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第四話 「邂逅と違和感」

レニに導かれ、セリーヌとスレイア一行は、巨大な吹き抜けに架かるいくつもの透明なガラスの回廊を渡っていった。

足元には、複雑なパイプラインやエネルギー回路が張り巡らされた底の見えない構造区画が広がり、周囲には、様々な色のインジケーターを点滅させる独立した医療ユニットが無数に並んでいる。

ホールから離れるにつれて、喧騒は次第に遠ざかり、空気は異常なほど静まり返っていった。

やがて、「特級ケアエリア」と表示された区画にたどり着く。一行は上品な装飾の廊下を抜け、何の表示もない重厚な金属製の扉の前で足を止めた。


扉が、音もなく両脇へとスライドする。

目の前に広がったのは、病室というより、むしろ贅を尽くしたプライベートスイートだった。柔らかなシャギーカーペット、壁に掛けられた高価そうな抽象画、そして天井で水晶の花束のように咲き誇る豪華なシャンデリア……。


そして、その部屋の中央、大きな医療ベッドの傍らに、ルーシーが静かに座っていた。彼女は両手で、エドの力の抜けた小さな手を祈るように固く握りしめ、俯いている。その肩は微かに震え、潤んで赤くなった美しい瞳が、彼女がここで一人長い間泣いていたことを、無言で物語っていた。

入口の気配に気づき、ルーシーははっと顔を上げた。見知らぬ医療スタッフと、そして何よりもよく知る、心の支えである二つの影をその目に捉えた時―——


「スレイア様……セリーヌ様……」


ルーシーの声は、濃い鼻声と抑えきれない嗚咽で震えていた。張り詰めていた気丈さが一瞬で決壊し、全ての心配、悔しさ、そして無力感が熱い涙となって溢れ出した。

その様子を見て、セリーヌとスレイアはすぐに駆け寄った。一足先に、スレイアが声を上げて泣くルーシーを、妹をあやすようにその腕の中に抱きしめ、優しく背中を叩く。


「よしよし、もう大丈夫よ、ルーシー。私たちが来たわ。そんなに悲しまないで、ね?」

だが、セリーヌもまた慰めの言葉をかけようと一歩踏み出した、その時。彼女は、部屋の空気がどこか奇妙に変化したのを敏感に察知した。


それまでプロとしての表情を崩さなかった医師たちが、彼女が近づくのを見て、一様に顔に驚愕の色を浮かべたのだ。すぐに、彼らの視線は、まるで磁石に引かれるように、彼女の体に釘付けになった。その眼差しには、探るような色と、畏敬の念、そして……彼ら自身さえ気づいていないような、僅かな緊張が混じり合っていた。



(……私を、見ている? なぜ……?)

セリーヌの心に、一抹の疑念がよぎったが、表情には出さなかった。


「ルーシー」

セリーヌの声は、穏やかだが有無を言わせぬ力があった。

「エドに、一体何があったの? 知っていることを、ありのままに、話しなさい」



「わ、私も……具体的に、何がどうなったのか……」

ルーシーはまだ赤い目を上げ、その声には僅かな掠れと恐怖が滲んでいた。

「あの時は、あまりに突然で……私たちが、第一陣として、生活エリアに転送された後……」


◇◆◇


真っ白で柔らかな砂浜の上、空間エネルギーの最後の激しい揺らぎと共に、不気味な目玉模様が描かれた転移魔法陣が、ゆっくりと消えていく。フィリスと彼女麾下の空騎兵小隊、そしてエドの世話を任されたルーシーたちが、ふらつきながらその姿を現した。


「うげっ……こ、この転移は……デストラゴンで連続十回の宙返りをするより、よっぽどキツい……」


若い空騎兵の一人が、顔面蒼白で口元を押さえながらえずいた。

ガレットやシンシア、アリシアたちも、力なく同意の声を漏らす。



「おい!貴様ら、あまりにもだらしないぞ!」

フィリスが、団長としての威厳を込めて厳しく叱責する。


「たかが一度の空間転移で……どいつもこいつも、その様は何だ……なっておらん――」


「――うぇっぷ……!」



言い終わるか否かのうちに、強烈な吐き気が胃の底から突き上げ、フィリスはついに堪えきれず、全部下の前で無様に腰を折った。



「だ、団長!大丈夫でありますか!?」


「わ、私は、平気だ……」


「す、少し……軽い転移の後遺症だ……この程度で、私が、どうかなるものか――おえええっ……げほっ、げほっ……!!!」

今度のは、先程よりも遥かに酷く、ほとんど胆汁まで吐き出す勢いだった。



その時だった。さほど離れていない空から、独特の空気を切り裂く音が響き、数機の円盤型浮遊機体が敏捷な鷹のように飛来し、彼らから十メートルほど離れた砂浜の上空でぴたりと静止した。


ハッチが滑らかに開き、以前にも見た暗紫色のハイテク鎧を纏った女性たちがそこから飛び降りてきた。砂浜で無様に転がっている「お客様」一行、とりわけ今まさに天地がひっくり返るほど吐いているフィリスの姿を目にした時、彼女たちは明らかに一瞬呆気に取られていた。

すぐに、先頭に立つ女性のヘルメットと鎧が素早く解除され、レニの、あのプロフェッショナルな笑みを浮かべた顔が現れた。


「あらあら~、アルタナスの勇士の皆様、ようこそ。我らが偉大なるモネイアラ様が自らお創りになった――『アストリオン』号、その至高のデラックス・リビング・エリアへ!」


レニは、優雅に歓迎の礼をした。その口調は穏やかだが、その美しい瞳の奥にだけは、どうしても抑えきれない、面白い見世物でも見つけたかのような愉悦の光が揺らめいていた。



「う……ど、どうも……」

フィリスは、なんとか気力を振り絞って砂浜から立ち上がったが、視界はまだぐるぐると回っている。



レニは、目の前でふらついているフィリスを見て、その職業的な微笑みを一瞬だけこわばらせた。

(なるほど……これが『空間転移適応訓練』を受けていない者の、典型的な反応か……)


彼女はすぐに気持ちを切り替えると、優雅に指を鳴らした。背後にいた部下の一人が即座に意図を汲み取り、一歩前に出て、精巧な小箱をフィリスへと差し出した。

「これは、我々スティーペロス地区特製の、空間転移の後遺症を緩和するための即効性の回復薬です。どうぞ、お服みください」



「お、ぉぅ……あ、りがとう……」

フィリスはもはや躊躇う余裕もなく、その小箱を受け取ると、中の白い錠剤を一気に飲み下した。

錠剤は、口に入れた途端に溶けた。

次の瞬間、清涼な暖流が喉を伝い、胃の中で荒れ狂っていた吐き気が、まるで無形の手で優しく撫でられたかのように、瞬時に消え去ったのだ。天地がひっくり返るような目眩も一掃され、混沌としていた思考が、完全に澄み渡っていった。


「ふぅ……」


フィリスは長々と安堵の息を吐き、ようやく生き返った心地がした。彼女は少し照れ臭そうに頭を振り、気合を入れ直すと、改めてレニへと向き直り、心からの感謝の笑みを浮かべた。


「薬をありがとう、助かったわ! 私はアルタナス合衆国、アクリスタ地区が空騎兵団の団長——フィリス・エルウィン! 重ねて、貴官の迅速な援助に感謝する!」



「フィリス・エルウィン」

という名を聞いた瞬間、レニの茶色の瞳が、驚きに見開かれた。


「まさか……貴女様が、あの伝説に聞く、『孤剣の女帝』セリーヌ様麾下にて、最も信頼厚き『十二王騎(ザ・グロリアス・トゥエルブ)』が一人、『空の女王』――フィリス・エルウィン様、ご本人でいらっしゃいますか!?」


「あらあら~、何の『空の女王』ですって。出来の悪い部下たちが勝手にそう呼んでるだけよ、ははは」


レニの声は、興奮のあまり、微かに震えていた。

「お噂はかねがね! まさか、このような場所でご本人にお会いできるとは! わたくしはレニ、スティーペロス地区が副統領であります! 先程は数々の非礼、どうかお許しください、フィリス様!」

レニはすぐさま改めて格式に則った軍礼を捧げた。その態度は、以前よりも一段と恭しい。



一方、彼女の背後にいた機甲部隊のメンバーたちは、その名を聞いた瞬間、表情をこわばらせ、随即、一様に、真剣な、そして慌てたような色を浮かべたが、すぐにまた普段の表情へと戻った。


(ん? なんだ、その反応は?)

フィリスは、レニとその部下たちの、一瞬の感情の変化を、鋭く捉えていた。

(私の正体に驚くのは、当然だろう。だが……あの一瞬の『慌てよう』は、どういうことだ?)

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