表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

第二幕3

 次の部屋は魔法調理室だった。

 ドアを開けた瞬間、今度はバターやシナモン、香ばしいスパイスの匂いが直撃。


「……これは、戦の飯場とは大違いだな」


 思わずソウシの腹が鳴る。

 その横で、まな板がトンテンカンテン自動で動き出し、見事なみじん切りを披露。空中をふわふわ漂う野菜たちは、風の魔法で刻まれていき、鍋の底では火精霊が踊るように燃えて。

 赤い眼鏡をかけた女教員が指先でくるりと円を描くと、鍋、お玉、泡立て器が音楽のように舞い、リズムよく調理を続ける。


 教室の隅では、失敗作のクッキーが勝手に動き出し、散弾のように跳ねて逃げ回る騒動が発生中。生徒たちが「待てコラ!」「またかよ!」と笑いながら追い回し、それを魔法クリーナーがパクッと吸い込んで、きれいな粉末へと再変換していく。


「凄い、無駄がないな。これも魔法か」


 ソウシは目を細めながら、調理器具の舞いを静かに見つめる。

 そのタイミングで、トレイに乗った小さなケーキが、ふわりと彼の前に差し出された。ふわふわのスポンジに、魔法のエッセンスで色づけされたクリームがきらめいている。

 どうやら、試食用に先生が振舞ってくれたようだ。

 遠慮なく、一口頬張ると、驚くほど軽くて甘かった。

 その様子を見ていたイサミが、苦笑まじりに言う。


「調理室だけは、成績より味覚が物を言いますの。今度、私の作ったものも食べてくださいね」


 その言葉を耳にした周囲の生徒たちが、ピクッと同時に肩を震わせた。

 中にはスプーンを落として小声で「また被害者が……」とつぶやく者もおり。

 何も知らない、ソウシはにこやかに微笑んでいた。


 後は普段の授業を受ける講義室。

 半円状に階段式の机と椅子が並び、中央の教壇から見上げるように作られている。

 だが、目を引くのは天井近くに浮かぶ六重の黄金サークル。回転する無数の光符が、きらめきながら規則的な軌道を描いていた。


「さあ、集中してくださいねー」


 教授が指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、魔法陣の外周がパキンと音を立てて弾け、教室に小さな衝撃波が広がった。


 バサァァァッ!


 風が講堂を駆け抜け、教科書やノートが舞い、学生たちのローブやスカートが一斉にはためく。


「きゃっ……!」


 慌てて裾を押さえるイサミ。

 だが、隣のソウシはまったくの無頓着で、ただ魔法陣をじっと見つめている。

 顔を赤らめながらイサミは、咳払いひとつ。


「つ、次はこちらですわ!」


 そそくさと講堂を後にする二人に、教室の風はまだ名残惜しそうに吹き抜けていた。


 ×  ×  ×


 最後に覗いたのは、魔具工房だった。

 魔力を使う道具を研究・製作する場所で、金属の香りと、熱を帯びた魔素が空気を満たしている。


 大きな作業台では、ひとりの男子生徒がゴーグルをずらしながら、小型の飛行魔具に羽根を取り付けていた。真剣そのものの顔で、何やら呪文を唱えながら、細かな調整をしている。周囲にも、透明なキューブに風を閉じ込めたものや、回転する書物の自動記録器など、用途不明な発明が山ほど転がっていた。


「……これはもう、鍛冶屋というより……発明狂か」


 ソウシが半ば呆れたように呟くと、イサミは少しだけ困ったように笑った。


「ええ、ここだけは魔法というより趣味の集大成ですわ」


 その言葉にソウシは納得したように頷き、ここが一番落ち着くかもしれないと苦笑を浮かべるのであった。


 ×  ×  ×


 夕闇が学院を包み、白霜寮の外壁が群青に染まり始めるころ。白亜の壁に絡まる蔦と尖塔のシルエットを見上げながら、ソウシとイサミは玄関ポーチで足を止めた。ホタルのような光虫がぽわりと浮かび、宙ごと淡い光をまとっている。


「ここから先は男子寮なので、私はご案内できませんの」


 イサミが名残惜しそうに告げたちょうどその時、奥の廊下から背の高い青年が静かに歩み出る。漆黒の短髪に切れ長の灰緑の瞳、金ボタンの制服には寮長ワッペン。名は――ユリウス・クロイツ。やたら端正だが、表情は石像のように固い。


「ソウシ君ですね。部屋までご案内します」

「よろしくお願いします」


 ソウシが礼を送ると、ユリウスは眼鏡をクイッと押し上げ、秒で問題なしと判定したらしい無駄のない頷き。


 イサミは一歩下がり、スカートの裾をつまんで小さく会釈する。

「ではソウシさん、本日はここで失礼いたします。おやすみなさい――明日、教室で」

「ありがとう、イサミ殿」

「ふふっ、イサミで構いませんわ」

「そうか。おやすみ、イサミ」


 別れ際、光虫の群れがふわりと二人の間を横切り、イサミの金髪に星屑のベールを掛ける。幻想的な一瞬に見惚れていたソウシは、ユリウスの「時間です」の低い声で我に返った。


 案内された部屋は、木製ベッドと魔導ランプだけの質素な空間。

 ソウシは菊一文字の鞘を丁寧に壁へ立てかけ、窓から覗く尖塔と三日月を確認する。


「また――知らない天井だな」


 深呼吸ひとつ。目を閉じるのはもう怖くない。

 穏やかにソウシが瞼を閉じるのに合わせ、魔導ランプがゆっくりと消灯していくのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ