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第三幕3

 ぞろぞろと列をなし、生徒たちが集まるのは円形の広い召喚ホールだ。天井には、魔力を制御するための結界が張り巡らされ、広い石床にはいくつもの魔法陣が描かれていた。

 ここは実習場の一つ。今から使い魔召喚の授業が行われようとしている。

 朝の混乱もようやく落ち着き、生徒たちの関心は自分がどんな使い魔を召喚できるかという話題でざわついている。

 何せ学院に入ったばかりの生徒たちが初期に受ける、授業の中で最も重要なひとつだから。


「ふー、間に合ってよかったな。最初の授業、召喚だったなんて、遅刻してたら笑いもんだったぜ!」

「……召喚?」

「うん。召喚術で使い魔となる召喚獣を呼び出すんだよ」


 魔法使いにとって、使い魔ってのは自分の分身みたいなもの。自分の魔力、資質、性格、全てを映す鏡みたいなものであり、正しく契約されれば生涯裏切ることのない最良の相棒になるという。


「だから、呼び出した使い魔がカッコよかったりレアだったりすると、それだけで注目の的になるのさ。ま、逆もまた然り……ってわけだけどな」

「できれば、あまり目立ちたくないな……」


 苦笑を浮かべながら、ソウシは他の生徒が召喚している様子を見る。

 あらかじめ用意されている魔法陣に、少しだけ自分の血を垂らし、後は手のひらを陣に合わせ魔力を流すだけ。

 見ていた女子生徒は、ふわふわした毛玉のような鳥を呼び出した。


「呼ばれるのは、その人間にとって最も相性のいい、隷属可能な存在だけ。だから、間違って超危険なやつが出てくる心配はない……ってことになってる。まあ、過去には例外もあったらしくて、魔力量が凄いとか何とかで、伝説クラスの召喚獣が呼び出されたこともあるらしい」


 ふむと息を吐き、ソウシは眉をひそめた。


「使い魔との相性は大事だからな。呼び出せても信頼されなかったり心が通い合わないと、暴走されて襲われることもあるんだ。まぁ、そうならないよう制御できる範囲のものしか呼べないよう先生が魔法陣に細工をしてくれているらしい」

「なるほど、それなら安心だな」

「でも、できれば伝説のドラゴンやグリフォンみたいな、神獣クラスを呼び出してみたいけどな」


 肩をすくめながらも、フェイの瞳はどこか真剣だった。

 この授業だけで、集中力と魔力制御、魔術適性が判断されるのだ。他の生徒もそうだが、必死になるのも頷ける。使い魔召喚は、魔法使いとしての第一関門のようなものなのだろう。

 果たして自分は呼び出せるのだろうか、そうソウシが自分の手を見つめていると、次のグループと担当教官の声が響いた。

 教官の名はイレノア=ガルディア。身なりを厳しく整えた初老の男で、無表情な顔に縦ジワが深い。目つきは鋭く、既に何人かの生徒はその視線だけで震え上がっていた。


「貴様らに告ぐ。召喚に失敗した者、召喚した使い魔がランク外だった者は……容赦なく退学だ。魔法使いは結果がすべてだ。理解しているな?」


 ざわつく空気。中でも、その目がぴたりとソウシを捉えた瞬間、フェイが肩を竦める。


「完全にロックオンされてるな、ソウシ。がんばれよ」

「やれやれだ」


 その様子を壁際からニヤニヤと見つめている者がいた――ザカリだ。

 赤黒い髪をかき上げ、薄笑いを浮かべながらソウシを睨んでいる。


 召喚は順番制だった。

 次々と生徒たちが魔法陣に立ち、己の血を一滴垂らして魔力を通す。閃光と共に、様々な動物や魔獣の使い魔が現れる。


 ザカリが描いた魔法陣より紅蓮の炎が燃え上がり、召喚陣の中心に現れたのは――赤い鬣を持つ大型の魔獣。体表に炎の紋様が走るその姿に、生徒たちからファイヤータイガーだと驚嘆の声があがった。

 肩から背にかけて燃え立つような火柱をたずさえ、瞳は業火のようにぎらついていた。口からは煙が漏れ、鋭い牙と爪が鈍く輝く。


「うわっ、あれ……上級召喚獣、じゃないか……」

「噂通り、いや、それ以上だよ……ザカリ=グレイン……!」


 ザカリは、口角を歪めるようにして笑った。


「当然だろ?」


 その余裕ぶった態度も、納得できるほどの実力だった。

 だが、すぐ向こうでも別の歓声が巻き起こる。


 ドームの高い天井近くを、氷をまとった巨大な鳥が優雅に旋回していた。

 広げた翼から吹き下ろす霧氷の風が観測場の地面を薄く凍らせ、氷晶の羽が陽光を反射してきらめく。嘴と爪には鋭く光る氷の刃が宿り、冷気が空気を震わせ、生徒たちの肌を刺すような寒さをもたらしていた。


 やがてその巨鳥は、フェイの隣に降り立ち、静かに翼をたたむ。


「まさか、フリーザーバードを呼び出すとは……」

「うわ……あれ、氷属性の上位種じゃないか!?」

「フェイって、あのいつもふざけてるフェイ=トードだよな?」


 普段は軽口ばかりの彼に似つかわしくない大物の召喚に、生徒たちは驚きを隠せない。

 そんな注目を一身に浴びながら、当のフェイはにかっと笑ってみせた。


「うひゃー! 俺ってば、なかなかやるなー!」


 飄々とした態度はそのままに。

 だが、確かにその実力は本物だった。


「ファイヤータイガーにフリーザーバードですか」

「今期の生徒は凄いですね」


 教師たちも感嘆の声を漏らし、生徒たちもフェイの飄々とした見た目からは想像もできない実力に目を見張っていた。

 一方で、ザカリは面白くなさそうに舌打ちする。


 そんな熱気に包まれ高まっていく中で、ついにソウシの番が回ってきた。

 魔法陣へと近づいていくソウシへと、自然と注目が集まっていく。


 魔力があるのか、ないのか。その真偽さえ定かでない謎。そんな彼が、本当に何かを召喚できるのか。

 生徒たちは期待と半信半疑が入り混じった視線を送り、教師たちは沈黙のまま見守る。



 張り詰めた空気の中、ソウシは静かに右手を持ち上げ。指先に、小さな傷をつけ、手のひらを魔法陣の中心に押し付けた瞬間。


 ――しゅるんっ。


 どこか間の抜けた音と共に、淡い光の中からそれは現れた。

 ぽん、と軽い音と共に、そこに座っていたのは一匹の黒猫。


 全長三十センチほどの、小さな体つき。

 艶やかな漆黒の毛並みに、片方だけ折れた耳。

 金色の瞳が、くりくりと辺りを見回し、やけに長い尻尾がふわりと揺れる。


「……ねこ?」

「……ちっさ!」

「なにあれ……まさか“失敗”じゃ……?」


 静まり返っていたホールに、あまりに可愛らしく、あまりに迫力のない姿に、生徒たちの間に困惑が広がる。

 どうみても、あれは只の猫だ。


「ハッ……ネコちゃん! マジでネコちゃんかよ! ちょっと撫でていいかぁ? おーよしよし、にゃーお♪」


 ザカリが口元を大きく歪め、わざとらしく声を張った。

 猫は相手にする気はないと、にゃーと短く鳴いてそっぽを向く。


「にゃーお、だってさ!」

「はははっ、召喚成功はしてるけど、あれじゃマスコットだろ!」

「え、なに? あれがソウシくんの使い魔? まじで?」


 生徒たちの一部からクスクスと笑い声がこぼれ、場が完全に茶化しの空気に傾いた。しかしソウシは、顔色一つ変えず小さく息を吐いた。


(もっと奇妙なものが出るかと思ったが……猫か。よかった。暴れられても困るしな)


 そんなソウシの思考とは裏腹に、ザカリのファイヤータイガーが突然低く唸り声を上げた。

 鮮やかな赤の鬣を逆立て、重い足取りで黒猫ににじり寄れば。

 黒猫は気配に身をすくめ、ぴくりと細い尻尾を立てたかと思うと、金の瞳を見開いて、くるりと踵を返して一目散に駆け出した。


 生徒たちの足の間をすり抜け、あっという間に黒い影はホールの出口へ。迷いなく外へと逃げ出していく。


「お、おい! 待て!」


 ソウシは慌てて後を追う。

 その様子に、すかさずザカリが煽る。


「おいおい逃げたぞ! あれで“召喚成功”って言えるのか?」


 背後からは、笑い声や困惑の声が混じって聞こえてきたが、ソウシは一切振り返らず、まっすぐに駆け出した。


 黒猫は、校舎の脇を素早く駆け抜け、ひらりと草むらを越えて、学院の裏手に広がる林へと姿を消す。

 その軽やかな動きに、ソウシは小さく息を吐いた。


(相変わらず、素早いな)


 それでも足を止めることなく、ためらいのない足取りでその後を追いかける。

 と、そのすぐ背後に、もう一つの足音が加わった。


「お、おい! そっちは裏庭だぞ!? 魔物、出るって……!」


 フェイの声に、ソウシは振り向かずに答えた。


「だったら尚更、早く保護しなければ危険だ」

「う、うわ、マジメかよ! ……ったく、あーもう分かったよ、行く行く! 一人で死なれると寝覚め悪い!」


 二人は並んで木立を抜け、裏庭と呼ばれる広い原っぱに飛び込んだ。

 そこは通常、生徒の立ち入りを禁止されている区域。結界の外れに近く、弱い魔物が迷い込むことがあるためだ。


 だが、すでに、遅かったらしい。

 待てと、フェイが息を飲みソウシを静止する。


 黒猫は、草むらの中央でぺたりと座り込んでいた。

 その周囲を囲むのは、三頭の灰色の獣――それぞれの首に、鋭い牙を覗かせた二つの頭を持つ魔獣、ツインヘッド・ウルフが唸り声をあげ黒猫を囲んでいた。


 黒猫は怯えているのだろうか。身体を小さく丸め姿勢を低くしている。


「あの黒猫、多分カーヴァンクルかケット・シー系じゃないかな。猫型の使い魔は可愛いけど、戦闘力は期待できない。このまま放っておけば、あいつらの餌食だ」

「……関係ない」

「気持ちはわかるけど、俺たちだけであの数の魔獣を相手にするのは危険だ。先生を呼びに行こう」


 ソウシは、ひとつ息を吸い込んだ。


「……行く」

「は? って、おいおいマジかよ――!?」


 フェイの叫びを背に、ソウシは迷いなく地を蹴った。

 瞬間、銀閃が走る。

 抜き放たれた刀が、風を裂く音を伴って宙を舞った。己の腰に帯びていた菊一文字正宗を一息で奔らせる。


 ツインヘッド・ウルフが牙を剥いて跳びかかってきたが、その巨体が宙に浮いた一瞬を、ソウシは見逃さない。

 斜め上から閃光のような一太刀。次の瞬間には、狼の首が空を舞い、土に沈んでいた。

 続くもう一体も、咆哮とともにソウシへと向かう。しかし、彼の眼光は静かに、鋭く、獣を捉えていた。


「遅い」


 踏み込み、袈裟に斬り上げる。躊躇の無い斬撃は骨を断つ感触とともに、血飛沫を降らせ。二体目が悲鳴をあげて倒れ伏す。

 その動きは、まるで人ではなく、鬼。血の気も冷めるような静けさで、ソウシは刀を振り払った。


「ったく……化け物かよ、あいつ……!」


 フェイが小さく呟きながらも、手を翳して詠唱する。


「フリーズ・レイン!」


 氷の矢が空中から豪雨のように降り注ぎ、三体目のウルフの足元に突き刺さる。凍気が走り、獣の動きを封じた。

 だが、そのとき草陰から、さらに一体のツインヘッド・ウルフが飛び出す。

 目標は、静かに構える黒猫。フェイの魔法も、ソウシの剣も間に合わない。


「やばい――!」


 その時だった。

 ゴウッ、と、地鳴りのような轟音が空気を震わせる。


 黒猫の小さな身体が、漆黒の炎に包まれたかと思うと、次の瞬間、姿が変わっていた。

 闇そのものの巨躯へ。四肢は太く逞しく、身体は艶やかな漆黒。

 黄金の瞳が鋭く光り、翼を広げたその姿は、まぎれもなく――


「ドラ、ゴン……?」


 フェイが呆然と呟く。

 黒猫だった小さな存在は、いまや闇の大気を纏う漆黒のドラゴンへと変貌していた。

 魔物たちが、恐怖に怯え、腰を引く。

 ダークドラゴンとでもいうのだろうか。地を揺らすような咆哮を一声あげる。

 迫っていたツインヘッド・ウルフが咆哮の衝撃で吹き飛び、木立の奥へと消えていった。


 程なくして、静寂が戻る。

 黒いドラゴンはその場でふわりと浮き上がると、ゆっくりと降り立ち、やがて、その姿は元の小さな黒猫へと戻った。


「……にゃあ」


 黒猫は、まるで何事もなかったかのようにソウシへと近寄り、足元に体を擦りつけてじゃれついてくる。

 ソウシが苦笑混じりにしゃがみ込み黒猫に手を伸ばし、フェイは呆然とそれを見つめた。


「お前、凄いな」

「すげぇ……あんな使い魔、初めて見た。まさかドラゴンなんて。しかも普段は……」


 猫をかぶっていると、喉まで出かかっていた言葉をフェイは呑み込んだ。

 普段は穏やかで、戦闘になると恐ろしい強さを発揮する。まんまソウシそのものではないか。

 

 ソウシの手をペロリと舐める黒猫をと、楽しそうに笑う彼を眺め、フェイはどちらも怒らせないようにしようと、固く決意するのであった。

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