第六話 「箱庭の楽園」
「ふふ、そんなに畏まらないで、レニ副統領」
フィリスは手をひらひらと振り、快活な笑みを浮かべた。
「それに、ここは『デラックス・リビング・エリア』なんでしょう? みんながそんなに真面目だと、かえってこっちが気まずくなるわ」
「あ……はは、フィリス様のおっしゃる通りです」
レニはそう言うと、少しだけ緊張を解き、照れ臭そうに後頭部を掻いた。
「そうだ、レニ」
フィリスは、ふと何かを思い出したように、少し真剣な面持ちで言った。
「私たちの隊に、精神に重傷を負った人間の少年がいるの。まだ、昏睡状態なのだけど。彼を先に治療してもらうことはできるかしら?」
「もちろん、問題ありませんわ、フィリス様」
「ご安心ください。ここの医療施設は、いかなる複雑な状況にも対応できますので。今すぐ、医療用の浮遊車を向かわせます」
「ええ、それならお願いするわ」
フィリスは心から微笑むと、すぐにルーシーへと向き直った。
「ルーシー、エドを連れて、医療センターへ」
「はっ! フィリス様!」ルーシーは、感謝を込めて応えた。
浮遊車が到着するまでの、僅かな待ち時間。フィリスはくるりと背を向けると、目の前に広がる果てしない紺碧の“海”を眺め、塩気を含んだ“潮風”が頬を撫でるのを感じた。
「それにしても、レニ副統領。ここは……本当に、飛空艇の中だとでも言うの? まるで、一つの島じゃない」
「それはもう!」
その言葉を待っていたかのように、レニの顔には途端に、この上ない誇りが満ち溢れ、その声も弾んでいた。
「もちろん、これは我らが偉大なるモネイアラ様が、最も誇りとなさっている傑作の一つです!想像を絶する空間湾曲技術と生態系シミュレーションシステムを駆使し、この内部空間を、一つの完全な生態系サイクルを持つ――人工島へと、無理やり改造したのです!」
「し、島!?」
フィリスは、その常軌を逸した設定に、完全に度肝を抜かれた。
「その通りです~!」
レニは得意げに胸を張った。
「ですから、ここにはビーチだけでなく、内陸部には住宅街、グルメストリート、総合エンターテイメントセンターまで……さらには……」
レニは悪戯っぽく笑うと、フィリスの耳元にそっと顔を寄せ、興奮した声で囁いた。
「ええ、さらには~、この島の、とある『特別エリア』には、モネイアラ様が『集めて』こられた――眉目秀麗、体格壮健、その上で『特別な調教』を施された……うふふ~、極上の男性たちがいるんですよ~♡ 曰く、勤勉な女性同胞たちが、心身ともに完全にリラックスできるよう……皆様が……『ご自由にお使い』になれる、とのことです~♥」
「おお! そうなのか!」
フィリスは、天を衝くような、隠す気もない大笑を爆発させた。
「わ――はっはっはっは! さすがはモネイアラ様だ……そのお気遣い……実に、行き届いているじゃないか! わはははは!」
笑い声の中、一台の浮遊車が静かに起動し、紫色の閃光となって、あっという間にビーチの向こうへと消えていった。ルーシーとエドが、そこに乗っている。
浮遊車が遠ざかるのを見送ると、フィリスも、ようやく完全に肩の力が抜けたようだ。彼女は大きく伸びを一つすると、興味津々な様子でレニへと向き直った。その口調も、ずいぶんと砕けたものになる。
「ねえ、レニ~。ここにビーチまであるってことは……やっぱり、可愛い水着に着替えて、水遊びできる場所も、当然あるわよね?」
「ふふっ、フィリス様、それはもう、わたくしに聞いてくださるとは!」レニは会心の笑みを浮かべた。「すぐそこの白いビルの中に、『ファッション・エクスペリエンス・センター』がございます。中には、アルタナス各地の最新スタイルの水着が揃っておりまして……」
その言葉を聞くと、フィリスは「パン!」と力強くレニの肩を叩き、その瞳には隠す気もない賛辞の光が輝いていた。彼女はレニに向かって、ぐっと親指を立てる。
「でかしたわ、レニ! あなたたちスティーペロス地区の姉妹は、本当に、私たちみたいに年中戦場にいる人間の需要ってものを、よく分かってるじゃない!」
「当然ですわ~!」
「では――!」
フィリスはぐるりと周りを見渡し、先程の「福利厚生」情報に目を輝かせてそわそわしている空騎兵や魔導団のメンバーたちを見やると、ビーチ全体に響き渡るほどの声で、高らかに宣言した。
「これほど完璧な息抜きの場がある以上、我々もご厚意を無にするわけにはいかないわ! 空騎兵団、総員! それから――遠路はるばる来られた、蒼月魔導団の皆様! ぼさっとするな! 直ちに、己が魅力を最大限に発揮できる水着に着替え、このビーチと海で、思う存分、羽目を外すがいい!」




