第七話 「計画の綻び」
時を同じくして、ヴァイナのオフィス。ホログラムの中のモネイアラは、静かにヴァイナの詳細な報告を聞き終えると、その絶世の顔に、稀に見る険しい色を浮かべていた。
「全ての異変の源流は……あの眠りこけている人間の小僧……エド・ウォーカーにある、と?」
彼女の声は低く、危険な響きを帯びていた。
「はっ。全データの照合から判断するに……恐らくは、間違いなく。」
ヴァイナ博士は恭しく答えたが、その口調には、推測の色が滲んでいた。
その言葉が終わるや否や、通信の向こう側で、モネイアラの本体が、猛然と手を振り上げ、激しく叩きつけた!
ゴォンッ――!!
凄まじい轟音が、通信機越しに強烈なソニックブームとなって炸裂する!目の前にあった極上のローテーブルが、予兆もなく、無形の恐怖の力によって、原初の粉末へと砕け散った!
「私が百年の心血を注ぎ、無数の資源を投じて、ようやくこの段階まで進めた『計画』が……」
「……たかが、どこからともなく現れた人間の小僧一匹のせいで、水の泡と化すところだったと!?」
ホログラムの向こうから伝わる、喉を締め上げんばかりの実質的な殺意に、ヴァイナは心の中で慄然とし、即座に沈黙した。
しばしの後、モネイアラは感情を制御し、声はいつもの、冷たく、一切の反論を許さないものに戻っていた。
「『サンプル・ゼロ』に、これ以上、制御不能な異常事態が発生した場合、最終破壊プロトコルの起動を許可する。」
「だが、今、お前の最優先任務は、抽出した全ての『複合型活性培養液』を、直ちに最高セキュリティレベルのA-01保管エリアへ移送すること。この件だけは……セリーヌには、決して、気づかれるな。」
「御意のままに、モネイアラ様。」
ヴァイナは低い声で応じた。
通信は一方的に遮断された。モネイアラは、床一面に散らばる火紋木の粉末を凝視し、その美しい瞳から怨毒の光を迸らせ、歯ぎしりに近い声で低く呟いた。
「スカーロディア……これは、お前の差し金か、それとも、ただの偶然か……。」
その時、影のように控えていた少女が、音もなく前へ進み出た。
月光のような銀白色の長髪を持つ少女――テリーナは、精緻な人形のように、顔に一切の表情がない。
「テリーナ。」
モネイアラは振り返りもせず、声は氷のように冷たかった。
「直ちに、全ての情報網を動員し、あのエド・ウォーカーという人間の小僧を、根こそぎ洗い出しなさい!明朝の日の出までに、奴の全資料を、一字一句違わず、私の机の上に置くように!」
「御意のままに、マスター。」
テリーナの声は清冽だが、一片の感情も帯びていない。
モネイアラが煩わしそうに手を振ると、テリーナは静かに主人の背中を見送る。
彼女は俯き、床に散らばる火紋木の残骸に目を落とした。そっとため息をつくと、白魚のような掌に、生命力に満ちた翠の光が静かに灯る。
両手が優しく導くと、木屑と粉塵が、まるで時が逆行するかのように、ゆっくりと宙に浮かび、瞬く間に再構成されていった。
ほんの数呼吸のうちに、あの高価なローテーブルは、元通り、完璧な姿で再びその場に現れた。
テリーナは光を収め、静かにその場を後にした。
◇◆◇
ふぅ――。
通信が途絶え、オフィスは再び死のような静寂に包まれた。ヴァイナは、ようやく重荷を下ろしたように長いため息を吐いた。ホログラム越しであっても、モネイアラの雷霆の怒りは胆を砕くに十分だった。
神経が緩むと、彼女ははっきりとした尿意を感じ、オフィスの隅にある化粧室のドアへと向かう。
いつものようにドアを押し開けたが、その足はぴたりと止まり、身体は瞬時に凍りついた。
便器の中にある“装置”をはっきりと認めると、最初の戸惑いは、すぐに、奇妙な面白さと、氷のような理解が入り混じった表情へと変わっていく。
彼女は、自分を見上げているその“モノ”に向かって、静かに笑いかけた。
「ふふ……なるほど、貴方様は、そうやって、こちらへ『お成り』になられたのですね、先生?~」




