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第二幕2

 学院長のオーゼル=ヴァン=セラフィナは、長い脚を優雅に組み、顎に指先を添えながらソウシを見つめていた。

 彼女が腰かけているのは、学院塔最上階にある私室兼応接の一角。天井まで届く本棚には、魔導史や失われた古代語の原典がぎっしりと収められ、壁際には薄く魔力を帯びた水晶灯が静かに輝いている。高窓の外には、夕刻の空に浮かぶ二つの月が淡く重なっており、その光がステンドグラスを通して床に繊細な色模様を落としていた。


 淡いピンクがかった紫の髪は、ゆるやかに巻かれて肩にかかり、端正な顔立ちには品のある眼鏡がよく似合っている。

 冷静さと知性を湛えた紫紺の瞳には、ただの興味ではなく、まるで未知の魔法構造に出会った時の発見者の輝きがあった。所謂、知的好奇心という奴だ。

 室内を満たす空気は静謐そのものだったが、その瞳の奥には、ひそやかな熱が確かに灯っていた。


「異界式刀型魔法術式……いえ、正確には術式とすら呼べない。それはもっと――根源的な現象干渉。まるで世界の理そのものに直接触れているような」

「ちょっと待て。俺は魔法など使っていない」


 興奮気味のオーゼルの声を、ソウシが短く遮ると、室内の空気が一瞬だけ張りつめる。


「……なるほど。では、あなたの生まれた地では、魔法を刀で扱う文化がある、ということでしょうか?」

「違う。俺はただ――斬っただけです」


 さらりと告げられた言葉に、教師陣が顔を見合わせる。


「いえ、しかし、魔力の波動は記録されています。あの一撃の直後、魔力密度は臨界寸前まで上昇していました」

「映像にも明確な魔力干渉の痕跡が残っています。これはもう、あなたが魔法剣士である証です」

 ソウシは首を横に振った。


 「俺は……剣士です。魔法の仕組みも、使い方も知りません。ただ、“斬るべきもの”があったから、斬った。それだけです」


 彼の言葉はあくまでも淡々としていたが、その静けさには、奇妙な説得力があった。

 面白いと、学院長がぽつりとつぶやいた。


「魔術ではなく、あなた自身の存在が魔力に干渉している。式でも触媒でもなく、ただ斬るという意志が現象を上書きする……これは、もはや理論では説明できませんわね」

「あなたの存在そのものが魔術的因子を持っている、あるいは……あなたの世界では、意志が物理法則を上回る?」

「……すみませんが、私には、さっぱり……何を言っているのか、そこまで難しいことはわかりません。ただ、魔法で説明されるなら――そうなんだろう……とは、思います」


 ソウシの淡泊な言葉に、教師陣は再び顔を見合わせ、今度はひそひそと相談を始めた。


「……記憶障害、でしょうか?」

「服装もこの地方のものではありませんし、出身地だという『エド』という、地名は初めて聞きました……」

「となると、過去の戦災で身元を失った魔術孤児か」

「違うと言っている」


 ソウシの口調は変わらぬままだが、わずかに強さを帯びていた。

 だがその静かな迫力に、教師たちは戦地帰りの外傷性記憶障害という納得しやすい説明を選んだようだった。


「戦闘技能だけが染みついて残ったんでしょうな……それも、なるほど理解できる話です」

「そして、保護したのがブレイブハート家の令嬢、というわけですね」


「ええ。彼がいなければ、私や街の人々はどうなっていたか……。私はただ、命を救われた。それだけのことですわ」


 イサミの落ち着いた言葉に、室内の空気が少し和らいだ。


 理事長室を出た瞬間、ソウシは改めて辺りを見回す。

 ルーヴェル・ウルフェン魔法学院は、まるで城のような姿をしていた。

 白といってもソウシの知る、由緒正しき木造づくりの城ではない。

 空に突き刺さるような尖塔、光を帯びた石壁、窓のひとつひとつに魔導灯がともり、空中には浮遊する階段や足場まである。

 ソウシの知る、地に根ざす江戸の建物とは、何もかもが違っていた。

 石造りのアーチや天井には魔法陣が彫り込まれ、床には魔力を通す文様が静かに光っている。


 しばらく歩くと、目の前を歩く本棚が行列でツツツーッ! 

 棚の下に刻まれた魔法陣のおかげで床から数センチ浮いているらしく、キャスター無しでロケット滑走。脇に付いた羽ペンがビシッと敬礼ポーズで揺れるたび、ソウシは隊列を作って歩く光景を思い出した。

 そんなとき、初等科の少年が全速力で通路を駆け抜け、案の定カバンから小瓶を落下!  石床に当たる直前、床の紋様がピカッと光って瓶をホバリング。ふわり~と風船みたいに浮かんで主の手のひらに着地。


「安全術式です。初等科エリアの必需品なんですよ」


 曲がり角を抜けると、広い吹き抜けで無重力帆がユラユラ。布の上では初等科キッズが5割重力モードのダイビングごっこで、跳ねるたび天井スレスレ。


「失敗すると頭ぶつけますけど、まぁ、それも授業のうちですわ♪」


 そういうものなのかと思いながら、魔法薬学教室のドアを開けた瞬間――甘いシロップと、ツンと鼻を刺す薬草の匂いが混ざって、ソウシは思わずむせた。


「うっ……!」


 教室の中では、生徒たちがフラスコを慎重に扱いながら、虹色の液体をポコポコと発泡させている。小瓶を覗き込む顔は真剣そのもので、手元の分量をほんの一滴でも誤れば――


「わっ、あっぶなっ! これ違うやつー!」


 紫色の煙がボフッと爆ぜ、辺りにケモノ臭がぶちまけられた。叫びと笑いが交錯し、何人かが慌てて風除けの魔法を唱えている。

 教員らしき白衣の男が溜息をつきつつ、落ちた瓶を回収しながら、無言で天井の換気陣を活性化させていた。


「ここは、薬を作るだけじゃなくて、魔力で効果や性質を変化させる術式の応用を学ぶ場所ですの。感覚と理論、どちらも鍛えられますわ」

「……戦場より混沌としてるな、あの部屋」


 イサミは笑みを浮かべながらも、袖口を鼻に当てている。

 ソウシは紫煙から逃げるようにして教室を後にし、廊下に出た瞬間、深く息をついた。

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