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第十三話 「緋紅の災厄の魔女」

上空、森へと急行していたセリーヌは、遥か遠くに、あの壮麗な“ダイヤモンドダスト”を視認していた。


「あの馬鹿……」

セリーヌは呆れて額を押さえたが、その口元は思わず引きつっていた。


無数の鋭い氷の刃が眼下の軍陣に降り注ごうかというその瞬間、セリーヌの眼差しが鋭さを増す。彼女は速度を緩めず、ただ右手を掲げ、その掌に銀白色の光を収束させると、それを下方へ向けて軽く一振りした。


爆発も、轟音もなかった。空に舞う氷の欠片の全てが、一瞬にして、春の雪のように音もなく融解、蒸発していく。


スレイアはその場に凍りつき、信じられないといった様子でその光景を呆然と見つめていた。

(相変わらず、規格外ですわね、この女は……)

次の瞬間、セリーヌの姿が、亡霊のように彼女の目の前に現れる。


「あ、あはは……セリーヌ、ご、ごきげんよう……」

彼女は乾いた笑いを浮かべながら、そろり、そろりと後ずさろうとする。


ゴツン!

彼女に応えたのは、セリーヌの容赦ない一撃の手刀だった。

「痛いですわ!何をなさいますの、この馬鹿セリーヌ!」

スレイアは頭のたんこぶを押さえ、瞳の縁に涙を浮かべながら抗議した。


「あなたというお馬鹿さんは、一体何をしているのですか!!!」

セリーヌはつかつかと歩み寄り、その人差し指で、容赦なくスレイアの鼻先を一度、強くつついた。

「待機命令です!遊びに来いとは言っていません!こんなに目標の大きいものを作って、近くに敵の斥候がいたらどうするのですか!」


「だって、とても暑かったのですもの!鼻をつつくのはやめてくださいまし……」

スライアは痛みに涙目になり、鼻をつつかれた猫のように首をすくめた。

その後ろでは、二千名の女魔導師たちが、とうにこの光景には慣れっこだった。ある者は必死に笑いを堪え、またある者は静かに鼻の先を見つめている。


「はいはい、分かりましたわ。もう怒らないでくださいまし~」

スレイアは可哀そうなふりをしながら、セリーヌの手を両手で捕まえる。その表情がくるりと変わり、大袈裟なほどの崇拝と心配を浮かべてみせた。

「それより、我が敬愛する『孤剣の女帝』様、どうしてあなたが自らこちらへ?」


だが、セリーヌの顔から怒りの色が消え、その代わりを占めたのは、深い疲労と険しさだった。

「……いくつか、不測の事態が起きたの。城の者たちが……全員、毒を盛られた。ルカドナの水源に、何者かが毒を流したのよ」


「え?」

スレイアの悪戯っぽい笑みが、顔に張り付いたように固まる。


「フィリスには、衰弱した人間たちを中央広場へ移送させている」

セリーヌの口調は重く、切迫していた。

「毒に致死性はないが、負荷に耐えきれぬ者もいるでしょう。あなたに、急ぎ彼らを治療してもらいたい」


スレイアは無意識にセリーヌの手を強く握りしめた。

「らしくありませんわね、あなた。そんな戦術、あなたなら絶対に使わないでしょうに……」


セリーヌは深く息を吐き、森の風がその鬢の黒髪を乱すのに任せた。

「……全てが終わったら、何もかも、きちんと話すわ」



スレイアは僅かに目を細め、親友の固く結ばれた眉を見つめていた。

彼女は手を離し、先程までの悪戯な表情は完全に消え失せ、その代わりを占めたのは、『緋紅の災厄の魔女』としての、有無を言わせぬ威厳だった。

「……仕方ありませんわね。あなたがそこまで言うのなら」

彼女はセリーヌの胸元を指先で軽くつつく。

「でも――後で、ちゃーんと説明していただかないと、許しませんからね?」


「……分かったわ」

セリーヌは呆れたように息を吐いた。


「うふふん~」スレイアは満足げに頷くと、すぐさま、自らの魔導師団へと、鋭く身を翻した。その瞬間、彼女の甘い声は、清冽で、貫くような力強さを帯びたものへと変わる――


「全軍に告ぐ!」

彼女の声が森に響き渡る。


「アリシア、ルーシー、シンシア、ガレット!」

「はっ!」

四名の副官が瞬時に前に進み出た。


「あなたたちは、それぞれ本部隊四百を率い、直ちに城内へ突入し、中央広場を拠点として中毒者の治療にあたりなさい!」


「残りの者は、私に続け!」

スレイアは鋭く言い放った。

「貴族区へ進軍し、全ての抵抗勢力を一掃します!覚えておきなさい、我らが剣を向けるのは、暴政を敷いた者共のみ!無辜の民を傷つけることは、断じて許しません!」


「「「はっ!」」」

地鳴りのような返答と共に、「蒼月魔導団」の第二陣もまた、堂々と出陣していった。


セリーヌは腕を組み、風に黒髪をなびかせる。彼女は、親友の、そして頼れる部下の後ろ姿を見送り、その瞳の奥に、一筋の安堵と誇りをよぎらせた。

この、『緋紅の災厄の魔女』と呼ばれる女は、時折、常識外れなことをしでかすが、いざという時には、誰よりも頼りになる存在なのだ。

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