第四幕1 『山越えの試験』
新入生達は、ルーヴェル・ウルフェン魔法学院の裏門前だった。
石造りの門のすぐ向こうには、そびえるような険しく深い山がある。学院の裏手に位置するよう広がる、訓練用の自然地帯だ。
朝霧がまだ山肌に淡く漂う中、生徒たちがぞろぞろと集まり、これから行われる授業を前にざわめいていた。
「うわ、あれ絶対やばい山だって……」
「昨日説明でトラップにモンスターもいるからなって言ってたぞ」
「試験っていうかサバイバルじゃん……!」
「だけど、これで上のクラスとかになれるんだろ?」
怯える声もあれば、興奮気味の声もある。
ソウシとフェイも、その集まった新入生の中に居た。
年齢の縛りがないせいか、随分若い人もいれば、教師と見間違えそうな雰囲気の人までいる。
「……色んな人が居るんだな」
ソウシがぽつりと呟くと、隣のフェイが肩をすくめて笑った。
「そりゃあな。ここ、入学するだけでも数年かかる奴だっているしな。あっちの白髪の兄ちゃん、確か三回目の受験だったはずだぜ」
「なるほど……」
ソウシは感心したように頷くと、ふっと苦笑を浮かべた。
「ま、でも思ったより目立たなくて良かったよ。年齢的にも浮くかと思ってたけど、意外と平気だな。二十四でも」
「……いや、どうかなぁ」
フェイが含みのある声で言いながら、視線をそっとソウシの上へと移す。
そこには黒猫のノワールが、当然のようにソウシの頭に乗っていた。
気だるげに尻尾を揺らし、金の瞳で周囲をじろりと睨むその姿は、生徒たちの目を惹かずにはいられなかった。
「なんか……妙に視線を感じる気がするんだけど……」
「うん、それはたぶん気のせいじゃないな」
フェイが失笑交じりに肩をすくめながら小さく笑うと、ソウシも「まいったな」と頭を軽くかく。
ノワールはそんな二人のやりとりなど意に介さず、堂々と王座のごとくソウシの頭に乗り続けていた。
「ねぇねぇ、あの人、猫頭に乗っけてる」
「かわいい」
そんなざわつきの中、ソウシの背後からふわりと近づいてくる気配があった。
「お久しぶりです、ソウシさん」
柔らかく、それでいて芯のある声だった。
振り向くと、そこにいたのは――イサミ・ブレイヴハートである。
淡い金髪に風を受けてなびく長い三つ編み、背筋を伸ばした凛とした姿勢。ルーヴェル・ウルフェン魔法学院の二学年生にして、辺境伯家の一人娘。
その名に違わぬ才女であり、学院内でも常に上位に名を連ねる成績優秀者。
そして、何よりソウシにとって、数少ないこの世界での理解者の一人だった。
以前、森で命を助けられたことで知り合いとなり、この世界に馴染めるよう、学院への体験入学を勧めてくれたのも彼女である。
イサミは、ソウシが異世界から来たこと、そして魔法の知識を持たないことを唯一知っている存在だった。
「ああ、イサミさん。こちらこそ、お久しぶりです」
ソウシは丁寧に一礼を返した。
その瞬間、生徒たちのざわつきはさらに大きくなる。
「えっ、イサミ先輩!? 知り合い……!?」
「やば、なんなのあの人……有名人とばっか関わってない……?」
ざわつく新入生たちの視線が、さらに鋭さを増す。
だがイサミは、気にした様子もなく、にこやかに言葉を続けた。
「今日の山は、去年より難易度が高いと聞きました。お気をつけて」
「ありがとうございます。イサミさんも、お手伝いされるんですよね」
「ええ。一応、上級生としての責務ですから」
そのやりとりの最中、ソウシはふと別の気配に気づいた。
目を向けると、人波の向こうに、セイランの姿が見え。目が合ったが、彼は、すぐにそらす。
その無言の仕草が、逆に彼の存在を際立たせる。
(セイランも居るのか……)
どうやら彼も、上級生の一人として、どうやら今日の授業に同行しているようだった。
そこへ、教師の張りのある声が場を貫くように響いた。
「はいはい、整列しろ! これより、初等部クラス分け試験を開始する!」
場の空気が一気に引き締まる。
生徒たちが慌てて並び始める中、イレノア教官がゆっくりと前へ出る。腕を組み、厳しい眼差しで全体を見渡した。
「試験と言っても、今日のは単なる能力測定の一環だ。あの山を登って、てっぺんにあるバッジを取って帰ってくるだけだ。途中、モンスターやトラップ、魔法の仕掛けもあるが、命は取らん。たぶんな!」
最後に笑いを添えながら、ちらりと空を見上げる。
「飛べる奴もいると思うが、空は監視してるからな。浮いた瞬間に撃ち落とすから覚悟しておけ」
その言葉に、生徒たちはどよめき、ソウシも思わず苦笑を漏らした。
(……やっぱり、この学院、ちょっとどころじゃなく変わってる)
そして、イサミが一歩下がってソウシに視線を送る。
「では、どうか……ご武運を」
それに静かに頷き返すと、ソウシはノワールの尻尾をよけつつ前を向いた。
最初の一歩。この学院での最初の戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
「それじゃあ、位置について――よーい、スタート!!」
教師の声が響くと同時に、生徒たちは一斉に動き出した。
山へ向かって駆け出すなか、ソウシの足取りも迷いなく、まっすぐに頂を目指していた。




