う感情を無理やり抑えつけ、喉の奥から絞り出すように尋ねた。

「……自分の、父ちゃんなんだぞ。少しも……悲しく、ないのか?」


「悲しいよ……」

少女の声が、不意に低くなった。大きなくりくりとした瞳が一瞬で輝きを失い、まるで二つの淀んだ水たまりのようになった。


「……でも、どうしようも、なかったの」

彼女は俯き、囁くように言った。

「父ちゃんが、あの綺麗な服を着た悪い女の人たちに連れて行かれた時、あたしと母ちゃんはもう分かってた。父ちゃんは、きっともう帰ってこないって」


「あの悪い人たち、いつも町に来て、男の人たちを連れて行くの。数日経つと、その人たちは……裏の山に捨てられるの」

「食べ物もお肉もなくなって……仕方なく……仕方なく、その人たちを食べて、生きてきたの……」


「父ちゃんが連れて行かれる時、あたしと母ちゃん、地面に頭をこすりつけてお願いしたのに、あの人たちは笑いながら、あたしたちを蹴飛ばしたの。それから……父ちゃんも裏の山に……町の爺ちゃん婆ちゃんたちが、無駄にしちゃいけないって、父ちゃんを……みんなで、分けたの……」


ガレットの顔から、全ての表情が抜け落ち、氷のような静寂だけが残った。

彼女はもはや想像する必要すらなかった。目の前にいる、ぼろを纏い、骨と皮ばかりに痩せこけ、虚ろな目をしたこの町の人々こそが、地獄そのものであったからだ。

恐ろしい考えが、初めて、彼女の脳裏をよぎった。

――あるいは、このまま眠りの中で死なせてやることこそが、本当の慈悲だったのかもしれない。


ガレットは手を伸ばし、ミルディの小さな背中にそっと触れた。陽光のように温かく、優しい金色の魔力が、彼女の掌から、ゆっくりと少女の体へと注ぎ込まれていく。それは治癒魔法ではない。魂そのものを慰撫する、より古き時代の力だった。


ミルディの小さな体が、こくりと強張った。恍惚とした意識の中、彼女はもう冷たい木のベンチに座ってはいなかった。どこか懐かしい、がっしりとした温かな胸に抱かれている。顔を上げると、そこにあったのは、見慣れた父の、安らかな微笑みを浮かべた瞳だった。

淀んだ水たまりのようだったその瞳に、奇跡のように、子供らしい輝きが再び灯った。


幻は一瞬で消え去る。瞬きを一つすると、目の前には、ただうつろに空を見つめるガレットの、寂寥とした後ろ姿があるだけだった。


「お姉ちゃん……今の……」

「疲れているのよ、ミルディ」

ガレットは振り返らぬまま、静かに言う。

「さあ、食べ終わったら、母ちゃんの側で、ゆっくりおやすみ」


ミルディは「うん!」と力強く頷くと、残りのパンを食べ終え、ぴょんぴょんと跳ねるようにして走り去った。

その活力を取り戻した小さな後ろ姿を、ガレットは見送っていた。失われたはずの子供らしさがそこに戻ったことに、彼女の複雑な眼差しの中には、一筋の安堵と、それと同じくらい、重苦しい罪悪感が浮かんでいた。

彼女は誰にともなく、誓いを立てるように、囁いた。


「ごめんね、坊や。あたしにできるのは、これだけなんだ……あたしの力で、その地獄の記憶に、一時的な蓋をする。安心していい。」

「この戦争を終わらせたら……お前が大きくなって、飢えも恐怖もない国で暮らす頃には、きっと全て忘れている。普通の子供として、本当の人生を、その手に掴むんだ」


やがて、彼女の視線は、広場にいる他の子供たちへと注がれた。


らは物珍しそうに魔導師たちを取り囲み、笑い、はしゃいでいる。だが、その無邪気さの下には、隠しようもない、骨と皮ばかりの痩せこけた体と、決して満たされることのない飢餓を映す瞳があった。


ガレットの琥珀色の瞳から、全ての温もりが消えた。後に残ったのは、氷のように冷たく、そして、刃のように鋭い光だけだった。

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