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第二十三話 「月下の独舞」

夜の帳が下りる。


牢の中、エドは顔を上げ、茫然と、窓の外に浮かぶ欠けた凸月を凝視していた。


月光とは、本来、冷たく純粋なものであるはずだ。しかし、彼の目に映るその月は、左側が不規則な影に覆われ、まるで底知れぬ墨汁に侵食されているかのようだった。

「満ちる希望を孕んでいながら、ついに……円にはなれぬか……」

エドは目を閉じる。声に出さぬ言葉が、尽きせぬ迷いを帯びて胸中に木霊した。


(なぜ……なぜ、そこまでする……あの『魔族のおばさん』は……!)

理解できない。いや、理解することを、拒絶している。自分のような罪人のために、全てを捨てようとする、あの『無私』が……彼にとっては、あまりにも荒唐無稽だった。

思考はこんがらがった麻糸のように脳内で絡みつき、その苛立ちは彼を狂わせんばかりだった。彼は猛然と寝返りを打つ。この、爆発寸前の感情を、どうにかして発散させたいと渇望する。

しかし、この冷たい牢の中には、身の下にある粗末な寝台以外、何もない。拳をぶつけるべき壁の一枚すらなかった。



「ん?」


その焦燥が彼を呑み込まんとした、まさにその時。一筋の微かな光が、彼の視界の端に映った。彼は身を起こし、牢の入口の隅へと駆け寄り、一本、細長い枝を拾い上げた。


剣のように真っ直ぐで、まるで彼のためにあつらえたかのようだった。エドは、それを慎重に拾い上げ、そっと一振りしてみる。


「悪くない……」

彼は低く呟いた。その声には、久しく忘れていた、子供のような満足感が微かに含まれていた。


随即、彼は身を翻す。手の中の枝は、もはやただの枝ではない。彼が最も慣れ親しんだ「剣」と化した。

彼は目を閉じる。意識を、今日の審問台での一切へと、沈ませていく――民衆の嘲笑と罵声。そして、何よりも……あの、山のように揺るぎない後ろ姿と、その、厳しさの中に時折胸を衝くような、温かな情を宿した瞳を……。



不意に、彼はカッと目を見開いた。手の中の枝が、宙を狂ったように舞い始め、「ヒュッ、ヒュッ」と空を切る音を立てる!

それは、憎悪の舞だった。 一撃ごとに、アタナディ公爵家の衛兵を斬り裂いた時の、あの冷たい殺意が蘇る。剣筋は鋭く、直線的で、一切の無駄がない。ただ、敵を殺すためだけの、死の舞踏。



だが、やがて、その剣筋が、乱れた。

セリーヌの顔が脳裏をよぎるたび、彼の突きは、ほんの僅かに、的を外す。彼の斬撃は、ほんの僅かに、力を失う。

困惑が、彼の剣を鈍らせる。 軽くなったかと思えば重くなり、速くなったかと思えば緩やかになる。その一挙手一投足が、此刻の、彼の胸中にある、矛盾し、言葉にできぬ心情、そのものだった。


やがて、全ての乱れた剣筋は、行雲流水如き、一つの、膝を折る、美しい残心へと収束していく。それはもはや憎悪でも、困惑でもない。ただ、静かな、哀しみに満ちた舞だった。 手の中の枝が、そっと、窓の外に高く懸かる月を指し示す。


月光の下、彼の表情には微かな物思う色が浮かんでいた。まるで、その剣舞の中から、何らかの答えを見出したかのようであり、あるいは、ただその困惑を、束の間、月光に預けたかのようでもあった。

随即、彼は流麗に立ち上がり、手の中の枝を指先で器用に数回くるくると回すと、最後には、ぴたりと、その掌の中へと収めた。


エドが、その「剣」を掌の中へと収めた、まさにその次の瞬間――

「――ん?」

彼の視線が、牢の扉の外で、ぴたりと固まった。


いつからそこにいたのか。一つの、華奢な人影が、音もなく佇んでいた。一人の少女だった。彼女は、冷たい鉄格子を通して、一切を隠すことのない、どこか美術品でも鑑賞するかのような眼差しで、瞬きもせず、彼を凝視している。


(いつの間に!?いつから、そこに、立っていたんだ!?)


その、あまりに唐突な闖入者に、エドの心臓は喉から飛び出さんばかりだった!全身が強張り、手の中の枝が、「パタッ」と音を立てて滑り落ち、冷たい石の床に叩きつけられた。




「ひっ――!」

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