ちょっと未来のクリスマス・イヴ
今日はクリスマス・イヴ。
ちょっと豪華な晩御飯の後で、ボクはパパと一緒にニュースを見ていました。
「へぇ、また月面基地で子供が産まれたのか。どんどん人間の生活圏が広がってるな。」
パパは難しいニュースを見ながら呟いています。だけど、ボクはもう眠くてまぶたが閉じようとしています。
うつらうつらとし始めたボクにパパが気付きました。
「よし、もう寝ようか。」
パパはそう言うと、ボクを抱きかかえて二階への階段を上り、寝室へと運んでくれました。
寝室の自動ドアが開くと、薄明かりが灯ります。
「おやすみ。今夜はサンタさんが来てくれるといいな。」
「うん、おやすみなさい…」
ボクをベッドに寝かせると、パパは寝室から出て行きました。
やがて部屋の明かりが消えて、ボクはすぐに眠りに落ち……
***
真夜中。
なぜかボクは目が覚めました。
人の気配を感じる。そのせいで起きたのでしょうか。
誰だろう?
ボクは目をこすりながら気配のする方を見ました。
「パパ?」
窓から入ってくる街灯の明かりが、その人影を浮かび上がらせます。
丸々と太ったシルエット。パパじゃありません。
「おやおや、見つかってしまったか。しまったのぉ。」
落ち着いた優しい声が、静かに響きます。
その声色のせいか、ボクは驚きませんでしたし、慌てませんでした。
ボクはゆっくりと起き上がって、聞きました。
「誰なの?」
「ホッホッホー。」
その人は大きなお腹を揺らしながら笑いました。
外からの光が、彼の笑顔を照らします。
白髪だらけのまん丸の顔。赤い三角の帽子の先には白いふわふわ。
そして、もじゃもじゃとした立派で真っ白なヒゲのお爺さん。
間違いありません。
「もしかして、サンタさん!?」
タブレットで読んだ絵本と同じ姿です。
「気を付けておったんじゃが……。この町で最後の子供じゃったからかのぅ。ぬかったぬかった、ホッホッホ。」
全然悔しそうじゃない。むしろ見つかった事を喜んでいるみたいです。
その優しい声でボクに語りかけてきます。
「キミは今年良い子にしてたかい?」
「うん。」
「それは素晴らしい! どんなプレゼントが欲しいんじゃ?」
ボクは少し悩みました。
自分の欲しいものってなんだろう。
「特に欲しいものはないよ。パパが何でも買ってくれるから。」
「そうか、そうかぁ……。最近はそういう子供が増えてきた。世界が平和になって、みんな豊かになって、これは良い事じゃ。」
サンタさんは目を瞑って、深い溜息を吐きました。
子供のボクでも、サンタさんの今の言葉が本当の気持ちじゃないことが分かります。
「ねえ、サンタさん。なんで良い事だって言ってるのに、サンタさんはさみしそうなの?」
ボクが聞くと、サンタさんは少しだけ笑いました。
「分かるのか…。キミは賢くて良い子じゃな。」
サンタさんはベッドに腰掛けて、ボクに顔を寄せました。
「キミのような幸せな子供ばかりになってくれて、本当は嬉しいことなんじゃが。そうなったら……、ワシにはもうやる事がなくなってしまうじゃろ。それが…少し淋しいんじゃ。少しだけな。ホッホッホ。」
ボクは何も答えられませんでした。
「だから、最近はこれを渡すことが増えたんじゃ。」
サンタさんは、白い大きな袋から一足の靴下を取り出しました。
「サンタ印の靴下。これを履くと、来年なにかと幸運が訪れるんじゃ。」
「あ、ありがとう、ございます。」
押し付けられるようにしてボクは靴下を受け取りました。
昔の子供は、クリスマスプレゼントに本やゲーム、おもちゃなんかを貰っていたらしい。
でも、そんな物はクリスマスじゃなくても手に入ります。ダイニングにあるタブレットからダウンロードすれば良いですし、欲しい物は注文すれば翌日には届きます。
だから、今のクリスマスプレゼントは手作りのささやかな物ばっかりです。
北極の工場で、サンタさんが小人の妖精と一緒に作ってくれるんだとタブレットの絵本に書いてあったから知っています。
「今夜ワシと出会った事は、みんなには秘密じゃぞ。大人にも友達にも、もちろんパパにもじゃ。」
「はい。」
「じゃあ、また来年まで良い子にしておるんじゃぞ。おやすみ。」
サンタさんはニコっと笑って立ち上がり、白い大きな袋を背負うと、窓へと向かっていきます。
ボクは反射的にその背中に声を掛けました。
「待って!」
このまま帰らせちゃいけない。そんな気がしました。サンタさんのためにも、何か言わないとダメだ。
ボクはベッドから降りて駆け寄りました。
「本当は欲しいプレゼントがあるんだ!」
「ほう。なんじゃ?」
サンタさんは振り返って、ボクを見つめます。
ボクは欲しい物をいっぱい考えました。
ゲームはスマホでも遊べるし、絵本もマンガもタブレットで読めます。
おもちゃもいっぱいあります。服も欲しくありません。
今はお腹は空いてないから、食べたいものもない……。
「あの、その…。」
「ホッホッホ。嘘を吐いたり隠し事をする悪い子には、プレゼントはないぞ。」
サンタさんは僕の顔を覗き込んで、悪戯っぽい笑顔で念を押しました。
「世界一周したい……です。」
やっと思いついた欲しい物。
VRでいろんな国を見たことはあります。
だから世界のいろんなことは知っているつもり。でも、行ったことがない。知ってるだけ。
だからボクは行ってみたい。
「ほぉ。良い夢じゃ。じゃがのう。残念ながら、プレゼントは一人ひとつまでなんじゃ。」
そう言うと、サンタさんはボクが握っていた靴下を取り上げました。
「あっ。」
「ホッホッホ。これでキミに新しいプレゼントを渡せる。」
サンタさんは袋の中に靴下を片付けます。そして、袋をポンポンっと叩きました。
「それと、もうひとつ残念なお知らせがある。この袋には世界一周クルーズのチケットなんて入っておらん。」
「そっかぁ……。」
でも、サンタさんは残念そうな顔をしていません。むしろ嬉しそう。
「でもな。世界一周をプレゼントできないとは言っておらん。」
「本当に?」
「もちろんじゃ。サンタは、嘘を吐いたり隠し事はしない。」
サンタさんは右目でウィンクをしました。
「サプライズはするがの。ホッホッホ。」
そして、ボクと手を繋ぎます。
「今から出発じゃ。」
「ええ、今から!?」
サンタさんは窓ガラスをすり抜けて外に出ていきます。まるでゲームで当たり判定のない壁を通り抜けるみたいに。
ボクもサンタさんに手を引っ張られて、窓を通り抜けます。
(ぶつかるっ!)
その瞬間、ボクは思わず目をつむってしまいました。
ボクを包む空気が変わり、冷たい風が頬に当たります。
ゆっくりと目を開くと、目の前にはサンタさんが座っていました。
足元には木で出来た乗り物。ボクもその乗り物の上に立っていました。
「ソリだ!」
ボクは嬉しくて叫びました。絵本で見たのと同じです。
しかも、
「浮いてる!」
ボクはまた叫んでしまいました。
ここは二階。ソリは空中に停まっているのです。
サンタさんは、自分の隣の席をポンポンと叩いて、ボクに座るよう促しました。
「座って良いの!?」
「ああ。ワシと一緒に世界一周じゃ。ただし、世界中の子どもたちにプレゼントを配るついでじゃがな。」
なんて素敵なクリスマスプレゼントなんでしょう。
世界一周の大冒険です。しかもサンタさんと一緒!
「すごいすごい!」
ボクは嬉しくて足をバタバタとしました。
「これこれ、はしゃぐでない。トナカイたちがびっくりするじゃないか。」
「トナカイ?」
ブルルルルルンッ
バフッボフッ
前を見ると、五頭のトナカイが振り返って、ボクを見つめてきます。
先頭のトナカイは真っ赤なお鼻をしていました。
「トナカイだ、本物だ!」
VR動物図鑑でしか見たことのないトナカイです。目の前で見てみると、ボクが思っていたよりもずっと大きい!
しかも、それが空に浮いて立っているなんて。
「もう野生のトナカイは居ないから、動物園でも見られないのに! すごい、すごいや。」
「ホッホッホ。そうじゃな。」
ボクがすごいすごいと連呼するのを、サンタさんは優しく見守ります。
「さあ、行くとしようかの。」
サンタさんが、手綱を持ち上げたその時です。
「ックション!」
ボクが大きなくしゃみをしたので、トナカイたちは、また振り向きました。
パジャマのままだったので、少し寒くなってきたのです。
「ホッホッホー。ほれほれ。その格好では寒かろう。」
サンタさんは自分の赤い三角の帽子を、ボクに被せてくれました。
その帽子は大きくて、耳や首の後ろまで包んでくれます。そして何よりも、とても温かいのです。
ボクはすぐに気付きました。
「体も寒くない! なんで!?」
帽子を被った頭は勿論、身体や手、足の先までポカポカです。
「ホッホッホー。そういう帽子なんじゃ。」
ボクはまた「すごい」と言いそうになりましたが、
「サンタさんは寒くならないの?」
と聞きました。
だって、こんなに温かい帽子を脱いでしまったら、サンタさんだって凍えてしまうに違いありません。
「大丈夫じゃよ。この服も、同じ力を持っておるからの。」
ボクは何度も何度も、すごい!って言いました。
「さあ、今度こそ出発じゃ!」
「はい!」
ボクはちゃんと座り直すと、ソリの手すりを掴みます。
サンタさんが手綱を波打たせると、トナカイたちがいななきました。
そして、一歩一歩進んでいきます。
トナカイとソリを繋ぐロープがピンと張って、ソリが動き始めました。
ボクの素敵な冒険の始まりです。